第3話ありがとうの花
コラソンがボルド村に来てから約1ヶ月
朝露が草花を濡らす、穏やかな春の朝。
小鳥のさえずりが森に響き、家の煙突からは朝食の香りが立ちのぼっていた。
「メルー!コラソンー! 朝ごはんできたわよー!」
エレナの優しい声が家中に響く。
コラソンもアマブレ達との生活に少し慣れてきた。
メル
「今日はちょっと森に行ってくるね」
とエレナに言った。
「夕方までには帰るから!」
エレナもいつもの薬草採りだと思い、「気を付けてね」と笑顔で送り出す。
コラソンにはサプライズにしたいから何も言わない。
その頃、メルは小さな籠を抱え、森の中を一人歩いていた。
「もう少し……きっとこの辺りにあるはず。」
今日だけは誰にも言えない秘密があった。
今日はエレナの誕生日。
育ててくれた大好きなお母さんへ、心からの「ありがとう」を伝えたい。
村に古くから伝わる幻の花――アマベキア。
神聖な湖のほとりに一年に一度だけ花を咲かせる白い花。
花言葉は――『ありがとう』。
その花を贈ると、一生忘れられない感謝が相手の心に届くと伝えられていた。
「見つけたら、お母さんきっと喜んでくれるよね。」
メルは笑顔で森の奥へ進んでいく。
コラソン
「メルはどこかいったんですか?」
「森に薬草取りに行ったよ。」
「そうですかー」
「いつもは一緒なのに今日は置いていかれたから拗ねてるのか?笑」
「ちち、違いますよ…照」
アマブレ、エレナは笑う。
誰も、この日が平穏に終わると思っていた。
⸻
森のさらに奥。
メルは泉のほとりに白く可憐な花を見つける。
「……あっ!」
木漏れ日の中で、一輪だけ咲く白い花。
「アマベキア……!」
そっと摘み取り、大切そうに籠へ入れる。
「お母さん、喜んでくれるかな。」
その瞬間だった。
「よこせっ!!」
と男の声。
振り返る間もなくメルは突き飛ばされた。
「んっ……!」
三人の男が姿を現す。
身なりは盗賊のような出立ち。
一人がメルの籠を奪い、中を覗き込む。
「見つけたぞ。」
白い花を取り出し、不気味に笑う。
「依頼通りだ。」
別の男が鼻で笑う。
「たかが花一輪で大金とはな。」
「依頼主は首都の連中だ。俺たちは運ぶだけでいい。」
「ヨルムンガントって組織だったか?」
「余計なことは知るな。金だけ受け取ればいい。」
メルは目を見開いた。
(この人たち……花が目的だったの……?)
男はメルを見下ろす。
「ガキ、運が悪かったな。」
「その花を見つけた時点で、お前の運もつきたんだ。」
メルの身体が震える。
「お願い……。」
涙をこらえながら、小さな声を絞り出す。
「そのお花だけは……返してください。」
「ママに、ありがとうって伝えたくって」
盗賊たちは顔を見合わせる。
そして、大声で笑った。
「返す?」
「これは金になる花だ。」
「『ありがとう』だか何だか知らねぇが、俺たちには金のほうが大事なんだよ。」
一人がアマベキアを無造作に袋へ押し込む。
「やめて……。」
「それは……お母さんに渡す花なの……。」
盗賊は冷たく言い放ちメルを殴り飛ばす。」
「そんなもん知るか。」
「ガキは黙って歩け。」
「2度と家に帰れねえよ」
乱暴に腕をつかまれ、メルは森の奥へ連れ去られていく。
足元には、メルの髪を束ねていたブローチが落ちていた。
⸻
その頃、家では。
エレナ
「……遅いわね。」
アマブレ
「ああ、何がなんでも遅すぎる…。」
エレナの笑顔が少しずつ曇る。
コラソンも外へ出て辺りを見回した。
「メル?」
返事はない。
アマブレは言葉もなく森へ向かう。
しばらく森を捜索。
湖のほとり何かが見えた。
メルがつけていたブローチだった。
それと地面に落ちた小さな籠を見つける。
そして、その近くには踏みにじられた足跡。
アマブレの表情から笑みが消えた。
「……連れていかれた。」
アマブレの顔が険しくなる。
その一言で、空気が凍りつく。
コラソンは籠を強く抱きしめた。
胸の奥に、今まで感じたことのない焦りが込み上げる。
(お願いだ……。)
(無事でいてくれ、メル。)
森の奥では、誰にも届かない少女の「ありがとう」が、静かに涙へと変わっていた。
薄暗い森の奥。
朽ち果てた小屋の前に、一人の少女が立っていた。
黒い外套を深くかぶり、その紫の髪だけが月明かりに照らされている。
年齢はメルとそう変わらないようにも見える。
しかし、その瞳だけは長い時を生きた者のように静かだった。
少女は小屋の中から聞こえる笑い声に足を止める。
「これが例の花か。」
「アマベキアだ。ヨルムンガントに届けりゃ一生遊べる金になる。」
「そのヨルムンガンドってのはなんなんだ?」
「俺もよく知らねー」
「なんでも魔族がなんとかって言ってたな」
「何言ってんだ、魔族なんて御伽話の話しじゃねえか」
「知るかよ!俺はただ金が手に入りゃなんでもいいさ」
「ガキがどうなろうとな」
「用済みだ。売るか、消すか。」
その瞬間。
少女の表情から感情が消えた。
(……子どもを巻き込んだ。)
ヨルムンガントから受けた命令は、アマベキアの回収だけ。
子どもをさらえなど、一言も聞いていない。
(また……。)
(こんなやり方を……。)
少女は拳を握り締める。
脳裏に、病床で眠る双子の妹・リリスの姿が浮かぶ。
(リリス……。)
(私は、お前を助けるために…。))
(だけど……。)
(こんなのは違う。)
彼女が一歩踏み出そうとした、その時だった。
ドォォンッ!!
小屋の壁が爆音とともに吹き飛ぶ。
木片が宙を舞い、土煙が広がる。
その向こうから現れたのは、巨大な剣を肩に担いだ男。
アマブレだった。
「……娘を返してもらおう。」
その声には怒鳴り声も殺気もない。
だからこそ、盗賊たちの背筋を凍らせた。
「な、なんだこいつ……!」
「囲め!」
四人の盗賊が一斉に飛びかかる。
次の瞬間。
一閃。
鈍い衝撃音とともに、盗賊の剣が真っ二つに折れ、その男は壁まで吹き飛ばされた。
「がはっ……!」
残る三人も恐怖に顔を引きつらせる。
(強い……。)
少女は木陰から静かに見つめる。
(人間に、こんな剣士が……。)
その頃、小屋の裏ではコラソンが息を潜めていた。
「メル……。」
助けに飛び込みたい。
でも、アマブレに言われた。
「焦るな。守るためには、飛び出す勇気より、待つ勇気が必要な時もある。」
拳が震える。
歯を食いしばる。
(くそ……。)
(また俺は……何もできない。)
その悔しさだけが胸を焼く。
小屋の中では、盗賊が震える手でメルの腕をつかみ、刃を首元へ向ける。
「う、動くな!」
「近づけばこのガキを殺す!」
アマブレは動けない。
大切な娘を奪われたくない。
その時だった。
木陰から少女のから魔法攻撃。
「……そこまで。」
盗賊の刃物を持った手を撃ち抜く。
「だ、誰だ!」
月明かりの中へ、一人の少女が姿を現す。
フードの奥で、紅い瞳が静かに光る。
「依頼はアマベキアの回収。」
「なぜ子供がいる?」
「子どもを傷つける命令は出していない。」
盗賊の一人が怒鳴る。
「てめぇ、ヨルムンガントの使いか!」
少女は何も答えない。
ただ、静かに魔法発動の構えを取る。
その瞬間、小屋の空気が一変した。
アマブレは少女を見る。
少女もアマブレを見る。
「あの子を連れてさっさと行きなさい。」
アマブレ
「何者か知らないがすまない、助かったよ」
コラソン
「ありがとう」
アリスはコラソンのありがとうが胸にささる。
あの子の中にすごい魔力を感じたけど気のせい?
アマブレに抱きかかえられ、メルは家へ戻った。
玄関の扉が開くと、張りつめていた空気が一気に崩れる。
「メル……!」
エレナは駆け寄り、何も言わず娘を強く抱きしめた。
その温もりに触れた瞬間。
メルは堰を切ったように泣き始める。
「ママぁ……。」
震える声は、少しずつ嗚咽へと変わっていく。
「ごめんなさい……。」
「ごめんなさい……。」
「メル……。」
エレナは背中を優しくさすり続ける。
「怖かった……。」
「怖かったよぉ……。」
「うん……。」
「怖かったね。」
「もう大丈夫だから。」
メルは首を横に振った。
涙でぐしゃぐしゃになった顔のまま、震える声を絞り出す。
「お花……。」
「お花だって……。」
「ママに……ありがとうって……渡したかったの……。」
その言葉を聞いたエレナは、思わずメルを抱く力を強めた。
「分かってる。」
「分かってるよ、メル。」
「あなたが、お母さんのために頑張ってくれたことも。」
「お花を探してくれたことも。」
「全部、ちゃんと分かってる。」
メル
「ごめんなさい……。」
「ごめんなさい……。」
エレナは優しく首を振った。
「謝らなくていい。」
「あなたは何も悪くない。」
「帰ってきてくれただけで、それだけで十分。」
「無事で……本当に無事でよかった。」
涙を流しながら、何度も何度もメルの頭を撫でる。
その様子を少し離れた場所で、コラソンは黙って見つめていた。
脳裏に浮かぶのは、数日前のメルの笑顔。
「コラソン!こっちこっち!」
「あのお店、おじちゃんがおまけしてくれるんだよ!」
「このパン、おいしいから食べてみて!」
初めて訪れたこの村を、嬉しそうに案内してくれた少女。
あんなに無邪気に笑っていたメルが、今は恐怖に震えている。
コラソンは拳を握り締めた。
(……俺は。)
(何もできなかった。)
その悔しさだけが、胸の奥で静かに燃え続けていた。
アマブレは何も言わず、その横顔を見つめる。
まだ何も言葉をかける時ではない。
この悔しさも、この涙も。
アマブレ
(あの少女はなんだったのだ、魔獣でも獣人でもなかった。
もしかして魔族なんて事は…。)
一方、その頃――。
首都アストリアの地下深く。
誰にも知られていない巨大な空間。
黒い外套をまとった者たちが円卓を囲んでいた。
その中央に、アリスは立っている。
「報告しろ。」
低い声が響く。
「……アマベキアの回収は失敗した。」
空気が凍る。
「失敗?」
「貴様ほどのやつが?」
別の幹部が鼻で笑う。
「聞いたぞ。」
「人間の子どもに情けをかけたそうだな。」
「魔族の風上にも置けん。」
アリスは静かに答える。
「任務は花の回収。」
「子どもを巻き込む必要などないはず。」
その言葉に、一人の幹部が机を叩く。
「黙れ!!」
「結果として任務は失敗だ!」
「情など不要だ!」
「リリスがどうなっても?」
その名を聞いた瞬間。
アリスの肩がわずかに震えた。
「……。」
「次に失敗すれば――」
「リリスの元へ私が向かっても構わんのだが?」
「なっ約束が違うっ!」
「任務もこなさず何が約束だっ!」
アリスは唇を噛み締める。
怒りも悲しみも押し殺し、ただ一言だけ答えた。
「次は必ず…。」
その瞳の奥には、誰にも見せない葛藤が宿っていた。
(私は間違っているの……?)
(それでも……。)
(あの子を見捨てることだけは、できなかった。)
(それでも妹リリスは守りたい。)
(私はどうすれば…。)
それは「ありがとう」を象徴する花でありながら、ヨルムンガントにとっては、ただ利用すべき力の源でしかなかった。
翌朝
窓から差し込む朝日が、静かな家を照らしていた。
鳥のさえずりが聞こえる。
いつもなら、元気なメルの「おはよう!」という声が響く時間。
しかし今日は、家の中が静まり返っていた。
メルはまだ部屋で眠っている。
何度もうなされ、ようやく眠りについたのだった。
庭ではアマブレが薪を割っていた。
一定のリズムで斧を振り下ろす。
そこへ、コラソンがゆっくり歩いてくる。
その表情には、昨日までの少年らしい柔らかさはなかった。
アマブレは振り返らずに言う。
「眠れたか。」
「……はい。」
少しの沈黙。
コラソンは深く息を吸う。
そして、真っすぐアマブレを見つめた。
「アマブレさん。」
「お願いがあります。」
アマブレは斧を置く。
「どうした?」
コラソンは拳を握り締める。
「俺に……。」
「剣を教えてください。」
静かな風が二人の間を通り抜けた。
「昨日、何もできなかった。」
「メルが怖い思いをしてるのに……。」
「俺は、見ていることしかできなかった。」
悔しさを押し殺すように、声が震える。
「もう……。」
「大切な人が泣くのは見たくない。」
「守れるようになりたい。」
「だから……。」
コラソンは深く頭を下げた。
「お願いします。」
アマブレはしばらく黙っていた。
やがてコラソンの前まで歩み寄る。
その頭に、大きな手をそっと置いた。
「……顔を上げろ。」
コラソンが顔を上げる。
アマブレの表情は厳しく、しかしどこか温かかった。
「剣は、人を倒すためのものじゃない。」
「守るために振るうものだ。」
「その覚悟を、お前は昨日知った。」
一拍置いて、静かに続ける。
「分かった」
「今日から俺がお前を鍛える。」
コラソンの瞳に、初めて強い光が宿る
最後までお読みいただきありがとうございます。
喜び爆発しました。
メルの優しさが踏み躙られ私も痛恨の極みです…泣
アマブレも強かった。
フード被った少女…。
何者なんでしょうか?
次の話しも、もし読んで頂けたら喜びすぎて無になります。
よろしくお願いします。




