第10話 新たな一歩
フローレは3人を演習場へ案内した。
「今日から3人には魔法の基礎を教えるのね。」
「魔法はまず魔力がある事…。それと魔力があれば誰でも使える訳ではないのね。」
「大切なのは、―まず詠唱。」
「自分の魔法を信じ、詠唱と共に思い描くことなのね。」
コラソン、メル、エマは真剣な表情で頷いた。
午前中は、魔導書を広げて基礎知識を学ぶ時間だった。
属性ごとの特徴、魔力の流れ、詠唱の理論、魔法陣の構造――。
フローレの説明を聞きながら、コラソンたちは必死にページをめくる。
コラソンはふと、本から目を離し、窓から差し込む柔らかな陽の光を見つめた。
(こんな楽しい時間……前世では一度もなかったな。)
静かな教室。
仲間と並んで勉強する時間。
優しく教えてくれる先生。
誰かに怒鳴られることも、怯えることもない。
胸の奥がじんわりと温かくなり、思わず小さく笑みがこぼれた。
(異世界に来て、本当に良かった。)
そんな幸せを噛み締めながら、コラソンは再び魔導書へ目を落とした。
――そして昼休み。
「みんなー、お昼持ってきたよー!」
元気な声と共に教室の扉が開く。
先頭にいたのはアルファ。
その後ろには大きな籠を抱えたセリナ。そして二人の後ろに、小さな少女が静かに立っていた。
「……メイ?」
コラソンが驚いて声を漏らす。
メイは少し照れくさそうに笑い、小さく頭を下げた。
「マリアさんの宿屋で、お手伝いさせてもらうことになったんです…。」
その言葉にコラソンたちは顔を見合わせる。
アルファが優しく微笑んだ。
「メイがね、『いつまでも家の中に閉じこもっていられない』って私に相談してくれたんだ。」
メイは少し俯きながら続ける。
「……お父さんが頑張れって言ってるような気がしたの…。」
「だから、お仕事頑張る。」
その小さな決意に、教室が静かになる。
アルファはメイの頭をそっと撫でた。
「その話を聞いて、私はセリナに相談したんだ。」
セリナも笑顔で頷く。
「そしたら、お母さんが『そんな頑張り屋さんなら大歓迎よ』って。」
「最初はお皿洗いや配膳のお手伝いだけだけど、一緒に頑張ろうね。」
「うん!」
メイは嬉しそうに大きく頷いた。
その笑顔を見たコラソンは、胸の奥が少しだけ軽くなるのを感じた。
もうガレスは戻ってこない。
それでも、一歩ずつ前へ進もうとしている。
その姿は、小さくても、とても強く見えた。
「さあ!」
セリナが籠を机の上に置き、蓋を開ける。
「今日はマリアさん特製のお弁当だよ!」
蓋が開いた瞬間、教室いっぱいに香ばしい匂いが広がった。
「うわぁ……!」
エマがお腹を押さえながら目を輝かせる。
「これは……!」
メルも思わず身を乗り出す。
すると――
「グゥゥゥゥゥルルルルル……。」
まるで魔獣が獲物を威嚇するような、低く重たい唸り声が教室中に響き渡る。
「っ!?」
アルファが反射的に立ち上がる。
「魔獣!? この学院の中に!?」
「気配なんてなかったぞ!」
セリナも辺りを見回す。
「ど、どこ!?」
エマは思わずメルの後ろに隠れた。
一瞬にして教室に緊張が走る。
フローレだけがコラソンのお腹辺りを見ている。
そして全員の視線が、コラソンへと集まった。
コラソンは顔を真っ赤にして、お腹を押さえていた。
「ぼ……ぼ、僕のお腹です……。あまりにも美味しそうだったので……。」
一瞬の沈黙。
「…………。」
次の瞬間――
「ぷっ……あはははは!」
「もう! コラソンーー!」
「びっくりしたぁ!」
教室は大きな笑い声に包まれた。
アルファは胸をなで下ろしながら苦笑する。
「その魔獣なら討伐する必要はなさそうだね。」
セリナは弁当を差し出して笑う。
「はいはい、空腹の魔獣さん。マリアさん特製のお弁当ですよ。」
「うぅ……恥ずかしい……。」
頭を抱えるコラソンを見て、メイも思わずくすっと笑った。
その小さな笑顔を見たコラソンは、恥ずかしさをこらえながらも「笑ってくれてよかった」と心の中でそっと安堵するのだった。
前世の悲しい出来事は消えない。
それでも、仲間と囲む温かい昼食の時間は、少しずつみんなの心を癒やしていくのだった。
いよいよ属性ごとの基礎訓練が始まる。
最初はメル。
「重力魔法の基本は、物の重さを操ること。まずはその石を浮かせてみるのね。」
「魔法はイメージなのね」
「石を浮かすイメージをまず詠…」
フワ
石がゆっくり浮き上がる。
アルファから詠唱なしで魔法が発動したと聞いていたフローレだがそれでも驚きを隠せない。
「詠唱は…いらないか…。」
(もう考えるの辞めるのね…汗。)
メルは目を閉じてイメージ
小さな石へ手をかざす。
石はゆっくりと宙へ浮かび上がった。
「そのまま前へ。」
フローレの言葉に頷きメルは一歩前へ。
「メル。違うのね…。」
「石を前へと言ったつもりだったのね…笑。」
メルは顔を真っ赤に…。
ちょっと恥ずかしがりながら魔力を石に込める。
次の瞬間。
ズドォン!!
石は前へ飛ぶことなく、地面へ叩きつけられた。
大地が大きく陥没する。
一瞬、演習場が静まり返った。
「……え?」
メルは目を丸くする。
フローレも信じられない表情で穴を見つめた。
「今のは……《グラヴィティ》。」
アルファが目を細める。
「無意識で上位魔法を……?」
「重力魔法の基本は外部から影響を与える物…。」
「グラヴィティは物体の内部に魔力を込めて物体の質量を操る魔法なのね…。」
「魔法を習ったばかり…しかも無詠唱なんかで出来る筈がないのね……。」
メルは困ったように首を振る。
「わ、私……何もしてません。」
フローレは小さく息を吐いた。
「だからこそ驚いているのね。」
(今まで積み上げてきた概念が音を立てて崩れたのね…汗)
続いてコラソン。
光魔法をイメージすると、柔らかな光が掌から溢れ出す。
フローレ
「この子も詠唱しない…。さっきのお勉強はなんだったのね…。」
コラソンの周りの枯れかけた草花は、見る間に元気を取り戻した。
「えっ!?」
「これは治癒魔法としてもかなり強い…。」
「動く生命体だけでなく草花にも影響を与えるとは…。」
アルファが驚く。
「エルフ族でもその魔法を使えるのはごく一部だぞ…。」
フローレが微笑む。
(もう驚きすぎて慣れたのね…。)
「うーん……。」
コラソンは腕を組んだ。
(魔法がある世界なら、子供の頃夢見たあれをやりたい。)
誰にも気づかれないよう、両手を腰へ引く。
「かーめ……」
腰へ引いた両手の中に光が集まる。
「コラソン?かめ?」
メルの声に、コラソンは肩を震わせた。
「……いや、何でもない。」
ふわっと光は消える。
(どうやら色々とあかん様だ)
咳払いを一つして照れ笑いを浮かべる。
「男なら一度は撃ってみたいんだよ。」
「?」
メルもエマも意味が分からず首をかしげる。
その日、コラソンは光魔法は攻撃よりも、回復や支援に優れた才能を持っていることを知った。
「攻撃なら俺にはアルマがいるから」
腰の刀に手を添え、静かに笑う。
⸻
最後はエマだった。
フローレ
「あそこにある的を狙うのね…。」
「あれはどんな上級魔法でも壊れないように作ってあるから大丈夫なのね…。」
恐る恐る杖を構える。
詠唱
アルファ、フローレ
しっかり詠唱するエマがなんとも愛らしくたまらない。
「炎よ……。」
アルフロ(炎よ…。だって、かわいい!!)
小さな炎が杖の先に灯る。
その炎は赤く、美しく、どこか優しい光を放っていた。
「綺麗……。」
エマが微笑む。
「ファイヤーボール〜!!」
アルフロ
(かわいいかわいい!)
前のウォーターボールの大きさよりも大きい!
ドォォォン!!
上級魔法でも壊れない的が紙のようにすぐ燃えた。
フローレ
(なんてこった…。あんな(ファイヤボール〜)みたいな言い方でなんでこんな威力出るのね…?)
「やっぱりエマは火の魔法めっちゃ合ってるのね…。」
訓練が終わっても杖に灯る炎は消えない。
フローレが近づく。
「消えないのね」
アルファも頷く。
「普通の炎ではない。」
エマは杖を見つめ、小さく呟いた。
「なんだか……生きてるみたい。」
その瞬間。
炎が返事をするように、ふわりと揺れた。
エマは驚きながらも、自然と笑顔になる。
「これからよろしくね。」
炎は嬉しそうに、もう一度小さく揺れた。
その様子を見つめるフローレは、静かに呟く。
「炎に意思がある……そんな話は、古い伝承でしか聞いたことがないのね。」
(3人揃って無茶苦茶なのね…汗)




