第93話 銀髪弓使いは課金から
「水が……綺麗」
足を止めていたセリニはぽつりと感想を零していた――その対象は周囲の景色に向けたもの。
銀髪の少女が進むのは相変わらず螺旋階段であった。
しかしそれを造形する材質はコンクリートから半透明な硝子に変化していた。
――壁が硝子になったときは……驚いたけど。
その変化は階段だけでもない。周囲を囲む壁も同様に硝子となっていた。
その材質は完全な透明――故に周りから見るとセリニは空中を浮遊しているようにも見える。
――これを見られるなら……それはそれでいいかな。
そんな所感を内側に落としながら周囲を見るセリニ。その視界の先の地を覆うのは透明な多量の水の流れであった。
数多の水路によって流れが分けられている。
地下であるために本来なら暗闇の中で行われる光景であったが街灯のような形で取り付けられた水晶が放つ光によって見える状況となっている。
――縦の広さは近くの……大型スーパーぐらい……かな?
歩みを再開しながら現実の建物の大きさと比較したセリニは視線を横に向ける。
――横は……凄いね。
そんな大雑把な表現しか思い当たらない広さ――それが今セリニがいる場所の横幅であった。
「けど……ここは目的地ではない」
下に続くのは階段だけであり、見える水路に進むべき扉の確認はできない。
――モンスターも……他の人も……いないよね。
視界の先は結晶から放たれた光で照らされた水と通路だけであり、ゲームの要素は確認できない。
「地下水路はこの水の下」
終着地点は未だに見えない故の推測を口にしながら進んだセリニが到達するのは水路を貫く螺旋階段であり――周囲は水で覆われている。
壁が透明な硝子なことは変わらないためにそれを直接見られる状況であった。
「フィールドの水よりも透明」
森に落ちることを回避するために川に落ちる選択を選んだセリニはそれを機にしばし水の中で行動していた。
その際に水中に潜って水質を確認する機会があった故にそんな感想が現れた。
「また泳げるかな」
目的地は間違いなく水がある場所であり、セリニはそんな期待を口にする。
「水中でも……戦えるかな」
陸だけでなく水の戦いを体感してみたい、そんな欲をセリニが口にする最中に水底に到達する。
「普通の壁になってる」
水底はあくまで水路の果て――階段は未だに続いていた。
それを見たセリニはもう少し歩むことになると察する。
「せっかくだから……買ったの食べようかな」
そう言うと同時にセリニの手元に現れるのはあんこの串団子と湯呑みに入った湯気が漂う緑茶であった。
「ゲームならではだね」
現実では不可能な階段を歩みながらの食事も悪くないと思いながらもセリニはヘイス・ピュルゴスでのアルーセとの会話の続きを思い返した。
※ ※ ※ ※
「美味しかった……です」
自身が憑き人が不死であることが知ったことが発端となって始まった会話の流れが落ち着くと同時にアルーセが食事が提案した。
昨日時点でVRMMOでの食事に興味を持っていたセリニはそれを承諾して食事を始めて今の状況となっていた。
「ここの食事はいつも美味しいわね」
そう答えながら紅茶を飲むアルーセは「課金する人の気持ちも分かる」と独り言を漏らした。
「課金……ですか?」
それが聞こえると同時に疑問を感じたセリニ。
――課金せずに……普通に……食べられましたけど……。
ゲーム内の通貨を払うことで目の前に料理が出現したことから、その言い方に疑問を抱いたセリニにアルーセが気づいた。
「わたし達には関係ないんだけどね、課金することで食べられるゲームプレイヤー達もいるわ」
「そうなのですか」
それは初耳であったがその人達が自身と関わるのか分からない故にセリニは興味心が向かない為にあっさりとした感情しか感じなかった。
「課金要素はこの場所にもあるわ」
「え……」
予想外な事を言われたセリニは驚くとアルーセはその内容を明かした。
「ミストフォロスの本部の雰囲気を変えることができるわ」
「雰囲気……ですか?」
周囲を見ながら言ったセリニにアルーセは詳しく話した。
「今は落ち着いた場所だけど、課金すれば和風や洋風、エキゾチックな外観にできるのよ」
「メニューに変化が現れたりします?」
「それは無いわ、あくまで雰囲気を変えるだけよ――この雰囲気で激辛料理も味わえるわ」
――激辛料理も……あるのですか。
かなりのメニュー量だったためにそれを確認できていないセリニは驚きながらもこの場に関することを口にした。
「だったら……このままで大丈夫です」
今の雰囲気が好きであったセリニは課金する気持ちには一切ならない。
――それに……課金したら……お金が無くなりますから。
ツインファンタジーワールドを遊ぶには利用料金が必要である。
それの合計の数字を計算したところ、残ったお年玉を使えば暫くは支払えると確認済みであった。
だがそれ以上をゲームに使うとなるの月のお小遣いから切り崩さなけばいけないと把握していたセリニは課金は利用料金限定にすると最初から決めていた。
「そうね、わたしもこの雰囲気は好きよ」
そう言いながら立ち上がったアルーセは促す色合いでセリニに声を向ける。
「イピレティスと会ったほうがいいんじゃない?」
「そ……そうですね」
イピレティス――自身の使用人であると既に知っているセリニであるが実感が沸かないのが現状である。
とはいえとりあえず接触してみようと思い立ち上がると総指揮官に言われたとおりにカウンターの前に立ったその途端に――姿を現わすのはボブカットの黒髪をした落ち着いた顔立ちの女性であり、着ている服は黒と白のビジネススーツであった。
――使用人……じゃなくて……秘書みたい……です。
その姿を見たと同時にそんな所感を感じたセリニ。
「このタイプのイピレティスね」
後ろに立っていたアルーセは淡々と語る。
「このタイプ?」
その言葉の意味が気になったセリニはアルーセがいる方向に身体を向けながら問う。
「イピレティスは色々と姿にタイプがあるのよ、だからわたしのイピレティスとセリニちゃんのイピレティスは全然違うわ」
「どのような……姿なのですか?」
「わたしのは少女の姿で、メイド服よ」
「メイド服……」
使用人としてのイメージと合致すると思ったセリニにアルーセはイピレティスに関わることを紡いだ。
「わたしもそこまで詳しくないけど、初期のイピレティスは姿こそ違うけど全プレイヤー共通で姿は女性になるみたい、一度限り無料で変更ができるわ、性別も変更できる」
「そ……そうですか」
――わたしは……今のままで……いいかな。
性別や見た目を変える気が起きないセリニにアルーセの言葉は続く。
「他にも色々と変えられるみたいよ」
「色々?」
「ええ、外見は老若男女どれでも可能らしいわ、服装の変更も可能だけど――二日目以降は課金する必要があるわ」
「課金ですか……」
――だったら……わたしには……関係ないです。
元から課金するつもりはないセリニはそれらの要素は自身と縁がないと断じる。
――話せば……ミストフォロスに成れるのかな?
故に今のイピレティスとこれから交流すると決めたセリニは改めてその前に立った瞬間に――声が届いた。
「ご主人様は貴女ですか、私は貴女専属のイピレティスです」
外見から通ずるしっかりとした女性の声が届いたセリニ。
「声も違う」
聞こえたアルーセの感想を尻目にイピレティスはセリニに自身がするべきことを言う。
「では早々にご主人様をミストフォロスに登録しますが――よろしいでしょうか?」
イピレティスがそう言うと同時にセリニの前にパネルが現れる。
――最終確認。
それはミストフォロスに入るかの選択肢であったがそれ以外の事も書かれていた。
――ミストフォロスを辞めないと……創作機関にもギルドにも入れない。
それはフレンドから既に言われていた内容であり、重々承知であり、セリニは迷いなく所属する選択を選ぶ。
「確認をとれました、少々お待ちを」
そう言うと同時にイピレティスの前にパネルが出現したその一弾指に――素早い操作を開始した。
――は……速い。
そんな感想を心でセリニが言った最中に――イピレティスの前からパネルが消え去る。
「登録完了しました――ご主人様、貴女は本日からミストフォロスです」
「そ……そうなんですか?」
いきなり言われたために言葉を返したセリニだが――それに応じるのはアルーセだった。
「ステータス欄を確認してみて」
そう言われた刹那にパネルを出現させて確認したセリニ。
「か……書かれてます」
その視線には『ミストフォロス所属』と表記されており、目に通すと同時にセリニは全身が昂揚感で包まれたが――イピレティスの声が届くとそちらに意識を向ける。
「ご主人様、ミストフォロスのチュートリアルがありますが受けますか?」
そう聞こえるや否やセリニの前に選択肢が現れる。
「後で……いいよね」
ツインファンタジーワールドを初めて開始した時と同様にチュートリアルを受けないと決めながら選択肢に触れたセリニ。
「了解しましたご主人様」
セリニが選んだその選択には明確な理由があり、それは声として出せるものだった。
「アルーセさん……盟約を……結びましょう」
フレンドを待たせる訳にはいかないと即時に判断したセリニはこの場に来た目的を言いながら振り返る。
「そうね、早速しましょう」
そう言いながら隣まで移動したアルーセ。
それに合わせてセリニはイピレティスに目を向ける。
「ようこそいらっしゃいましたご主人様! イピレティスになんなりとご用件をお伝えください」
するとセリニの前にパネルが出現するが――初めて見るものばかりであった。
「ネットで……」
同時にアルーセも覗いていた。納得する色合いで知っている様子でもあったが――底意から困惑した声がセリニに届いた。
「スクランブル・ミッション?」
聞こえたそれと同音の文字があるか確認したセリニはすぐに見つけられた。
「ありましたけど……これが?」
自身にとっては全てが新鮮に見えたセリニはアルーセに驚きの意味を聞く。
「他は……事前に知ったものばかりだけど、これだけ知らないわ」
「そ……そうですか」
そう言いながらとりあえず触れてみたセリニ。
しかし一切の反応がなかった。
「スクランブルだから……何かあった時専用なのかもしれないわ」
「そう……ですよね……きっと」
その何かが具体的に出てこないセリニは当惑するが――少し考えてみた。
――緊急……で……ミストフォロスは戦いがメイン……。
――強敵と戦えるとかかな?
強い敵と戦えることは大歓迎であったセリニは自身の想像によって愉しい気分となったその傍らで――
「まあいいわ、まずは盟約しましょう」
可能な事からするべきとアルーセは話してきた。
「はい……そうですね」
その意見に賛成だったセリニは盟約の文字を見つけると緊張しながらもパネルの操作を開始した。




