第66話 銀髪弓使いは孵化から
「セリニは道案内の卵を孵化するのをモンスターに邪魔されているってこと」
マノンが語った話は今のセリニの状況を表わすものであった。
「その……とおりですね」
言われたセリニはこれからどうするべきか考え始めていた。
――やっぱり町に戻ろうかな。
マノンと会話を始めてからモンスターがこの場に現われていないのは別のプレイヤーであるフォスがモンスターを倒しているからであった。
モンスターを倒す者がいなくなれば今の状況は続かない。
ならばフィールドから一度抜けるのも一つの手だと思案したセリニ。
――そろそろ……動こう。
マノンが自身と言葉を交わしたのはギルドに勧誘するためだ。しかしそれをセリニは断り、相手もそれに納得している。
即ち双方がこの場に留まる理由が既になくなっている。
「あの……」
控えめな色合いでセリニはその事を口にしようとした途端――
「あたしが手伝うから、ここでするといいよ」
セリニからすると想定外すぎる内容をマノンは普通に言い始めた。
「って……ててて……手伝うですか!」
「孵化するのはセリニよ、あたしがするのは周囲の敵を倒すこと」
当然の成り行きをあたかも語るマノンにセリニは自身の疑問を話した。
「その……どうして……手伝って……いただけるのですか?」
「理由は特にないけど、強いて言うならあたしも殆ど同じ経験をしたからね」
「同じ経験?」
「そうよ、フィールドで出会った人から卵を貰って孵化。同じでしょ?」
そう言われたセリニは納得できた。
「同じ……ですね」
「あたしの時はあっさりと孵化できたけど、そっちの様子を見る限りは運が良かったみたい。だから手を貸すべきと思ったのよ」
「…………」
マノンからの提案はとっても助かる内容であった。
一度町に戻る選択にも有意義な点もあるがそれをせずに済むのならそちらがいいとセリニは思った。
「ぁ……その……ありがとうございます!」
「別にいいよ、あたしがしたいからするだけだから」
セリニの感謝の言葉に笑みを返したマノンは目の前にパネルを出現させる。
「フォスに連絡を……」
操作を開始したマノンの独り言を聞いたと同時にセリニはある事に気づいた。
「フォスさんが戦っていたのに長く話を……」
モンスターが現われるフィールドで邪魔されずに長時間会話を続けられるのはモンスターを倒し続けているプレイヤーがいるからだ。
その恩恵を受けていながらも雑談を交えて会話をしていたセリニは申し訳ない感情を抱いた。
「その事は気にしなくていいよ」
「?」
独り言が届いていたマノンは文字を入力しながらセリニの疑問に答えた。
「フォスは戦うのが好きで自ら進んでやるから」
「戦うのが……好き」
彩りを加えられることもなくマノンから言い放たれたその内容にセリニは共感すると同時に興味を感じた。
――気が合う……かな……。
自分自身も戦う事に充実感を感じており、相手も同じであるならば仲良くなれるかもしれないとセリニは考えた――なのだがそれは都合が良すぎると少し思索した途端にそれは無理だと思えた。
――わたしなんかじゃ……無理だよね。
相手にどんな話題を振ればいいのか一切の想像がつかない。更に共通点が一つあっただけで仲良くなれたのなら苦労はしない。
そんな卑屈感が始まりとなって絶望に蝕まれた心持ちになり始めたセリニの目の前に自身のパネルが出現する。
「?」
見ると同時に驚いたセリニは驚きを現われた色合いで内容を口に出した。
「マノンさんが……フレンド登録……」
今迄の話の中に全く含まれていない出来事が発生して困惑したセリニはマノンに目を向ける。
「登録しておかないと連絡とれないでしょ?」
「連絡……」
いきなり何の事なのかと思ったセリニだが今からやろうとしていた行動を思い出すとおのずと把握できた。
「孵化をした後ですか?」
マノンがモンスターを相手にする以上、彼女がこの場から離れるのは間違いない。
ならば連絡手段を事前に準備する事も流れに含まれているとセリニは思った。
「そういうこと」
セリニの推測を是認したマノンはそのまま言葉を紡いだ。
「終わった後もフレンド登録をしたままでいいから、同じ事を体験した仲間って事で」
「はい……分かりました」
フレンドを増やす事にはやぶさかではないセリニは頷いて答えた。
――わたしなんかが……一日でフレンドを二人も……。
初日から自身が一切想像していない状況となっている事に驚きを感じたセリニはパネルを操作してマノンからのフレンド登録を承認した。
「じゃああたしはそこら辺のモンスターを退治するよ」
そう言いながら周りに目を向けたマノンは言葉を付け加えた。
「もしかしたらフォスが来るからもしれないから」
「え」
別の人物がこの場に登場する可能性を当然の如く話したマノン。
「――え」
その言葉が森に響くと同時に続けざまに疑問の声を出したセリニ――そんな銀髪の少女を尻目にマノンはその場から走り去り、森の中にその身を沈めた。
「……」
取り残されたかの様にその場に立ち尽くすセリニ。
だがその状況は意図した形であった。
「どうして……そうなるんだろう?」
しかしセリニの表情は置いてきぼりにされたかの様に困惑に沈んでいる。
周囲は明かりで包まれているのに底が見えない暗闇に落とされた心境であった。
――来たらですけど……四人目……ですよね。
そう考えると同時に今日出会った三人のプレイヤーの姿がセリニの脳裏に現われる。
――どんな人なのか全然分からないけど……きっと大丈夫だよね。
今のところ出会った人達は誰もがいい人であった。そこから次に現われるかもしれない人も怖い人ではないとセリニはプラスの方向に考えを向けた最中に別の人物が脳裏に姿を見せる。
――あの黒い鎧の人も……そうなのかな?
フィールドボスと対峙していた馬に乗ったプレイヤーの姿も思い浮かべたセリニは不思議と気持ちが良き方向になった。
――どの道……他の人と関わる予定だったから……。
ツインファンタジーワールドを始める前から月影は対人戦も視野に入れていた。
――なら……うじうじとしてられない。
初心を想起したと同時に気持ちが強くなったセリニはパネルを出現させると操作を始めた。
「ようやく……孵化できる」
と言いながら操作を止めたセリニの手元には卵が姿を見せていた。
「色々とあった」
今しようとしていることは卵の孵化――それだけであった。
然れども二回目のログインの後にそこに至るまでの過程を思い浮かべたセリニは笑みを浮かべながら呟いた。その色合いは楽しさで満たされている。
「ゲームらしくていいよね……きっと」
少しの動作で済む事の合間にモンスターと戦闘したり、人との出会いを経験する。
それは物語で起こるお使いのイベントを想起させるものであり、セリニは今の状況を心の底から楽しんでいた。
「地面に置いたほうがいいかな」
手に乗せたまま孵化も可能だが途中で落とすかもしれないと思ったセリニは草むらの上に卵を置いた。
「……」
事を終えたセリニはある事を察した。
「町の中で孵化をしたら……すごく目立っていたかな……」
やっていることは他のプレイヤーにも出来ることだが独りでそれを行うと異様に見えるのではないかとセリニは思った。
そして視線を浴びながら孵化する事を想像したセリニは吹雪を長時間浴びたかの如くの寒気を感じた。
――本当に……本当……に感謝しないと……。
視線を向ける数多のプレイヤー――そして邪魔するモンスターが現われない場所を用意してくれたマノンに有り難さを今一度感じたセリニ。
――けど……もう頼れないよね。
しかしそれもこれっきりである。今後似たような事が発生した時は自身だけで何とかしなければいけない。
――他の人がいない場所はあるのかな?
――ちゃんと見とけば良かったかな……。
フィールドに出る事を優先して町の全体像の把握は一切していないセリニ。
――でも……きっとあるよね。
そんなセリニであったが前向きな気持ちを抱いている。
その根拠はある。
――大きい場所……だったから。
フィールドに向かう時にそこそこの時間を移動に費やしたのを記憶している。
つまるところ町は広大でありそれだけ広ければ人通りが殆どない場所もあるとセリニは考えていた。
「普通に宿屋にいけば……大丈夫かもしれないけど」
それと同時にセリニはRPGのお約束を使えば歩き回る必要がないかもしれないと思えた。
「町に戻るのが……楽しみだね」
想像したことでボスを攻略した後も色々やれると見いだしたセリニはそう口にした途端――重大な事が脳裏に過る。
――マノンさんが……戦っているのに!
フィールドに立ちながらも少女が一切モンスターに襲われないのは他のプレイヤー達が露払いをしてくれている故――それを受けながらも後で出来ることに時間を向けている。
その事に気づいたセリニは冷汗を感じる。
――メッセージが届くかも……しれない。
時間が過ぎたのに孵化が終わったメッセージが届かないことに疑問を抱いて自身を怪訝に見るマノンの表情を想像したセリニは自身を構築する万物が停滞した心境となった。
「――終わらせよう」
程なくして動きを再開したセリニはするべき事が定まっている為にそれを最優先とした。
地面に置いた卵に視線を固定した途端にパネルが目の前に現われる。
そこには『卵を孵化しますか』と書かれていた。
「……します」
気持ちが浮かれすぎていた事を自覚していたセリニは真面目な声色でそう言いながらパネルに触れた途端に異変は起こった。
「動いた!」
卵はいきなりぴょんぴょんと跳ね始める。続いて表面に罅割れが発生して瞬く間に全身に広がった途端――罅から白光が放たれてセリニの視界は白に染まる。
「!」
驚くと同時に腕で顔を隠したセリニの耳に届くのは卵の殻が割れる音であった。
――そういえば。
その動作と同時にセリニの脳裏にある疑問が浮かんだ――しかしそれは今更な事でもある。
――どんな小鳥が……産まれるのかな?
――アルーセさんに……聞けばよかった。
スキルには現われる鳥の種類が記されていない。そこから現われた疑問であった。
「別に……いいよね」
とはいえそれは既にセリニにとって些細なことだ。
光が収まったと同時に小さい物音が既に耳に届いている。
――どんな子かな。
楽しさを心に秘めながら視界を解放したセリニの目先には小さな一羽の鳥がきょろきょろしていた。
「可愛いね……やっぱり」
その姿を見て笑みを浮かべながら素直な感想を零したセリニは一目見るだけで分かった鳥の種類を口にした。
「梟」
セリニが言い表したとおりの姿をしている手のひらサイズの小鳥であった。身体の色合いは殆どが黒でそこに灰色が加えられている。目の色は黄色であった。
「こっちにきた」
きょろきょろしていた小さな梟であったがセリニの存在に気づくと小さな羽を羽ばたかせて間近まで接近した。
「……」
息を呑みながらしゃがんだセリニは手のひらを地面に置いた。すると小さな梟は導かれるようにその上に乗った。
「すごい!」
その動きに感動を覚えながら立ち上がったセリニの目の前にパネルが現われる。
そこに書かれている項目を見て取り掛かろうと考えたが……。
「先にマノンさんに知らせないと」
孵化が終わった連絡を先に済ませることにした。
「ちょっと待ってね」
パネルを操作するには両手が必要となる為に地上に小さな梟を降ろしたセリニはパネルを目の前に表示する。
「こう……だよね?」
初めてする事であり、多少手間取ったセリニだが無事にメッセージを送り終わる。
――爽陽ちゃんにお礼を言わないと。
家族ではない他の人にメッセージを送る。それに関しては初めての友人である筑波爽陽とのやりとりで慣れており、マノンに対しても緊張する事なくすんなりと可能であった。
そしてメッセージを発信した数秒した後にセリニの前にパネルが現われる。
――早い……。
マノンからの瞬く間の返信であり、セリニは驚いた。
――返信は速いほうがいいのかな?
その速度からセリニは自身も早くメッセージを打つほうが良いと思案する。その最中にマノンからの返信の内容を確認した。
そこには当り障りもない事が書かれていた。最後の分だけは気になることが書いてあった。
「ミストフォロスになったら……連絡して」
自身が所属する事を知っている故の内容だとセリニは理解する。
「どうして……なんだろう?」
しかしそのメッセージの意図をセリニは読めなかった。
「とりあえず……連絡しよう」
とはいえ相手は自身よりもツインファンタジーワールドを知っているプレイヤーであった。
なら順守するべきと思ったセリニは次にやるべき事の為に視線を上に向ける――だがその色は夜であった。
「……」
無言で頭を振ったセリニ。すると頭から何かが離れる感覚が伝わる。
「頭の上が好きなのかな……」
そうセリニは言いながら手を前に出すと小さな梟が止まった。
銀髪の少女がメッセージを打っている間に羽ばたいていたそれは頭の上に移動していたのだった。
「次はきみに関してだね」
セリニの前にはパネルが出現している。
そこには小さな梟に関する項目が書かれていた。
「名前は……」
個体名を付けられる事に気づいたセリニは即座に手を動かした。
マノンと出会い卵を貰って孵化する。
今の状況は完全に想定外――本来なら小さな梟に付ける名前を決めるのに時間を費やす事となっていた。
しかしプレイヤーネームを決める際に色々な外国語の読み方を調べていた月影は鳥の名前もありかもしれないと確認していた。
そして目にした中には梟の読み方も含まれており、そこから気に入った読み方を与える事にした。
「きみはオウルだね」
その名を口にしながらメッセージを打ち終えた。すると小さな梟――改めオウルは羽根をパタパタと動かした。
――嬉しいの……かな?
それを笑顔で見ながらセリニはパネルにも目を通す。そこには『目的地まで飛ぶ』と表示されている。
「これを使えば」
それがボスがいる洞窟まで道案内するスキル【壺秘術・創生之導小鳥】の効果であると察したセリニは触れようとしたがその途端。
「そういえば……」
発生していない出来事があった事に気づいて周囲に目を向ける。そこには光る木々が点在していた。
本来ならそれで良かったがセリニの疑問を感じていた。
――フォスさんだったよね……いないね。
マノンがこの場を去る時に別のプレイヤーが現れる。
そう話していたが未だに周りに人影は無かった。
――実は……隠れていたりして……。
自身が相手側であった事を想像して心の中で表したセリニだが――それ以上の想像は止めた。
――わたしの事には……興味ないんだよね。
――当然だよね……始めて一日も経っていないんだから。
自身に話しかける価値なんて存在しない――遠目で見てそう判断したのだとセリニは思い至る。
――けど……アーチャさんやアルーセさんさん……マノンさんが話し掛けてくれたんだよね。
だが心の奥底より現れたその考えは否定しないといけない。
さもなくば今日であった三人に失礼だとセリニは思えた。
――何考えたのかな……わたしは……。
気持ちが沈み始めたセリニであったが右肩に何かが触れた感触に気づくと右に目を向ける。
――オウル……。
そこには先に名前を付けた梟が眠っていた。
「うん……進もう」
その姿を見て心が少し浮かび上がったセリニはその勢いに任せてパネルを見ると『目的地まで飛ぶ』に触れる。
その瞬間オウルは飛び立つとそのまま飛行姿勢となって移動を始める。
「付いていけばいいんだよね」
心が躍っている色合いでそう口ずさみながらセリニはオウルが飛んで行った方向に目を向ける。
――フォスさんとは……約束してないから……大丈夫だよね。
――もし現れたなら……ごめんなさい……。
後ろ髪を引かれる心境であったが自身がしたい事を優先する事にしたセリニは目的地に向けて歩み始めようとしたが――
「念の為に」
これから先はモンスターの縄張りを進むこととなる。ならば何時でも戦いに突入できるようにするべきと判断したセリニは弓を手元に出現させる。
「行こう」
そしてセリニは水先を示すオウルの後を追いかけ始めた。




