第67話 弓使いの幕間 その18
銀髪の少女が立ち去った森林の一部分。その場には既に誰もいない。
それは静寂に立ち返る事を示唆する筈だったが――更なる時間を有する合図が響き渡る。
「結局話せなかった」
ハスキーな少女の声が森林に現れる。その色は後悔で包まれていた。
「マノンがぼくが来るかもしれない……そう言っている筈」
銀髪の少女と接触した自身の知り合いの名を口にする姿を見せない少女。
「ぼくの名……フォスは伝えていたのか……」
自身の名を口にしながらこの場で起きていた筈の会話を想像するフォス。
「考えても仕方ないか」
そんな声が届くと同時に人が動く音が聞こえた途端に――一人のプレイヤーが森林に降り立った。
その身は小柄で着ているのは純白を主体として紅葉色を加えたトレンチコート。その下には白いロングスカート。そして黒いタイツと白い靴が覗いている。
髪色は純白で先端が柘榴色。髪は腰に届くほどに無造作に伸ばしている。
肌は晴天に広がる雲の様に白い。目の色は赤く顔立ちは小動物を想起させる可愛らしさであるが感情が出ていない表情であった。
「どうしよう」
地面に下りた理由は特になくフォスはそんな事をぽつりと言った。
――フィールドボスを倒したけど。
流れで名前を知らないプレイヤーの手伝いをしてそれが終わったフォスであったがマノンと別れた後の事は考えていなかった。
――このままゴブリン狩りを続行したら現れるだろうし。
――手当たり次第に狩り尽くすのも……。
とはいえ考えればいいだけの話であり、脳裏で色々と考え始めたフォス。
だがそんな少女の背後に姿を見せるのは――噂をしたらなんとやらと言わんばかりにゴブリンであった。
「!」
白髪の少女を見つけた途端にニヤリと笑みを浮かべたゴブリンは得物である弓矢を構え――鏃の先端はフォスの無防備な背中を捉える。
――ゴブリンでこの音は弓矢。
されどもフォスは自身が置かれている状況を完全に把握していた。
――メガロスクエストの為にも見ないで避けよう。
これから起きる事を予感したフォスは自身が最も楽しみなゲームイベントでの戦いの為にゴブリンが攻撃するまでは手を出さないと決めると次の変化を待つが――それは予想外の場所で起きた。
――上?
フォスの耳に届いたのは枝と葉っぱ――木が微かに揺れる音であった。
――短剣のゴブリンも。
樹上より現れるモンスターは想定の内である故にフォスは淡々としていた。
――見よう。
しかしながら二体を相手に音だけを手がかりに攻撃を避けるのは考えていなかった――だが二体相手にする状況を楽しみとしたフォスは身体をくるりと回転させてゴブリン側に目を向けた――その刹那に透き通るような斬撃の音が鳴った。
「……」
自身が手を出していないのに攻撃の音色が耳に届いたフォスだが目の前で発生した――ゴブリンが消えて粒子が舞い散る光景を見て状況に納得する。
「誰?」
しかし別の疑問は沸き上がる。
粒子が消えたその場には人が立っている。その人物がゴブリンを倒したとフォスは解を得る。だが知らない人物であった。
「……」
そしてフォスはその人物の容姿に目を向ける。
――黒い。
一目見ただけでそんな所感を感じるほどにその人物は黒の中に身を沈めている。
長身なその身体を隠すのは漆黒一色で塗られたフード付きのトレンチコート。ズボンも黒い。身につけている靴や手袋も黒。
フードを被って更には仮面も身につけている――仮面も当然の様に黒に染まっているが目の部分だけは赤い。
――暗闇の中にいたら区別がつかない。
現在立っている場所は時間帯が夜であるが木々から放たれている光によって照らされている為に目の前の黒い人物が一際目立っている。
されども光が消えて夜が本来の形――暗闇を取り戻した時は目の前に立たれても気づくのに時間を要するとフォスは思えた。
「君なら気づいていただろうけど、余計な手出しだったかい?」
黒で覆われた見た目とは正反対な軽いがしっかりとした男性の声がフォスに届いた。
「それは大丈夫」
背後に現れたゴブリンは標的として見ていなかった故に横取りされたと考えていなかったフォスは淡々と答える。
「そうか、俺はリウス」
相手のプレイヤー名を知ったフォスは名乗り返そうと考えたが――
「間違ってなければだが君はフォスか?」
名乗るよりも先にリウスが自身のプレイヤー名を口にした。
「そうだけど」
聞こえたそれは間違いでなかった為に肯定したフォスはそのまま言葉を紡いだ。
「ぼくは有名?」
名乗る前にプレイヤー名を当てられた事から漏れたフォスの言葉にリウスは答えた。
「それは分からない。コロシアムで君の試合を見たから、俺は知っているだけさ」
「あ、そうなんだ」
特に期待していなかったフォスはその言葉を聞きながらリウスの事を考え始めた。
――リウス……誰かが話していた様な。
相手のプレイヤー名は初耳ではなく聞き覚えがあると思ったフォスは少し考える。
すると知り合いが話していた事を思い出した。
「エクストさんが言ってた」
そうフォスが声を出した途端にリウスは反応する。
「エクスト……もしや智将のエクストか」
リウスが言い出した事は知らない人からすると唐突な内容だが聞いていたフォスは即時に理解した。
「そう」
智将はフォスが知るエクストの二つ名であった。
「まさかエクストと君に繋がりがあるとは」
リウスは自身とエクストの関係にとても驚いている様子であった。
「そんなに驚く事?」
そこまでの反応をされるとは想像もしていなかったフォスは思った事を口にした。
「確かにそうだな、失礼した」
謝られたフォスだが単に気になっただけなのでその発言をスルーした。
「それにしてもあなたとはコロシアムかメガロスクエストで出会うと思ってた」
率直な事を口にしたフォス。
「エクストは俺の事を知っているようだな」
先に耳にした内容から想像が安易な事を口にしたリウス。
それは事実であったフォスは聞いた内容を紡いだ。
「ベータテストの時の対人戦で当時の消音攻撃を使って三日で千人のプレイヤーを倒したプレイヤーの一人……それがリウス」
「やはり噂されていたのか」
自身の事を知ったリウスは困った様子を見せる。
「ネットワークでそう話している者は見かけていた、直接言われた事で実感したよ」
そう話したリウスから声が聞こえなくなると同時にフォスは自身の疑問を口にした
「ツインファンタジーワールドが本格的に始まった後はコロシアムで見かけないみたいだけど」
この場にいる以上はベータテストが終わった後もプレイを続けていると推測できたフォスは対人戦に現れない事が気になった。
その理由はリウスが凄腕であるのなら是非とも戦いたい。単純な個人的欲望であったのだが――
「戦い方を模索していてな。それが終わってからpvpに挑もうと考えていた」
「成程」
自身は実戦で色々と試すがリウスが語った事は一理あると思えたフォスは納得した。
「だがそれも今日で終わりだ……メガロスクエストで暴れるとする」
しかしリウスはいきなりそんな事を言い始める。
「何か理由が?」
リウスが戦える事が楽しみであったフォスはその言い分の根幹部分に興味を感じた。
「参考になったプレイヤーがいた」
「参考」
どんな人物かと思ったフォスだが流石にそこまで踏み込む気はなかったがリウスは自ら明かした。
「銀髪の弓使いだ」
「……」
自身が全く知らないプレイヤーの事を言うかと思っていたフォスは不意を突かれた。
「さっきまでここにいた人?」
フォスが想像したのは先までマノンと会話していたプレイヤーの姿であり、それが当たっているのか確認する。
「そうだ」
するとリウスは答えた。
「ビーハイブ・クイーンを倒した帰り道で見かけてな」
「そっちもいたんだ」
ビーハイブ・クイーンとの戦いにはフォスも参戦していた。しかしリウスも参加していた事には初めて知った。
「互いに別に場所で戦っていたんだろう」
リウスは自身の見解を口にするとそれに無言で同意したフォスに向けて話を続ける。
「その後に俺は銀髪の弓使いが戦っている姿を見かけ。思わず足を止めたのさ」
――ぼくと同じ。
自身も似た理由でそのプレイヤーに興味を持ったフォスはその行動に同意できた。
だが同時に――
――全身黒の人が隠れて人を見る。
身体の内側で表現して画として現れた事に対してフォスはある結論を出した。
――完全に駄目な絵面。
一般的な者が見た解釈が現れた。しかしここはゲームの中である為に問題ないとフォスは思った。
――けれど。
――ぼくも人の事は言えないか。
更に自分自身も透明になって他のプレイヤーを様子を伺っていた事実があった。
それが後押しとなってフォスは浮かんだ考えを全て流した。
「途中で隠れ場所であった木が弓で叩きつけられた時は驚いて一時離れたが……今思えば交友を深めるべきだったか」
――ぼくもそうすれば良かった。
そのプレイヤーにマノンの知り合いと言えば無難に話せただろうと思えたフォスは心の内側で同意した。
「だがいずれは一言を言うべきだろう」
楽しそうな色合いで語るリウス。
――武器を弓矢に変える?
リウスの言動がきっかけで銀髪の弓使いから参考になったのは何なんのか考え始めたフォスだがそんな彼女の前にパネルが現れる。
「メッセージが来たから」
リウスに一言言った後にそこに書かれていた文を確認する。
「マノン」
「エクストだけじゃマノンも知り合いか」
零れた言葉に反応する声を聞き流しながら返信の分を作成したフォスはマノンに送るとパネルを消してリウスに目を向ける。
「マノンが手伝ってほしいっていうからぼくはこれで」
届いた言葉はリウスが想定した内容だったがそこで止まる事なく続いた。
「リウスはミストフォロス?」
突如尋ねたフォス。
いきなり聞かれた事には驚いたがリウスの感情の変化はそこで止る。
「俺はミストフォロスに所属しているが誰かから聞いたのかい?」
フォスの予想は正しかったがその予想の判断材料が何なのかリウスは問う。
「誰にも聞いていない」
リウスの言は否定される。だが即座にフォスの解が届けられる。
「ぼくの直感」
「――勘か」
そう言われた以上は何も言えなかったリウスにフォスは自身の要件を伝える。
「ぼくからの依頼を受けてほしい。マノンから人数が足りないって言われている」
「成程」
会話の流れが唐突だったが要点を掴めたリウス。
しかしそれは叶わない。
「フォスとマノンと共に戦える機会を得られるのは嬉しいが俺はこれからやる事がある」
そう伝えると「分かった」とフォスはあっさりと納得する。
「じゃあぼくはこれで……メガロスクエストで出会った敵同士だから」
表情は無――されども戦意を放ちながら別れ際に宣戦布告を口にしたフォス。それに対してリウスは仮面の奥で笑みを浮かべながら答えた。
「楽しみにしている」
リウスの声が森に響くと同時にフォスが跳躍した刹那――少女の声が響いた。
「透明偽装」
その途端に空中の最中にいるフォスを構築する総体の色彩は消え去り――表向きは場から消失する。
予告なく発生した出来事であったが目撃者であるリウスに驚きが降りる事はなかった。
「コロシアムで見た通りか」
何せリウスはフォスの試合を観戦がした事があった。
そして姿を消すその瞬間は既に目撃していた。
「本当に消えるのか」
透明となった事で視界から消える。それを可能とするスキルを使用できる事に対してリウスは脅威を感じている。
――だが……透明になった後にリスクはある筈。
使用する事で欠点が生じるスキルの存在を知っているリウスはフォスもそういったものを抱えていると想像する。
――微かだが輪郭は解る。
そして僅かの間見ただけで完全な透明体でないとリウスは看破する。
「とはいえ、透明になるのは前座だろうが」
しかしフォスの驚異が目の前で起きた現象以外にもある事を観たリウスはそれ以外に着目しようとしたが――場に金属の重さを伴う歩行音が聴こえた事で中断される。
「ゴブリンではないか」
一瞬敵かと警戒していたリウスであるがゆっくりとした足音や鎧の音から違うと判断した。
「ゴブリンと間違われるとはね」
しっとりとして落ち着いたそれなりな年齢の男性の雰囲気を漂わせる声がリウスに届いたと同時に身体を向ける。
黒で包まれた者の前に立つのは全身を鎧を着込んだ男性であった。全体の造形は竜を想起させる。
その色合いは偽紫を主体として金色が与えられたものであった。
「ヒムガルか」
視界に捉えたその男性――ヒムガルはリウスの知り合いであった。
「どうしてこんな場所に?」
この場所にいる事を珍しいと思えたリウスの問いに呆れた様子でヒムガルは答えた。
「それはこっちが聞きたいくらいさ」
「俺はクイーン・ビーハイブを討伐した帰りだ」
「それなら合点がいく」
リウスの状況を理解したヒムガルは自身の事を話し始めた。
「俺がいるのはキングオブ・ゴブリンを倒す為さ」
「だからか」
キングオブ・ゴブリンは今いる周辺にしか現れないフィールドボスである事から瞬きもしない間にリウスはヒムガルの意図を掴んだ。
「その最中にお前を見つけてな、誰かと話していたみたいだったから周りのゴブリン共を倒しながら待っていたのさ」
「だからモンスターの邪魔が無かったのか」
フォスと話している間にモンスターと一戦程度するだろうと考えていたリウスだが結局そうはならなかった。
そしてそれは偶発的なものではなかった事を察した。
「感謝する」
「いいって事よ、とにかく俺はお嬢が昼に倒した話を聞いたからな、倒したくなった」
そのまま理由を話したヒムガルだがリウスは気になる点が現れた。
「お嬢?」
ヒムガルとはフレンドでそこそこ話した関係であったリウス。
だがそれでも今の話は初耳だと感じて聞き返した。
「そういえば話してなかったな……話す機会が無かったか」
その事はヒムガルも自覚していたのか、改める様に喋り始める。
「ギルドはまだ始まっていないのは知っているよな?」
「色々あって後になるんだろ?」
「それが始まったら俺が所属するギルドのリーダーがお嬢なのさ」
「そういった事になっていたのか」
「俺はリーダーって柄じゃねえからな、リウスも入るか? 大歓迎だぜ」
勧誘されたリウスだが答えは既に決まっている。
「悪いが俺はミストフォルスにはまっている」
誠実な声風で答えたリウスにヒムガルは肩を竦める。
「だと思ったぜ」
「しかし龍槍のヒムガルがリーダーと認めるプレイヤーだ。中々の腕利きなんだろう?」
目の前の紫の騎士に与えられた二つ名を加えながら尋ねたリウスに言われた本人は息を吐くと呆れた色合いで応じる。
「またそれかよ……自身で名乗ったって誤解されそうだから嫌だぜ、俺は」
「その心配はあるまい、あのサイトは攻略サイト以上の知名度だ」
他人事の為に軽く語った様に見えるリウスをヒムガルは細目で見る。
「俺がなったんだ、メガロスクエストが終わった後にお前も付けられるだろうぜ」
皮肉の色合いでヒムガルから告げられたが知名度を得るのは望むところであったリウスは堂々と応じる。
「そうか、それは楽しみだ」
それに対して「そうかよ」と投げっ放し色合いで応じたヒムガルはそれよりも前にリウスが言っていた事に答える。
「お嬢は今や俺と同じ……俺以上になるかもしれんな」
「後誤解されたら面倒だから先に言うが名前はお嬢じゃねえ、アエルさ」
「……アエル」
ヒムガルからはその名は初めて聞いた――それは間違いない。
だがしかし初めて聞いた名ではないと思った。
それがいつかだったのか――それを追想したリウスは印象深いものであった故にそのタイミングも含めて完全に思い出した。
「キングオブ・ゴブリンの配下を倒してたチームを率いていたあの子か」
「ん? あんたもキングオブ・ゴブリンと戦っていたのか?」
「ああ、通りかかった時に現れたから参加した」
「そんな偶然もあるんだな」
ヒムガルの言葉に頷いたリウスはアエルに対して感じたことを口にする。
「確かにあれはリーダーの器だろうな」
そう言いながらもリウスはその時は別の人物にも注目しており、頭に浮かんだ。
――アエルの後ろにいた青髪の少女……中々の手練れだった。
――アエルと同じギルドに入るのか?
しかし第三者であるリウスにはヒムガルが所属するギルドに入るのかまで解らない。
――ヒムガルに聞けばわかる可能性もあるが。
外見の事を話せば答えが判明すると思ったリウス。
――後でいいか。
しかし事を急く必要はないと判断した。
「俺はこれからゴブリンを倒すが、お前はどうする?」
ヒムガルに聞かれたリウスは即座に答えた。
「俺もゴブリンを倒そう」
「そうなのか? 意外だな」
「確かに参加したがキングオブ・ゴブリンとは戦ってない、今回はボス狙いだ」
「そういう事か」
リウスの参加理由を知ったヒムガルは身体を伸ばすと周囲を見る。
「別れた方が効率がいいだろう」
周囲のモンスターとはステータスに差があり、ソロで十分に狩れるとヒムガルは判断――その意見にリウスも同意する。
「一つだけいいか?」
「ん? なんだ?」
既に動こうとしていたヒムガルをリウスは静止する。
「もしあるゴブリンを見つけたら、倒さずにメッセージをくれ、駆け付けて俺が倒す」
「……どうしてだ?」
無から生み出された如くの提案に疑問を感じたヒムガルにするリウスは答える。
「俺の今後の為だ」
「まあいいが……」
煙を撒くような言い回しに対しての疑問を隠さないヒムガルだが――とりあえず納得している様子であった。
「ゴブリンと言ったが色々いるぜ。どのゴブリンだ?」
そして肝心な見た目の事を問われた黒の外装で覆われたリウス。
現れるのか――現れないのか運任せで一度も見た事がないゴブリンの容姿を――銀髪の弓使いの内から現れた暗き影と重ねながらヒムガルに明かした。
「暗影のゴブリン」




