第62話 銀髪弓使いは音から
――移動しないと。
食べようとしたリンゴを手元から消しながら立ち上がったセリニはその場で跳躍。その先にあった別の木の枝の上に到達した。
「――」
ゲームを開始した後に程なくして巨木で休憩していた際、それが根元から折れてしまい。その結果遙か上から落下する経験をしたセリニ。
その経験を糧として枝の上で休憩をする時は飛び移れる範囲に飛び移れるものがある場所ですると決めていてそれを実行していた。
「移動できる場所にしてよかった」
早速活用する事態となった事を呟きながら先まで座っていた木に目を向けるセリニ。
――矢が飛んでくる……筈。
先まで鳴り――今は途絶えている音。
その正体は弓矢を番えた際に発生する振動によるものだとセリニは気づいていた。
――音が大きいような。
聞こえた音量に疑問が向きそうになったが――矢が放たれた音が耳に届いた事で思考を中断したセリニ。
「きた」
その最中に視界に映り込むのは一本の矢。
それは目にする以前から想像した物であった。
しかしそれでもセリニは――
――大きい!
現われた矢の長さは平均的な人間の身長に匹敵するものであり、驚愕する事となった。
その最中にも矢は空を駆け抜けて枝に突き刺さる。
その地点は先までセリニが座っている場所であり、座っていた当の本人が気づいたその瞬間――炸裂音を伴いながら木端微塵となった。
しかしそれだけで終わらなかった。
枝が一本折れただけである為に健在であった木に白く輝く数多の線が奔ると瞬く間に埋め尽くされた。
そして輝きが増すと木の全体が光に包まれ――その形は白い粒子となって消え去った。
「普通じゃない……」
木が跡形も無くなった光景を目にしたセリニは矢を放ったモンスターに対する警戒度を強める最中に弓矢が引き絞られる音が再び鳴り始めた。
――地上に……。
枝の上では移動できる範囲が限定的になると判断したセリニはとりあえず降りようと下に目を向ける。
――一目見てよかった。
真下にはゴブリンがいる。
先から大きく動いている為に気づかれている可能性をセリニは考える。
――わたしを見ていない。
だが辺りを見てるだけであり、その視線はセリニを捉えていない。
「チャンス到来……だよね」
そんな事を小声で呟いた少女の耳に届いていた音は消え去っていた――それは自身を狙う凶弾の準備が完了した事を意味している。
そう判断すると同時にセリニは枝の上から足を離した。
――動く対象には当てられない……筈!
自身の経験を元に飛来する矢が直撃しないと予想したセリニ。
その予想は当たり――轟音と共に放たれた矢は枝に向かっている。
――倒しとかないと。
セリニが意識を向ける対象はゴブリンであった。
早々に仕留めれば矢を放ったモンスターと心置きなく対峙できるからだ。
――矢で……。
地上に向かって落ちながらも弓矢を構え、引き絞るセリニ。端から見ると奇怪な体勢――然れどもどんな状況でも矢を射る事ができる様に練習をしていた為にその動きは自然な形で滑らかでもあった――故に空中を進む中に放たれた矢は一直線に突き進み、ゴブリンの脳天に直撃した。
――倒れてもおかしくないけど。
胸の内でそう語ったセリニ。
――けどここはゲーム。
しかし一撃だけではゴブリンの命《HP》を断つ事は叶わずその身は健在――地に降りる前にもう一撃加えようと刹那に思ったセリニだが、ゴブリンの様子を見て考えを変える。
――わたしに気づいていない。
一撃を受けたゴブリンは先よりも激しく周囲を見ているが上に目を向けていない。
――どうして?
それを確認したセリニは自身にとって都合がいい光景と思うと同時に疑問を抱いた――しかし少々思考した刹那にどうしてそうなったのかセリニは把握した。
――消音攻撃の……お陰だね。
それを心の内側で反映される。
確信に満ちた少女の存在が届いたゴブリンは反応を示すと身体を動かし始めたが――既に放たれていた矢が背中に直撃、二撃を耐えられずに粒子となった。
しかしセリニはそれを見る事無く、斜め前方に移動していた。
――次が……くる。
その行動の意図は地上に降りた自身を狙ってくるであろう矢を避ける為だ。
一発目の矢の軌道を見た時点で放った者の場所の見当をつけていたセリニがその方向に意識を向けた刹那――矢が飛来する。
――当たらない。
言の葉が軌道となるかのように――その矢はセリニの横を通り過ぎる。
そして地面に衝突した音が耳に届いた。
「……」
セリニはちらりと後ろを見る。
矢を中心に地面に白い線が奔った後に破壊と爆煙が発生する。
先に見た光景に似たものが再び起きていた。
――矢が特殊……それとも攻撃する方が……。
見たと同時に思考したセリニだがそれは刹那の狭間だけ。
――当たらない様に……動いて倒すだけ。
思考を定めて矢が飛んできた方向に走るセリニの視線には弓を携えた者が立っていた。
――ホブゴブリン……。
それは雰囲気や肌の色合いこそ同じだが通常のゴブリンと比べると段違いに大柄であるモンスター。
その手には普通の物よりも巨大な弓を携えていた。
――弓矢を持つのは初めて見る。
とうに別のホブゴブリンを何度か見ていたセリニであったがその姿には新鮮味を感じていた。
――一体だけなら接近できれば……。
弓の本領は矢による攻撃であり、距離を縮めれば倒せると踏んだセリニ――しかし相対する敵は複数いる。
――狼……。
随伴としてルプスが隣にいる。
――戦っている間に矢が飛んできたら……。
戦闘する味方を射撃武器を用いて後方から援護する。ホブゴブリンはそうすると読んだセリニの思考は目の前で再現される。
――動いた。
ルプスはセリニに向かって突撃――ホブゴブリンは弓矢を構え始める。
「先に狼から」
それを見たセリニは走るのを止めながら弓矢を自身に突撃するルプスに向けた刹那に――スキルの名を口にする。
「【弓術・強撃】」
放たれた矢は一見すると普通の矢、しかしスキルの効果によって威力は1.5倍になっている――故に跳びかかる動作をしていた最中に直撃したルプスは一撃で消滅する。
だが同時に響くは轟音――それは新たな矢が放たれた合図。
――来る。
迫る大型の矢は想定の内側。その為にセリニには動揺の色はない。
スキルを使用した後の硬直時間は既に過ぎているが敢えてその場に留まる。
「練習……したかった」
セリニがそんな呟きを漏らした矢はあわや当たる寸前まで近づいた――その間に静かにスキルを頭に浮かべる。
そして――
「【瞬迅】」
先に習得したスキルをセリニが口にした瞬間――矢が地面に衝突、爆音の後の爆煙がその周囲を包み込んだ。
数秒後に煙は霧散するとそこには破壊の跡だけであった。
その光景を見終えたホブゴブリンは弓の構えを解くと周囲に目を向ける。
辺りには誰もいない。そう言いたげな仕草をした後にその場を去ろうとする。
だが真後ろから弓が撓る音が聞こえ、即時に気づくと踵を返した刹那――凜とした少女の声が届いた。
「【弓術・拡散】」
広範囲に放たれた矢を浴びる事となった。
――油断大敵……だね。
自身のスキルで身体を仰け反るホブゴブリンを見ながらセリニは心の内で呟いた。
――時間を稼いでから……戦わなくて……良かったかな。
瞬迅を使用してホブゴブリンの矢を避けていたセリニはある理由から時間を稼ぐ必要があると思い、身を潜めていたがあっけなく奇襲に成功した為にその必要性があったのかと考えはじめてしまった。
――とにかく倒そう。
しかし細かいことを考える必要性は皆無と割り切ったセリニは矢を番えると即座に撃ち放ち、ホブゴブリンに直撃すると再び仰け反る。
それを確認すると再び矢の準備をしながら追撃の為のスキルを口にした。
「【暗影流出・黒之浸蝕】」
セリニの内側より顕現せし黒き影は矢の色を漆黒に塗り替える。
弓から解き放たれた漆黒の矢は黄緑色の巨体に突き刺さると――黒の炸裂となり消滅した。
だがホブゴブリンは健在であった。
――相変わらず……タフ。
――後……二撃くらい?
通常のゴブリンよりも頑丈な事は他の個体のホブゴブリンと既に交戦して倒していた為に知っていたセリニ。
――HPバーがあれば考えなくても……済んだよね。
ツインファンタジーワールドには敵のHPを視覚的表現で確認する術は存在しない。
戦いの中でも余裕が生まれてきた故に敵のHPを把握できない状況が与える意味を把握したセリニ――だが顔は笑みを浮かべていた。
――これはこれで……緊張感があっていいね!
いつ倒せるか解らない場の空気感を心底楽しみながらもセリニは更なる追撃を仕掛けようとした――だがホブゴブリンも黙ってやられるだけでは済まさない。
「!」
仰け反りながらも鏃を下にした状態で矢を出現させると腕を振り下ろし始める――その矢の先にいるのはセリニであった。
――そんな使い方があるんだ。
セリニは矢を武器の代わりとするその光景に底意から感心していた。
弓矢を持つ敵が近距離を仕掛けてくる――今が正にそんな状況であったが攻撃を向けられた少女にとってそれは想定の範囲内であった。
何せ彼女自身が矢を番えることをせずに弓本体で直接攻撃を仕掛け、状況によっては蹴りを繰り出す。
詰まる所――今の状況を想定して戦っていた。
――普通に……避けられる。
――時間を稼いで使えるようになったから……こっちだね。
その場から動くだけでホブゴブリンの攻撃を回避するのは容易い――しかしセリニは手を持った状況で矢を地面に向けた後に起る出来事が気になり、ぎりぎりまでその場にいることを選んだ。
そして矢の振り下ろしが始まると同時に――淡々とスキルの名を口にする。
「【瞬迅】」
スキルの末尾が過ぎるとセリニの身体は姿を消す――入れ替わる様にそこに矢が現われて地面を突き刺した。
事が終わるとホブゴブリンは矢から手を離した――しかしその動作は決定的な隙であった。
――そうなるんだね。
スキルを使用して一瞬でその場から移動して手に矢を持って地面に突き刺した結果を見ていたセリニ。
「矢から手を離す時間がある」
当然のことを口にするセリニであるが、その僅かな動作が付け入る隙になると理解した――その言葉と同時に弓を振り抜いてホブゴブリンに攻撃を仕掛けた。だが一撃を受けても倒れなかった。
しかしその場でふらつく動作の兆候を見せた。
――ショック状態。
それが表わす状態異常に気づいたセリニは即時に力を込めて跳躍――瞬く間にホブゴブリンの頭部の真上まで身体を空に預けながら到達する。
――横からだけじゃなくて上からでも。
自身だけが解る事を内側で呟いた少女――その手には既に弓矢を構えていた。
鏃の先端が捉えるのはホブゴブリンの頭部――セリニは下すかのような声色で敵を葬り去るスキルを言い放つ。
「【弓術・貫穿】」
白く輝き、先端を尖らせた矢はホブゴブリンの頭部に到達するとそのまま通り過ぎる。そして矢が突き刺さる音が二回なった後に地面に到達した――その瞬間にホブゴブリンは倒れ込みながら粒子となって消滅した。
地面に着地してホブゴブリンが倒れる場面を見たセリニは先に使用したスキルの内容を口にする
「弓術・貫穿……威力は通常攻撃と同じ……スキル効果は相手の防御手段を貫く……だけど一度貫いた後にもう一度貫くと威力が下がる。
もう一つの効果は大型の敵を貫くと連続で当たってダメージの量が増加する……二回の場合は二倍だね」
――ホブゴブリンの横と縦で試したけど……同じ回数。
弓術・貫穿をホブゴブリンに使用するのは二度目であった。
故にセリニは当たった場所によってダメージ量が変わるかもしれないと思い。巡り合わせの瞬間が来たと思い。跳躍した後にスキルを使用した。
――意味無かった。
しかし結果は変わらない――だがセリニは徒労感を一切感じていない。
――楽しかったから……いいよね。
自身がホブゴブリンを倒し際のシチュエーションはセリニ好みであった為だ。
「瞬迅も……面白い」
そしてぶっつけ本番で使ったスキルもまた――セリニを極めて満足させる色好いものであった。
――アルーセさんに感謝しないと。
瞬迅を習得することをオススメしてくれたフレンドのことを思い返しながら――セリニの心は充実感で満たされた。




