第59話 銀髪弓使いの幕間 その17
「しかし一度だけの戦いで……」
事柄の把握を終えたモルスの傍らでメアは疑問を口にする。
ツインファンタジーワールドのコンテンツの一つであるコロシアムの一部の試合は録画されて他のプレイヤーが見られるようになっている事は知っている。
だが自身が参加した試合がそうなっているとは想像さえした事がなかった。
「どうして?」
あくまでメア的には独り言のつもりであったがモルスから言葉が返ってきた。
「リアンと戦って生き延びたからかもしれないね」
「リアン?」
しかし初耳のプレイヤーの名が現れた為にメアは疑問を口にする。
「あたしと同じ名前付きの人、最近付けられたみたい」
「なるほど」
モルスの言葉を聞いてメアは納得する。
――未だに増えますか。
――名前付き。
二つ名を持つプレイヤーの実力が圧倒的な事を個人的な事情から既に知っているメアは注意するプレイヤーが増えたと脳裏に留める。
――あいつは喜びそうだけど。
ある人物が脳裏を過ぎる最中にモルスはメアンの二つ名を明かした。
「『鎖追』それがメアンの二つ名」
「鎖追……」
その二つ名を構成する文字が頭の中で現れ、それから意味を推測したその瞬間――コロシアムでの戦いで対峙した武器の事をメアは思い出した。
「あの鎖の使い手」
「そうだね、メアンは鎖を扱う人」
「二つ名の由来は追尾するような鎖ですか……いきなり襲われました」
コロシアムでの戦いにてメアンは開始早々に鎖に襲撃された。
一度捕まりそのまま地面に叩きつけられた後に更なる追撃を受けそうになったがスキルで迫る鎖を吹き飛ばしてその場から離脱していた。
「あの後はすごかったよね! 遭遇した人を倒しまくってたよ」
「メアンに先制させるつもりはありませんでした、先手必勝ですから」
「しかしその後は時間切れで終わってしまい、決着をつけられなかった」
「しょうがないよ、あの時は正反対の場所にいたみたいだから」
「正反対……それは仕方ない」
そう話したメアにモルスは疑問の声を向ける。
「あれ? 試合の詳細を見てないんだ?」
コロシアムには自身が試合でどのように動いていたのか確認する機能がある。
それを知っていたモルスの問いにメアは答える。
「メガロスクエストの為に一度は知らない人と対人戦の経験をするのもいいかと思っただけなので見てませんよ」
「ああ! だから一度だけなんだね」
自身の事情に話した結果、合点に繋がった様子なモルス。
そんな少女にメアは出会った当初から抱いていた疑問を向けてみた。
「気になってたんだけど、あなた程のプレイヤーがこんな場所にいるのはどうして?」
今いるフィールドのモンスターのレベルは下から二番目強さに値する。何かイベントが起きたならともかくとして二つ名を持つプレイヤーがいるのはなんでなのだろうか? そんな感情が入った問いにモルスは迷いなく答える。
「人捜しだよ」
「人捜し?」
話した内容は理解できたがここでそれをする意図が結びつけられなかったメア。
「もしかしてクエスト」
ゲーム的な意味なのかと感じたが「違う」とモルスは即答するとその意図を明かした。
「プレイヤー捜し」
「プレイヤー捜し……」
――フレンドではない。
どうして探しているのかまでは聞く気はないメアだが疑問として頭の中に残る。
「レイヴンが言っていたんだよね」
そんな中モルスは探し人に関しての話を続ける。
――レイヴン。
――モルスのフレンド?
新たなプレイヤーの名を頭の片隅に置きながらメアは続きを聞いた。
「この付近に動きが速いプレイヤーがいるらしいみたいって」
「動きが速いプレイヤー……」
それだけだと意味が分からないと思ったメアにモルスは言葉を続ける。
「レイヴン曰く! エクストも追えなかったらしいから気になるんだよね! あたし」
モルスが話した内容には知っているプレイヤー名が含まれている。
そしてそれはメアにとって驚きを抱かせる名であった。
「エクスト……まさか智将エクスト」
二つ名を持つプレイヤーの中でも有名な人物である為にここで登場するとは予想の外側を突き抜けていた。
「うん! そのエクストみたいだよ、」
「エクストと知り合い」
意外な交友関係を把握したメアは根本的な部分を尋ねた。
「見つけたらどうするつもり?」
「手合わせをしたいの! あとできればフレンド関係を結びたい!」
「なるほど」
強い者と競い合いたいその気持ちをある程度理解できた故にその言い分に納得するメアにモルスは言葉を紡いだ。
「メアもここにいる理由あるの? 散歩?」
モルスと同じく自身もこの場所にいるモンスター達とはレベル差があり、それを指摘される事は想定内であったメアはすぐに反応した。
「散歩と言えるかもしれない」
会話を続ける中で現実での妹のことを思い返した事もあってモルスに親しみを感じて笑みを浮かべると語勢を和らげながらメアはそう語る。
「あ! そうなんだ!」
「とは言えスキル在りきだけど」
「スキル?」
「スキルの操作の練習よ、ここなら攻撃を受けてもやられる心配がない。けど話はここで終わらない」
「?」
疑問の色を浮かべながら首を傾げるモルスにメアはこの場に来た理由を話した。
「スキルの練習をしている時に変わった戦いをしながらキレがある動きをするプレイヤーを見かけたの」
「有名な人?」
「違う……けど有名な人と話しているのを町で見た」
「有名な人?」
自身が口にした事を再び口にしたモルスにメアは答える。
「アーチャーよ」
「え……アーチャー! もしかして弓聖の」
「そう、そのアーチャーよ、あのアーチャーが話しかけたプレイヤーで動きも良かったから、スカウトできないかとここまで来たんだけど……」
「駄目だったんだ」
モルスの言葉は正解であり、メアは詳細を語る。
「そう。向かおうとした直にゴブリンに阻まれて、一掃したけど、向かった先にはまたゴブリン……見たプレイヤーは既に去った後」
「そんな事があったんだ」
メアがここに来るまでの経緯を知ったモルスは釣られる様にある事を話し始める。
「多分だけどあたしはその人を見たよ」
「見た?」
不意を突く形で言われて驚きを零したメアにモルスはそのまま続けた。
「この近くの木の枝の上に座ってる人を見かけたんだ」
「見かけただけ?」
どういう事なのか気になったメアの問いにモルスは答える。
「見たのは後ろ姿だけ、それに見たときはモンスターかもしれないって隠れちゃったんだ。それで声をかけるタイミングを見失って……」
――確かにそれは気まずい。
知らない人の様子を隠れて見た後に話しかける。
自身がその立場になったとしたらモルスと同じ心境になるだろうとメアは思えた。
「チャンスを見て話しかけようとした時に相手も声を上げて、反射的に離れたんだ」
「そしてそのまま見失ったと?」
考えた事を口にするメアだがモルスは否定する。
「そうじゃないんだよ、思い切って追おうしたんだけど、フィールドイベントに遭遇したんでそっちを終わらせた後にここに戻ってきたらメアがいたんだよね」
「だからここに」
モルスと自身が出会うことになった流れの詳細を知ったメアは納得した。
「けどスカウト」
さりげなく自身が言った単語を口にしたモルスにメアは注目する。
「それはギルドだよね」
スカウトが即ち勧誘であると結びつけたモルスの言葉は正しい。それが正にメアがしたかった事であり、無言で肯定する。
「けどその人がミストフォルスに加入するつもりだったらどうするの?」
モルスからの言及は予想している範囲の出来事であったメアは即座に言葉を返す。
「スカウトは諦める。その代わりに盟約を結べないか聞くつもり」
「そうなんだ!」
深意から納得した色彩の声を発したモルスはその状態を維持しながら言葉を続ける。
「ならあたしと盟約を結ばない?」
それは想定外な話であり、メアは数秒の間だけ空白の時間が生じる。
「それは……願っても無い事」
確かにメアとって想定外の話だが同時にとても嬉しい事でもあった。
しかし唐突な展開と思い。疑問も現れていた。
「いきなり言ったけど、どうして」
疑問の声色でそう口にしたメアにモルスは即答した。
「勘だよ」
「勘?」
「そう! メアとなら楽しくできそうな気がするの!」
「そうですか」
迷いなく笑みを浮かべながらそう話したモルスに困惑を抱くが同時にそんな彼女の人柄も悪くないとメアは思えた。
「ならそうしましょう」
盟約を結ぶことを決めたメアはパネルを出現させるとある操作をするとモルスの前にパネルが出現する。
「フレンド登録」
モルスが呟きにメアは反応した。
「今すぐに盟約は結べないでしょ? 念の為」
そう言われたモルスは「そうだね!」と理解した事を口にするとフレンド登録に同意する。
「盟約を結んだんだから、メガロスクエストでは出会っても狙わないね」
今の状況と無関係な事を楽しそうに言い始めたモルス。
しかしそれはメアにとってとても有益であり聞き捨てならない内容であった。
「ならわたし以外に……」
故にその話の流れに乗ろうとしたメアだが――意図しないタイミングで現れたパネルによってそれは寸断されてしまった。
「フィールドボス出現」
なんとなしにパネルに書かれた文字を読み始めたメア。その続きをモルスが口にする。
「ビーハイブ・クイーンだ!」
モルスの声色には明確な熱意が込められており、それに気づいたメアは言葉を向ける。
「参加するの?」
「うん!」
刹那に反応したモルスはその理由を語る。
「ハチミツが沢山手に入るチャンスだからね!」
「アイテムとしても嗜好品としても便利よね」
聞こえた言葉にメアが同意した最中にモルスの前にパネルが再び出現する。
――誰かからの誘い?
メアが推測するその傍らに内容を確認したモルスはメッセージを打ち込んだ。
「レイヴンに誘われたからあたしはビーハイブ・サーヴァントを狩りに行くけど……」
モルスの話の内容に含まれているのはモンスターの名。
それは把握しているものである為にメアはそのまま聞いた。
「どうする? ミストフォルスとして、依頼を受けてもいいけど?」
問われたメアは少し黙思した後に答える。
「今回は依頼をしない、わたしは合流する人がいるので、あなた達はあなた達で動いてください」
「分かった! じゃああたしはレイヴンと一緒に先に行くね! 盟約を結ぶのはフィールドボスが消えた後で」
――レイヴンが近くに?
聞こえた言葉から推測していたメアを尻目にモルスは動いた。
「行くよ! ペイル!」
何かに語りかける様な事を言い始めたモルス。
――ペイル。
メアがそれを受け止めた瞬間に――その場からモルスは跳躍した。それと同時に空を騒がす金切り音が鳴り響いた。
「どうやって合流を……」
領域転移を使用した様子もなく。その動きに驚いたメアは空を見上げる。
「いない」
視界の先は月が輝く夜空だけ――距離を離して聞こえるのは風を裂く音色――モルスは忽然と姿を消していた。
「レイヴンが何かをした?」
モルスが事前に話していた内容から想像したメアだが、それ以上に判断する材料が無かった為に気持ちを切り替えることにして周囲に目を向ける。
――話を始めてから一度も敵と遭遇していない。
当たり前の如くモルスと会話を続けていたメアだが対策していないのにその状況になっていた事に今更ながらも違和感を感じた。
「――――」
――そういう事。
ものの数秒もしないうちにある可能性を見出したメアは誰もいない空間に向けて言葉を紡いだ――その色合いは親しみが込められていた。
「フィールドボスが現れたのに連絡がこないのは変だと思ってけど、近くにいたのね」
「ファケル」
メアの声が森の中に消えると――見えない線で伝わった様に別の声が森に響いた。
「ああいるぜ、空気を読んだって事さ、せっかくメアが楽しそうにしてたからゴブリン共を燃やしてた」
熱さが込められた若い男性の声が後ろ側から届いたメア――それが自身が知っているファケルであると確認すると言葉を返した。
「そうね、それは助かった。あんたが混ざったらどうなってたやら」
溜息交じりにそう話したメアにファケルの笑い声が届いた。
「それならそれで面白い事になるかもしれないぜ!」
確定事項の様に話したファケル。
普通なら何を根拠に? と思うが唯一聞いていたメアには理由が想像できていた。
「ファケルと名乗ればモルスは気づく……いいえ。まだ無名のわたしでさえ見た事があると言ってたから、姿を見ればすぐに気づく」
言葉の先は自身が言わずとも言うだろうと考えたメアは敢えてそこで口を止める。
すると予想通りファケルが誇らしげな色合いでその先を語り始める。
「死神と同列――俺が始まりの七人の一人――『焼尽のファケル』である事にか」
「そう。そしたらコロシアムで試合をしようとか、言い始めるかも」
「なら歓迎するがな」
「それは今度にしてね」
軽い口調で話したメアにファケルは自身が言いたいを向けた。
「一つ違う点がある」
「違う点?」
何の事か予想できなかったメアは疑問の色を向ける。
「周囲のモンスター達を倒したのは俺一人じゃない」
「それはそうでしょ?」
ここはオンラインゲームのフィールド――自身とファケル以外のプレイヤーが近くで戦っても何ら不思議な点は無い。
しかしわざわざ話したが気になったメアは言葉を繋げる。
「それとも特異なプレイヤーでもいた?」
ある種の望みを込めた言葉にファケルは応じる。
「変わった弓の使い方で戦ってるプレイヤーがいたぜ」
「弓!」
望んでいた武器の名を聞いたメアは歓喜の声で応じる。
「? メアも知っているのか」
声の色彩の変化に気づいたファケルにメアは直ぐの反応した。
「少し前にわたしも見たのよ」
「なるほど、ベスティアみたいにスカウトするつもりだったのか」
「そうね」
「なら向かうか? ギルドメンバーが増えるのは大歓迎だぜ」
ファケルが言った事を実行したい気持ちもあったメア。
「今回はやめとく」
しかし気持ちだけで留める事にした。
「彼女はおそらくレベルを上げてる。それを邪魔するのは駄目でしょう」
銀髪の弓使いはツインファンタジーワールドを始めたばかりだと推測していたメアは休んでいる時ならスカウトを試みるつもりであったがレベリングを中断させてまではスカウトをしたいとは考えてはいなかった。
「確かにそれは機嫌を損ねるかもな」
と、言ったファケルは次の行動の指針を口にする。
「ならビーハイブ・クイーンを討伐するとしますか!」
同じ事を考えてたメアは同意の言葉を口にしようとするが――
「俺と同じ名前付きな死神と黒翼もいるから急がねえとな」
ファケルが日常生活の様に言い放った羅列の中に初めて聞いた単語があった為だ。
「黒翼? 死神はいるけど」
片方は先まで話していたモルスの二つ名な事は知っていた。だがもう片方も二つ名であるとまで分かるが、その名を持つプレイヤーがビーハイブ・クイーンとの戦いに参戦するのをファケルが確信しているのはどうしてかとメアは思った。
そしてその疑問は即時に解凍される。
「死神モルスが話してたろ? レイヴンってプレイヤーを。その子の二つ名が黒翼なんだぜ」
「――! なるほど……」
驚きながらも納得したメアは脳裏に零れ落ちた事をファケルに明かした。
「二つ名同士がフレンド」
「そこまで珍しくないんじゃねえか?」
そう語ったファケルにメアは「どうして?」と疑問をぶつける。
「俺とメアみたいなもんさ」
「わたしには二つ名は無い」
堅い声色で事実を口にしながら眼鏡に触れたメアに「今はな」とファケルは軽く語る。
「俺と互角に戦えるんだぜ! ならいずれ付くに決まってる。例えばメガロスクエストとかな……ベスティアと同時につくんじゃねえかきっと!」
「そうなるねきっと」
まともに相手するつもりはなかった為に棒読みで対応した後に少女は身体の向きをビーハイブ・クイーンが出現した地点に向ける。
距離が離れていれば領域転移を使っていたが今いる場所からそこまで離れていない為に走って向かうと決めていた。
それはファケルに伝えていないが――その必要性はないとメアは理解していた。
「じゃあ――競争とするか!」
それに答える様にファケルの声が森に伝わると同時に地を蹴る音がメアに届いた。
「ええ!」
呆れながらも楽しそうな声色でファケルの声を受け止めた刹那にメアは疾風の様に姿を消し去った。
プレイヤーが場を去っても停滞は起らずに事柄は続いている。
プレイヤーが消えると同時に姿を現わしたのはルプス。
だが物音が鳴り、振り返ろうとした――然れどもそれは間に合わない。
「【暗影流出・黒き浸透】」
冷徹な少女の声と同時にその身に突き刺さるは黒き影で染まる矢――存在が発覚した須臾に発生する漆黒の衝撃。
「次」
ヴォルフを仕留めた矢の主は次の獲物を求めて姿を消していた。
黒影の残影が舞う広場は――漸く静寂に包まれた。




