第53話 銀髪弓使いは夕暮れから
支えもなく浮かび上がり、両手で抱えられない程に大型となった壺は自重によってかそのまま地に着地する。
いきなりその光景を見せられたセリニであったが地に目を向ける直後元々驚いていたのに再び驚く事になった。
「色々と準備……されてますね」
壺の真下にはいつの間にか焚き火や壺を支える為の器具が設置されていた。
そして空っぽだった中身が怪しい光を帯びた紫色の液体で満たされている事にセリニは気がついた。
――ぐつぐつになっている。
表面に数多の泡が立ちそして消える。距離がある為に熱こそ感じないが湯気も上がっているために熱そうだとセリニは思った――しかし先と違いその光景に驚きの感情は湧き上がる事もない。
白いコートを着ている為に何かを研究している様にも見えるアルーセと壺の双方を淡々と見ていた。
――ゲームで……よくある光景……ですよね。
その理由は今いる世界であるなら起こり得るものとセリニは一弾指の間に脳が理解をしていた為だ。
故に巨大になった壺の前でパネルを出現させたアルーセがこれからする事の推測も直ぐに可能であった。
――アイテムを……作るんですよね。
心の内でセリニが語った途端――アルーセの声が耳に届いた。
「セリニちゃん、ちょっと悪いんだけど少しの間だけ護衛を頼むわね」
それは想像外な言葉の羅列。
「………え」
突拍子もなく言われたセリニは呆然とする最中に言葉の意味をアルーセが話した。
「このスキルを使うとさっきまで出していた使い魔が消える。分かりやすく言うとスキルの同時仕様が不可能なのよ」
――制限がある。
アルーセが話した事を解釈したセリニは返答する。
「そういうことですか」
新たな能力を使用した結果、その前に発動していた能力で得た効果が消え去って困った経験がゲームを遊んでいる時にあったセリニはアルーセが急な言葉の意味を既に理解していた。
――なら。
故にセリニはこの場を周回していた使い魔が消えた事によるある変化が起きる可能性を抱く最中に先んじてアルーセが口にする。
「だからモンスターがここに現れるかもしれないわ」
それを聞くと同時に反射的にセリニは手元に弓矢を出現させる。
「分かりました」
いきなりな事態でこれからどんな事が起きるのか呑み込みきれていないがそれはそれとしてアルーセを護衛する事を受諾したセリニは周囲に視線を向ける――そこにあるのは微かな風で揺れる草木だけでそれ以外の存在はいなかった。
――今はいないけど……。
しかしセリニは警戒心をそのままとする。
――岩の裏側の確認もしないと。
アルーセの背後にある巨岩が死角となっていてそこからモンスターが現れる事を懸念していた為であった。
――方法は一つだよね。
その手段は既に頭の中で描かれており、それを実行するためにセリニはその場から跳躍――そのまま巨岩の上に着地した。
――ここなら。
高い位置から全方位を見渡したセリニの視界を満たすのは――地で見たときと代わり映えない光景であった。
――大丈夫……だね。
ひとまずの確認を終えて安心したセリニは一息つくその傍ら――空から降る光の感覚が少し異なる事に気づいて上に目を向ける。
「夕暮れ」
天に昇る太陽はいつの間にかに沈み始め夕日となって地上の色彩を橙色に染めている。
「綺麗」
夕焼けと木々の組み合わせ――在り来たりながらも美しい光景を目に焼き付けながらセリニは純粋な感想を口にする。
――遊び始めてから時間が経った。
――そういう事だよね。
当たり前な帰結を浮かべながらセリニは考える。
――アルーセさんのスキルが終わったら……。
護衛は完遂するの当然としたセリニだがその先を考え始めた矢先――夕焼けの世界に水を差す音が鳴った。
「!」
音を立てた者の正体まで判別出来なかったセリニだがどの道確認する事には変わらない為に即時に視線を向けた。
――斧を持ったゴブリン。
現れたのは想定内の敵対者であるモンスター。
即座に動こうとしたセリニであったが相手の動きを見て、身体ではなく思考を動かし始めた。
――あの動き。
――わたしにも……アルーセさんにも……気づいていない。
ゴブリンが現れた地点は壺がある場所とは真逆であった為にアルーセには気づいていない。
斧を構える事もなく特定の場所に向かう動きをせずにあちらこちらに顔を動かしていた。
それを目視で確認したセリニはチャンスだと思えた。
――どう攻めるべきかな。
先手を仕掛けることは既に何度もしているがそれは弓矢で遠距離から当てようとしていた時期だけであった。
近距離で戦う様にしてからは無防備なモンスターを見るのは初めてであったセリニはどう戦おうか考えそうになった。
――今回は……駄目だね。
だが状況はそれを許してくれないとセリニは即時に気づた。
――アルーセさんがいるから。
今のセリニは単独行動ではない。もう一人のプレイヤーを護衛していた。
したがって成功する分からない攻撃方法ではない着実な方補でゴブリンを倒す事を決めた。
――この距離ならあれだね。
その方法を決定したセリニは目を細めると淡々とした色合いでスキルの名を口にする。
「【暗影変異・黒之分体】」
セリニの総身から漏れ出た黒き影は地を這い地面に到達したその瞬間――爆発的に広がりながら地面から切り離されると瞬く間にある形と成った。
それは影で構成されている故に漆黒――それは影を流出した少女と同じ姿をしていた。
――もう一人のわたしが形として現れる。
――まさにゲームだね。
既に二度スキルを使用している故に驚きが消え失せていたセリニは――
――攻撃して。
自身と同じ形の影に命令を下した。
暗影変異・黒之分体。その効果は発動した者の姿を影で出現させるスキル。
そして影は現れるだけでは非ず――命令をする事で動かす事が可能であった。
可能な命令は現在のところ二つであり、一つは思考した方向に移動、もう一つは攻撃であった。
そしてその攻撃はスキルを発動した者の武器で仕掛けられる。ダメージ量は使用者の攻撃力を参照とする。
現在のセリニが装備しているのは弓矢である為にそれに準じた動き――弓に番えた矢が放たれた。
――相手が動いていないなら。
弓を引くと同時に地面に溶け込む様に消える自身と同じ形の影を見届けたセリニは黒き矢が向かう先に視線を移す。
地面に人の影が現れると同時に臨戦態勢となっていたゴブリンであったが――
――今回は……当たるよね。
暗影流出・黒之分体による攻撃を見たのはこれで三回目であった。
一度目に使用した時は命中したが二度目の時は外れた。
しかし外れた時の光景を記憶していた為に外れた理由の検討が既に付いていた。
今回の使用はそれの確認であり、セリニは命中する事を確信しており――その推測通りゴブリンは矢の直撃から逃れる事は叶わない。
――前は動いていたから外れた。
――標的が動かなければ間違いなく当たるみたいだね。
攻撃を食らって仰け反るゴブリンの姿を確認しながらセリニは暗影流出・黒之分体のスキル効果を把握する。
――後は倒すだけ。
ゴブリンを即時に始末する事を決定していたセリニは跳躍すると脚部の仕込み武器を出現させる。
そして空中で前に身体を回転するとその勢いのまま体勢を立て直した標的に急接近した。
そして脚部から振り下ろされた短剣が鋭き斬撃音が響き渡り――刹那に一刀両断されたゴブリンは粒子となって消え去った。




