第103話 銀髪弓使いは年齢から
「あなたはこれから誰かと約束ある?」
チョコレート味のパンケーキを食べ終えたシャールは同じく食事を終えたばかりのセリニに声をかける。
「え!」
いきなり言われたセリニは驚いて声を出したが――シャールの意図は解らないが自身の状況を整理するにはちょうど良いとして考え始める。
――マウスの討伐依頼も終わって……アルーセさんからの依頼も終わってる。
そこまでまとめ終えたセリニは最初に地下水路に向かおうと思ったきっかけとなったクエストのことも思い出した。
――人攫いから人を助けるのは……簡単だった。
クエストの導入となった戦いこそ楽に終えたがクエストでの戦いは難易度が上がると気を引き締めて望んだセリニ――しかし敵対するNPCの数こそ十人と大人数であったが、その実力は朝に遭遇して戦闘したNPC達と大差がなく瞬く間に倒してNPCとの会話を挟んでクエストを完了する事となり――正直なところ拍子抜けであった。
――このダンジョンがあることを知らせる……クエストなのかな?
しかし今回の依頼がなければ地下水路に気づくことなく、ゲームのプレイを続けていた可能性も考えられたセリニはその部分に存在意義があるのかもしれないと考えた。
――……クエストも終わって……他の人とも約束もしていない。
自身の状況の整理を終えたセリニはシャールにそのことを伝えた。
「後は……ミストフォロスの依頼の報告だけです」
するとシャールは嬉しそうな声を出した。
「セリニもミストフォロスなんだ」
「は……はい」
自身がミストフォロスであるだけでここまでの反応をされるとは思っていなかったセリニであったが相手の言動からある予想が出来た。
「あの……シャールさんも……ミストフォロスなのでしょうか?」
その言い回しから推測できたセリニの言葉にシャールは即座に反応する。
「ええ! わたしもミストフォロス!!」
すると少女の元気で明るくて――とても大きな声が周囲に響き渡った。
「――」
そんな反応をするとは想像外であったセリニは完全に面を食らった。
「あ――嬉しくて」
シャールはごまかすように「えへへ」と恥ずかしそうに笑う。
「い……いえ……大丈夫です……はい……」
驚いたが――セリニ自身もツインファンタジーワールドを始めてから頻繁に驚く機会がある故にシャールの驚く様子は理解できるものであった。
「実はわたし、ミストフォロスじゃなくて創作機関を選んだ人と他の人からけっこう勘違いされるんだよね」
「そ……そうなのですか?」
そう言われたセリニだが疑問を感じた。
――あれだけ……戦えるのに……どうしてなのですか?
短い時間であるがシャールが戦う姿を目撃したセリニであったが戦い慣れている動き――そんな印象を見たと同時に抱いていた事もあってとても不思議に思えた。
「まあそれはともかくとして」
しかしその話を広げるつもりはシャールに無いのか話題を変更する言い回しをする。
言葉の意図を察したセリニは気にはなるが強引に聞きたいとは思わなかった事から現れた流れに沿う事とした。
「約束がないなら、わたしと一緒にエクストラスキルを獲得しない?」
「え……エクストラスキルですか」
その名前は初期設定をしていた時から見ていたこともあってセリニはすんなりと呑み込めた。
「特殊な……スキルのことですよね」
「ええ」
シャールからの確認を完了したセリニは数瞬考えた後にどうするから伝える。
「わ……解りました……やります」
「え! いいの」
話して一分も経たない内に了承を得るとは予想していなかったのか驚いた様子となったシャールにセリニは自身なりの理由を語る。
「その……わたし……まだエクストラスキルを……習得していないので……機会があるなら……欲しいです……はい……」
口が止まったと同時に言い回しが下手だと思ったセリニ。
「じゃあよろしくね」
しかしシャールは気にしないでパネルを開いて操作する。
数秒後にセリニのパネルが出現する。
「パーティー……ですね」
パネルを介したパーティーの誘いに応えたセリニはその勢いに乗ってダンジョンに再突入するかと思ったが――シャールにその様子を見せずに言葉を紡いだ。
「ダンジョンに向かう前にパーティーを組む理由を話した方がいいと思って」
「組む理由……ですか?」
それが耳に届くと同時にセリニは想像する。
――進む途中のモンスターか……ボスが……手強い。
セリニの脳裏に浮かんだのは昨日リーザロッテがパーティーを組みたいと言ってきた理由であった。
――それとも……他の……。
だが別の理由かもしれないと思ったセリニは思案する。
――二人じゃないと進めない……仕掛け。
ここはオンラインゲームであった。
その為に複数人を必要とすることを前提として進むダンジョンがあるのかもしれないと――勝手に思えた。
――ふ……ふた……二……二人……二人……組。
嫌な記憶しかないことを思い返したセリニは総身を覆う寒気を感じ始めた最中に――シャールの声が届いた。
「どうしてかゲームの中ではわたしはカナヅチだから」
「カ……カナヅチ……ですか」
言われたことを聞き返したセリニ。
――ゲームの……中で?
その間に相手の言い回しが気になったセリニにシャールは言葉を続ける。
「現実でのわたしは普通に泳げるんだけどね、ゲームでは本当に駄目――潜って進む以外は全然できない」
諦めた色合いで語るシャール。
その様子を見たセリニはどういった話の流れなのかを掴めた。
「もしかして……わたしが泳げるのも……知っているのですか?」
「泳いでるのは見てないけど、水路にダイブするのは見た」
「!」
指摘された内容の動きはした覚えがあったセリニはぴくりと身体を揺らした。
「それを見て、一度手に入れるのに失敗したエクストラスキルが手に入るかもしれないと思ったわけ」
「そのエクストラスキル……水路の……水中にあるのですか」
話の内容からそう解釈したセリニだがシャールは首を横に振った。
「正確には水路の中にあるダンジョンの奥底のボスを倒すと手に入る」
「ボス……ですか」
手に入れる経緯の中に強敵との戦いが含まれている事を知ると元からあったやる気が更に上昇するセリニ。
その勢いを燃料としてダンジョンに向かって移動を開始するのもありかと思ったが――どうしても気になることがあり、シャールに尋ねた。
「その……ゲームの中でカナヅチとは……どういう事でしょうか?」
聞いたら駄目だと釘を刺されれば即座に諦めることを前提としていたセリニにシャールは応える。
「さっき言ったとおり、わたしは現実では泳げる。けどVRゲームではカナヅチ、潜れはするけど最低限しか動けない――不思議でしょ」
「はい……そうですね」
再び耳に届いた内容に聞いたセリニの観点からも不思議と思い同意する。
――どうして……なのでしょう?
同時に疑問が噴出。
口には出さなかったがそれは顔にも出ており、シャールは自ら話し出した。
「VR神経が原因みたい」
「VR神経……ですか」
――関係ありそうなのは……それ以外なさそう。
意識を電子空間――VRに繋げる最重要な神経細胞の名を聞いたセリニは、原因が他に浮かばない為に納得する最中にシャールは言葉を紡いだ。
「全然泳げないことを知ってVR神経のことを色々と調べたんだけど、神経は人によって形や質も量も異なっていて、それが泳げないことに直結していたみたい」
「つまり……シャールさんのVR神経が……泳ぐのに適していないのですか?」
「そういう事、逆にセリニは泳げるから最低限以上の適性はある」
「――そうなりますね」
――わたしは……水中で動けます。
シャールの指摘はVR神経の詳細を関知していないセリニが聞いても理解できるものであった――しかし同時にあることに気づいた。
――泳げることは……普通だと……思ってましたけど。
――恩恵を受けていたから……可能だったのですね。
初めてのフィールド探索の際に想定外の事態が起きた結果――泳げる事に気づかされたセリニはそれをあっさりと受け入れていた。
――なら……もしかしたら……。
――モンスターと戦うことなく……HPが尽きていたかもしれない……ですよね。
しかしそれは決して容易なことではなく――適性がなければ溺れて街に戻されていたのだろうか? そんなことをセリニが考え始めた最中にシャールは知っていることを述べた。
「とは言ってもわたしみたいな例はそこまで多くなくて、極端なパターンだから、気にしなくても大丈夫」
「え……そうなのですか」
自身が想像した事とは全く異なる内容を聞いて驚いたセリニにシャールは応じる。
「そう、わたしの知り合いの中では、わたしだけしかいない」
――知り合い。
耳に響いたそれはどういう関係なのかとセリニは一瞬考えるが――自身には関係ないと流すことにした最中にも声は響き続ける。
「極端なのはあるにはあるけどね」
「極端?」
言葉を拾ったセリニにシャールはその子細を話した。
「現実ではカナヅチなのに、VRゲームではとても泳げる」
「そ……そんなことが……起きるのですね」
VRゲームではそんな摩訶不思議な事が発生するのかと思ったセリニは先から考えていた事を口にする。
「VR神経によって……得意なことや苦手なことがあるみたいですけど……泳ぎ以外にも関係するのですか?」
セリニのその問いに待ってましたち言わんばかりにシャールは応じる。
「関係あるみたい、車の運転から跳び箱にスカイダイビングとかね」
――スカイダイビング……そんなことを体感できるゲームもあるのですね。
シャールが例として上げたゲームに内心でツッコミを入れたセリニ。
――大体のことが……できそうですね。
それを受けてそんな所感を抱きながらセリニはシャールの声に注目する。
「他にはアルコールの酔いやすさとか」
「お酒も……飲めるのですか」
ツインファンタジーワールドで既に食事を楽しんでいるセリニであったがシャールが言い放った飲料まで飲めるとまでは想像できていなかった。
「現実と同じでこっちでも20才以上にならないと飲むことが不可能だけどね」
「そこは同じなんですね」
今の自身には関わらない話題なこともあって関心が向かなかったセリニであった。
――あれ……でも……どうやって確認……するのかな?
しかしある一点だけとても疑問に思ったことがあったセリニはシャールに聞くことにした。
「その……年齢は……どんな方法で調べるのですか?」
生まれた年月を完全に把握するのは簡単なことではないと思えたセリニにシャールはあっさりと答えを示す。
「VR神経を通して知ることができるみたい」
「え……それも神経が……関わるのですか」
考えさえ浮かばなかった単語の登場にセリニが驚く最中にシャールは詳細を語る。
「そこまで詳細は知らないけど、最近の研究でVR神経の経過年数は神経を保有する者と完全に一致することが判明したみたい」
シャールが明かしたその情報は全く知らないものであった。
だが伝えたいことが何なのかはセリニは掴み取れた。
「では……VR神経を調べれば……年齢の確認が可能なのですね」
「そういう事みたい、だから年齢制限があるゲームを始めるときはゲームハードを通してVR神経を調べられて、年齢の確認をしたのちに始まる、対象年齢外のゲームだったら選択する場面に強制的に戻される。そういったプロセスがあるみたい」
「NEW WORLD2にはそんな機能が搭載されていたのですね」
現在進行で使用中なゲームハードの名を言いながら印象を口にしたセリニ。
「ええ、わたしもゲームでカナヅチじゃなくて普通に泳げていたら、調べるきっかけがなくて知らなかったと思う」
そう言いながら身体を動かすシャール、その様子を見たセリニはダンジョンに向かうのだろうと察したその刹那――出入り口方面から視線を感じとる。
「「!」」
ほぼ同時にそれを感じとった二人は同時に出入り口を見るが――そこには地下水路の光景だけが広がっていた。
「な……なんだったのでしょうか」
視線以外の情報がない為に困惑した声を出したセリニ。
「解らない」
状況を把握しきれていない様子なシャール。
「まさか……レオナ?」
だがプレイヤーの名を想起させることを口にした。
「知り合い……ですか?」
尋ねたセリニにシャールは「違う」と即答する。
――どうして……レオナさんだと?
ならばどうしてその名を口にしたのかと考えたセリニの思考を読み解くかのようにシャールはその件に関しての話をした。
「変わった人として少し有名らしい」
「?」
よく解らなかったセリニは首を傾げる。
「違う人かもしれないから、気に留めないでいいよ」
「そろそろ行こう」
そう言うと同時にシャールは出入り口に向かって歩み始める。
――変わった……プレイヤー……有名な人。
立ち止まってシャールが言ったことを吟味したセリニはある想像をした。
――もしかして……わたしが見られているのは……変わったことをしたから?
――覚えも……ある。
他のプレイヤーから見られている状況を気にしていたセリニはシャールの言葉を皮切りに唐突にそんな結論が脳裏を支配する。
――地下水路に……戻らないと。
しかし今はシャールとパーティーを組んで行動を共にしている。
最優先とするべきことがあったセリニは気持ちを切り替えると歩み――再びダンジョンに足を踏み入れた。




