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プロレス・ガール  作者: Tohna
増長と没落
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最終話(エピローグ) リングに咲く花。交差する未来へのゴング

 あの日、代々木競技場で起きた二つの「番狂わせ」は、プロレス界の勢力図を根底から覆すことになった。


 まず崩壊したのは、巨大資本を笠に着ていた帝国プロレスの首脳陣だった。


 芳子たちを不当な契約で縛り付け、内部崩壊を仕組んでいた黒田本部長の卑劣な工作が明るみに出ると、帝プロのレスラーたちが一斉に反発したのだ。


「俺たちは、背広組の駒じゃない」


 現場からの完全なボイコットを受け、黒田は失脚。


 スパイとして暗躍していた友部ゆかりたち取り巻きも、居場所を失い、逃げるようにプロレス業界から姿を消した。


 そして、怪物の座から引きずり下ろされた火浦健吾の転落も、また早かった。


 敗北を受け入れられない火浦は、失地回復とばかりに悠馬君に再戦を申し込んだ。


 だが、完全に「力の逆利用」を極めた悠馬君の前に、またしてもあっけなく蟻地獄に引きずり込まれ、完敗を喫した。


 無敵のカリスマ性を失った火浦は、今では人気が急降下。


 生き残るためにパイプ椅子や凶器を振り回す「何でもありのヒールレスラー」へと転身し、泥水をすすりながらリングにしがみついているそうだ。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ある日の午後。活気を取り戻した『プロレス小町』の江戸川道場に、ふらりと一人の女性が姿を現した。


 黒と金のジャージ姿。ノーメイクだが、その研ぎ澄まされた刃のような眼光は健在だった。


 ジュリー杉崎さんだ。


 あの一戦で自分の傲慢さを深く反省した彼女は、帝プロと袂を分かった。


 一念発起して自らの理想を掲げた新団体をぶち上げたものの、レスラーとしての才能と経営の才能は別物だったらしく、資金繰りがショートしてあっさりと頓挫。


 今はフリーランスの身として、たった一人で全国のリングをさすらっている。


「……随分と、賑やかになったわね」


 道場の隅で腕を組むジュリーさんに、私はタオルを首にかけながら近づいた。


「ジュリーさん。どうしたんですか、急に」


「別に。フリーになったから、少し手合わせできるリングを探していただけよ。私の技術があれば、この素人集団のレベルも少しは引き上げてあげられるかと思ってね」


 相変わらずの、上から目線の物言い。要するに、遠回しな「参戦要求」だ。


 私はふっと息を吐き、少しだけ意地悪な笑みを浮かべた。


「お断りします。ジュリーさんは『小町』というより……女帝、ですし」


 ピキッ、とジュリーさんのこめかみに青筋が浮かんだ。


「……あなた、私をコケにしているの?」


 凄まじい殺気が道場を包み、練習生たちがヒッと息を呑む。


 私は慌てて両手を振り、笑いながら言葉を継いだ。


「冗談ですよ。……私は、ジュリーさんとは同じコーナーに立ちたくないんです。私は、ジュリーさんと真剣勝負をやりたい。だから、いつでも対角線のコーナーで待ってます」


 私の言葉に、ジュリーさんは一瞬だけポカンと目を見開き――やがて、フッと毒気を抜かれたように、美しく笑った。


「……生意気な小娘。いいわ、次にリングで会う時は、その自信ごとへし折ってあげる」


 ジュリーさんは得心したようにそう言い残し、背を向けて道場を出て行った。フリーとなった絶対女王との再戦の日も、そう遠くはないだろう。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ジュリーさんとのやり取りを見ていた源田さんが、ニヤニヤしながら私に近づいてきた。


「いい面構えになったじゃねえか、夏南。……よし、じゃあお前ら、今日から新しい特訓だ!」


 そう言って源田さんが下した「新たな事業命令」には、正直度肝を抜かれた。


『いいか! お前らはリングの上で歌って踊る、アイドルになれ!』


 かつてのビューティ・ペアやクラッシュ・ギャルズを彷彿とさせる、古くも新しいプロモーション戦略。最初は無茶苦茶だと思ったけれど……これが、爆発的に当たった。


ジャッキー佐藤さんとマキ上田さんのビューティペアやライオネス飛鳥さんと長与千種さんのクラッシュギャルズと違うのは、ペアでなく、AKBや乃木坂のように全員で歌って踊る。


ビジュアルが一番人気の馬場さんが今はセンターだけど、私だって元アイドル……を目指していたものとして黙ってはいられないわ。


 でも、まさかあの時必死に練習したステップと歌唱力が、まさか四角いジャングルで花開くなんて。


 泥臭いプロレスと華やかなパフォーマンスの融合は、従来のプロレスファンだけでなく、一般の女子中高生たちの絶大な支持を集めた。


 今や小町の試合会場は色とりどりのペンライトで埋め尽くされ、スガハラグループにとっても立派な収益の柱に成長している。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 ただ、私の個人的なモヤモヤといえば……悠馬君のことだ。


 あの死闘を乗り越え、私たちは背中を預け合える最高の戦友になった。私は彼に対して、ほんの少しだけ、戦友以上の特別な感情を抱き始めている……のだけど。


「夏南さん! 今の歌いながらのステップ、もう少し重心を落とせば次のスープレックスへの移行が完璧になります。さあ、もう百本!」


「……はぁい」


 このプロレス馬鹿には、私の乙女心など一ミリも伝わっていない。


 彼は今、東京プロレスの頂点を獲るために、来る日も来る日も特訓に明け暮れている。まあ、そんな不器用で真っ直ぐなところも、嫌いじゃないから仕方ない。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 そして、季節は巡り、今日。


 超満員に膨れ上がった、日本武道館のメインイベント。


 色鮮やかな紙テープが舞い散る中、私の対角線の赤コーナーに立つのは、ショートカットにして精悍な顔つきになった福田芳子ちゃんだ。


 黒田が失脚し、真っ当な団体へと生まれ変わりつつある帝国プロレスで、彼女は「残る」決断をした。


 逃げるのではなく、あの一番下っ端の環境からもう一度這い上がり、強くなって……私や飯田さん、馬場さんや鳥海さんたちと、純粋なプロレスで真正面からぶつかり合うために。


「……いくよ、芳子ちゃん!」


「かかってこいだす、夏南さん!」


 お互いの瞳に、かつてのような暗い劣等感や迷いはもうない。


 あるのは、ただ純粋に強さを求め、プロレスを愛する者同士の燃えるような歓喜だけ。


 私は、お父さんやお母さん、そして悠馬君から受け取ったすべての経験を胸に、真っ直ぐにリングの中央へと踏み出した。


 カン、カン、カン!!


 プロレス小町のエースと、帝プロの新たな希望。


 私たちの、そして少女たちの次なる戦いを告げるゴングが、熱狂の海へ向かって高らかに鳴り響いた。

(了)


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