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プロレス・ガール  作者: Tohna
増長と没落
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VOL.57 魂の違約金。無制限マッチへの血の調印

「……その三千万、私が払うわ」


 静寂を切り裂いた私の声に、その場の全員が私を凝視した。


「夏南、何を言って……! そんな金、どこにあるんだよ!」


 飯田さんが焦って私の肩を掴む。


 私は彼女の手をそっと外し、黒田さんの目の前まで歩み寄った。


「現金じゃない。……興行の利益で払うわ」

「ほう? 利益、ですか」


 黒田が興味深げに目を細める。


「来月、東京プロレスで開催される『NGP』。……そのメインイベントの前に、もう一つの特別試合を組んで。私、冬城夏南対、AJGPWのジュリー杉崎。時間無制限一本勝負よ」


「……夏南、正気か!? あのジュリーと無制限なんて、殺されるぞ!」


 背後で飯田さんが絶叫した。だが、私は止まらない。


「条件があるわ。私が勝ったら、芳子ちゃんたちの違約金はすべてチャラにしてもらう。プロレス小町への干渉も一切やめて。……でも、もし私が負けたら」


 私は一瞬、奥歯を噛み締めた。


「……三千万円の借金を背負ったまま、私はプロレスを辞める。プロレス小町も解散して、あんたたちの傘下に入るわ」


 自爆覚悟。いや、レスラー人生どころか、人生そのものを懸けた究極のギャンブル。


 そうよ。一介のレスラーが決めて良い話じゃない。

 

 源田さんやスガハラに一言も言っていない完全な空手形。


 もしも負けたら?

 

 そんな事考えてたら芳子ちゃんは帰ってこない。


 どんな事をしたって取り戻す!


 黒田さんはしばらく私を値踏みするように見つめていたが、やがて狂気じみた笑みを浮かべた。


「面白い。負ければ小町の看板を帝国プロレスが飲み込み、カリスマの娘が失脚する……。興行的にも最高のスパイスだ」


「……その条件、私が受けよう」


 道場の奥から、一人の女性が現れた。


 黒と金のガウンを羽織った、絶対的なカリスマ。ジュリー杉崎だった。


「ジュリーさん……」


「冬城夏南。あなたはあの日、パロ・スペシャルの地獄の中で、私の脚を叩いた。……でも、あなたの瞳の奥の『獣』は、まだタップしていなかった。決着をつけましょう。三千万なんていう端金より、もっと価値のあるものを懸けて」


 ジュリーさんは黒田さんの手から芳子ちゃんとの契約書をひったくって、ビリビリに破って捨てた。


「もう、こんな紙切れは必要ないわよね?」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 数日後。男子プロレスの祭典『NGP』と、女子プロレスの命運を懸けたリマッチが同時開催されることが発表され、世間は蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。


 会場となる両国国技館。


 その貴賓席には、藤色の着物姿で凛と座る、東プロ会長・冬城冴子の姿があった。


「会長、いいんですか? 夏南をあんな危険な試合に……」


 心配そうに尋ねるエドに、冴子は手に持った薄茶の茶碗を静かに置き、フッと妖艶な笑みを浮かべた。


「あの子はね、エド。もう『ビースティー冬城の娘』じゃないわ。……あの子は、冬城夏南っていう一人のレスラーとして、自分の足で地獄を選んだのよ」


 冴子の瞳の奥に、かつて『狂乱の女帝』と呼ばれた頃の、恐ろしくも美しい光が宿る。

「親の出る幕じゃない。……ただ、もしあいつら帝プロがリングの外で小細工をするようなら、私がこの会場を文字通り『焼け野原』にしてやるだけよ」


 一方、控室では、出陣を控えた悠馬が夏南の前に立っていた。


 悠馬は無言で、夏南の手に新しい茶筅を握らせた。

「……夏南さん。お茶を点てる時も、戦う時も、同じです」

「……わかってる。脱力して、一番力の伝わるポイントで、スナップを利かせる。……私だけの武器で、戦ってくるよ」


 夏南は、きめ細やかに泡立った薄茶を一口飲み干すと、かつてないほど清々しい顔で立ち上がった。


 悠馬 vs 火浦健吾。

 そして、冬城夏南 vs ジュリー杉崎。

 

 運命のゴングが、今、鳴り響こうとしていた。

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