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プロレス・ガール  作者: Tohna
増長と没落
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52/63

VOL.52 コンプレックスの鎧。分断される小町

 プロレス小町の内部に生まれた亀裂は、日が経つごとに深まっていった。


 芳子ちゃんを中心とした「福田派」と、私や飯田さんたちレギュラーメンバーとの間には、目に見えない高い壁が築かれていた。


「どうしちまったんだよ、あいつ……」


 飯田さんが、道場の隅で悔しそうに呟いた。


「前はあんなに可愛かったのに。最近じゃ挨拶もしねえ、練習も自分たちだけで勝手にやりやがる」


 そんなある日の夜。


 私は一人、道場の隅で薄茶を点てていた。悠馬君との特訓で得た「脱力」の感覚を忘れないための、私なりの儀式だ。


 茶筅(ちゃせん)を振る音が響く中、不意に、道場の扉が開いた。


 芳子ちゃんだった。


 一人で何かを探しにきたようだったが、私の姿を見つけると、露骨に顔をしかめた。


「……まだそんな『お遊び』やってるだすか。お嬢様は、気楽でいいだすな」


「芳子ちゃん。これ、お遊びじゃないよ。私にとっては大切な……」


「冗談じゃねえ!何が大切だすか!」


 芳子ちゃんが、私の言葉を遮って叫んだ。その声は、震えていた。


 私も緊張と義憤で視界が狭まっている。


 そして震えてた。


 芳子ちゃんは握り拳を私に向かって突き出した。


「あんたには分からねえだす! アイドルだの、裏千家だの、綺麗な世界で生きてきたあんたには! おらが、ずっとどんな思いをしてきたか……!」


 芳子ちゃんは。突き出したその拳を自分の眼前に引っ込めた。


 分厚く、汚れの落ちない手を。


「おらは、ずっと『泥臭い田舎もん』だって、心の中で笑われてると思って生きてきただす。オーディションの時も、あんたや馬場さんみたいな『エリート』の引き立て役だと思ってただす。……借金を背負って、ボロボロの服を着て、言葉もなまって。あんたたちの隣にいるのが、恥ずかしくてたまらなかっただす!」


 それは、彼女の深いコンプレックスの告白だった。


 彼女の傲慢な態度は、自信の表れではなかった。


 「自分は、もう誰にも馬鹿にされない強い人間なんだ」ということを自分自身に、そして周囲に誇示し続けなければ、その裏に隠れた劣等感に押し潰されてしまいそうだったのだ。


「……だから、おらは力を手に入れただす。勝てば、みんながおらを崇めてくれる。練習生たちだっておらを頼ってくる。お嬢様の影に隠れてビクビクしてたおらは、もう死んだんだす!」


「芳子ちゃん……私は、一度もあなたのこと、そんな風に思ったことなんて……」


「思ってなくても、そうなってるだす! あんたが優しくすればするほど、おらは自分の惨めさを思い知らされるんだす!」


「ちょっと、芳子ちゃ……」


「黙れ!いいとこのお嬢さんが偉そうに!」


 芳子ちゃんは、吐き捨てるようにそう言うと、背を向けて走り去っていった。


 私は何も言い返せず、心を通わせることができなかった後悔で涙が出て来そうだった。


 その場に残されたのは、静寂ときめ細やかに泡立った、静かな薄茶だけ。


(『良いとこのお嬢さん』、か。それを捨て去るのに時間がかかったのは確かだけど……なんだか悔しいわ)


 私は虚無感をなんとか満たす様に、自服で薄茶を飲んだ。


 苦くない。手前の出来は悪くない。


 でも、心の中は苦々しい気持ちしかない。


 強くなることが、必ずしも幸せに繋がるわけではない。


 かつての結束は、成功という劇薬によってバラバラに引き裂かれようとしていた。

 

 スランプから脱出しようとする私。


 必殺技を手にし、怪物を狙う悠馬君。


 そして、心の傷を強さで覆い隠し、暴走を始める芳子ちゃん。


 『プロレス小町』が本当の意味で一つの団体になれるのか。


 帝国プロレスという巨大な敵を前に、私たちは身内という名の、最も困難な「壁」に直面していた。

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