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プロレス・ガール  作者: Tohna
増長と没落
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51/63

VOL.51 蟻地獄の開花と、変わりゆく少女

 東京プロレスの巡業シリーズ、そしてプロレス小町の地方サーキット。


 二つの戦線は、それぞれの場所で劇的な変化を遂げていた。


 まず先陣を切ったのは、悠馬君だった。


 帝国プロレスとの全面対抗戦『NGP』を控えた前哨戦シリーズ。


 悠馬君は、これまでのような「相手をいなす」だけのスタイルを捨て去っていた。


「……逃がさない」


 リング中央。相手のパワーファイターが放った渾身のタックルを、悠馬君は紙一重で受け流しながら、相手の右腕を自らの身体に巻き込むようにして捕らえた。


 そこからの動きは、まさに「蟻地獄」だった。

 一瞬の重心移動で巨体をマットに叩きつけると、蛇のようなしなやかさで相手の首と腕を絡め取り、体重を浴びせる。


 新必殺技、『デッド・シー(死海)』。


 一度捕らえられたら最後、動けば動くほど絞めが強まり、関節が軋む。


 バチン、バチン!とマットを叩く降参の音。


 悠馬君は無表情のまま技を解くと、静かに立ち上がった。


 アルティメットスタイルの様なストイックさ。

 

 その瞳には、私を助けてくれる裏方としての温厚さはなく、怪物を狩るための冷徹な牙が宿っていた。


「悠馬、連勝街道だな。死海に沈められた連中は、みんな顔を真っ青にしてるぜ」


 セコンドのエドさんが、満足そうにタオルを渡した。


「火浦には、こんなもんじゃ通用しないっす」


 そう悠馬くんはエドさんに答えていたけど、きっと本心からそう思っているんだろう。


 慢心しない様に、本当に火浦健吾に完勝しなければアシュラさんの顔に泥を塗る事になるのが分かっていたから。


 でも。悠馬君の覚醒は、東プロの士気を一気に跳ね上げ、帝プロの火浦健吾への確かな脅威となりつつあったのは確かみたい。


 帝プロの選手たちのインタビュー記事には、悠馬くんを意識した発言が明らかに増えたから。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 一方で、私たちプロレス小町のサーキットも、一人の「スター」の誕生に沸いていた。


 青森県五所川原での勝利以来、福田芳子ちゃんの快進撃は止まらなかった。


 打たれ強く、何度投げられても泥臭く立ち上がる彼女の姿は、地方の観客の心を掴んだ。

 

 「東北の星」「小町の最終兵器」――そんな見出しが、インディープロレスのニュースサイトを賑わし始める。


「芳子、すごいや。また勝ったね!」


 控室で私が声をかけると、芳子ちゃんはこれまでのような「へへっ、おらなんて」という謙遜を口にしなかった。


「……当然だす。おら、みんなより誰よりも練習してきただすから」


 彼女の返答は短く、その瞳にはどこか刺々しい光が混じっていた。


 芳子ちゃんは、これまで行動を共にしていた飯田さんや馬場さんとの距離を置き始め、代わりにオーディションで補欠合格だった練習生数人を引き連れて歩くようになった。


「芳子さん、今日のスープレックス最高でした!」


「あたしたち、芳子さんについていきます!」


 お世辞を並べる練習生たち。


 芳子ちゃんはその中心に座り、まるで女王のように振る舞い始めたのだ。


「芳子、ちょっといい? 次の試合の連携なんだけど……」


 馬場さんが声をかけても、芳子ちゃんは練習生と談笑したまま、こちらを見ようともしなかった。


「ねえ、芳子。真面目に話をしてるのよ?」


 芳子ちゃんは薮睨みをしながら馬場さんに振り向いた。


「……連携なんていらねえだす。おら一人で勝てるだすから。馬場さんも、足を引っ張らねえように気をつけてけろ」


 その冷たい言葉に、控室の空気が凍りついた。


「おい!芳子!」


 芳子ちゃんに掴み掛かろうとして鳥海さんに止められたが、馬場さんの顔は怒りに引き攣っていた。


 馬場さんが人のことを呼び捨てにして怒鳴るなんて。

 私は最近の試合での不甲斐なさもあって何もできず、傍観することしかできなかった。


 かつての、家族思いで心優しい芳子ちゃんの姿は、成功という名の皮膜に覆われ、急速に見えなくなっていった。


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