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プロレス・ガール  作者: Tohna
増長と没落
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49/63

VOL.49 泥沼の底で見つけた牙。必殺技(フィニッシャー)の産声

 東京プロレスの道場は、深夜になっても熱と汗の匂いが充満していた。


 バァァァン!!


 リングが大きく軋み、悠馬の身体がキャンバスに叩きつけられる。

 

 仰向けに倒れた悠馬の肺から、空気が無理やり押し出された。


「……どうした!悠馬!帝プロの火浦の突進力は、ワシのこんなラリアットの比ではないぞ」


 長身の選手兼トレーナー、エドが冷徹な声で見下ろす。彼は今、仮想・火浦健吾として、規格外のパワーファイトで悠馬を追い込んでいた。


「はぁっ、はぁっ……」


 悠馬はロープを掴み、ふらつく足で立ち上がる。


 全身の筋肉が悲鳴を上げていた。何度エドの攻撃をいなし、関節技で絡め捕ろうとしても、パワーの差で強引に振りほどかれてしまう。

 

 ――絶対的な必殺技(フィニッシャー)が、テメエにはねえんだよ。


 アシュラの言葉が、脳内で何度もリフレインしていた。


(……分かっている。分かっているんだ)


 悠馬は、テーピングで固められた自分の両手を見つめた。


 思い出すのは、高校でアマレスをしていた数年前の記憶。


 悠馬には、高校生王者のような華もなければ、圧倒的な体格フィジカルもなかった。アマレスラーとしては、あまりにも「普通」だった。


 デビュー戦から負け続け、控室で先輩たちから「最後まで秘密の秘密兵器」と嘲笑われた夜。


 生き残るために彼が選んだのは、泥水をすするような「防衛戦術」だった。


 相手の光る部分を徹底的に研究し、潰す。

 

 大技を出させず、ペースを乱し、関節を地味に削ってスタミナを奪う。

 

 観客が沸くような派手な技は一つもない。ただ相手を機能不全に陥らせ、「負けない」ことだけを目的とした泥沼のゲームメイク。


 それが、持たざる者である悠馬が四角いジャングルを生き抜くための、唯一の生存戦略だった。


(……僕は今まで、ずっと『生き残るため』だけにレスリングをしてきた。それはプロレスでも、同じだった。でも、それでは『頂点トップ』は獲れない)


 夏南に「殻を破れ」と偉そうに説教した自分の言葉が、胸に突き刺さる。


 火浦健吾という巨大な壁を前にして、ただ「負けない」ための戦い方など通用しない。必要なのは、怪物の息の根を確実に止める「殺し技」だ。


「……エドさん。もう一度、来てください」


 悠馬は構えを低くし、両目にギラギラとした光を宿した。


「行くぞ」


 エドがロープに走り、勢いをつけて突進してくる。


 先ほど悠馬を吹き飛ばした、重戦車のようなラリアットが右腕から放たれた。


 いつもなら、悠馬はこの腕を掻い潜り、背後に回って足をすくう。

 

 だが、今回は違った。

 

 悠馬は逃げなかった。いや、むしろエドの懐へ、自ら「一歩踏み込んだ」のだ。


「なっ……!?」

 

 エドが驚愕の声を上げた。


 悠馬はラリアットを放ってきたエドの右腕を、空中で両手を使ってガッチリと捕獲した。


 リストクラッチだ。


 ただ防ぐのではない。相手の長所を殺す悠馬の「ゲームメイク」を、そのまま「破壊力」へと変換する。

 

 悠馬は捕らえたエドの腕を支点にし、自らの身体を反転。エドの突進の勢い(ベクトル)を殺さず、そのまま背負い投げるようにして前方へ豪快に投げ落とした。


 ドゴォォォォン!!


 エドの顔面と肩口が、キャンバスに無惨に叩きつけられる。


 変型のリストクラッチ式・一本背負い。これだけでも十分な大技だが、悠馬の「殺し」はここからだった。


 投げ落とされたエドが受身を取れず悶絶した瞬間、悠馬は捕らえた右腕を決して離さず、そのままマットの上でエドの首と腕を自分の両脚と両腕で完全にロックした。


 それは、悠馬が得意としていた地味な関節技の集大成。


 腕を極めながら、頸動脈を容赦なく締め上げる、脱出不可能な複合サブミッション。


 相手の最大の武器(腕)を封じ込め、そのまま息の根を止める「蟻地獄」。


「が、はっ……!?」


 エドの顔が一瞬で赤黒く染まり、空いている左手が狂ったようにマットを叩いた(タップアウト)。


「……そこまでだ」


 暗がりのリング下から声が響いた。


 いつの間にか道場に来ていたエース、アシュラだった。


 悠馬がハッとして技を解くと、エドは激しく咳き込みながら、「……素晴らしい、完璧な導線です」と掠れた声で笑った。


「相手の良さを引き出し、その勢いを逆手に取って投げ落とし、逃げ場のない絞め技で詰ませる。テメエの『相手の良さを消す』という陰湿なスタイルが、見事なフィニッシャーに昇華されたじゃねえか」


 アシュラが、満足げに牙を剥いて笑う。


「……相手を泥沼に引きずり込み、二度と浮上させない絶対の罠」


 悠馬は、自分の両手を見つめた。


 その顔には、かつてないほどの確かな自信と、狂暴なレスラーとしての本能が浮かび上がっていた。


「技の名は『デッド・シー(死海)』。……これで、火浦の首を獲ります」


 持たざる若武者が、ついに怪物を狩るための「牙」を手に入れた。

 

 東京プロレスの静かなる反撃の狼煙が、深夜の道場に高く上がったのだった。


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