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プロレス・ガール  作者: Tohna
増長と没落
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47/63

VOL.47 THE巡業! 快進撃の芳子と、カリスマの名に押し潰される私

 新宿FACEでの全敗から二週間。


 私たち『プロレス小町』を乗せたオンボロのマイクロバスは、東北の冷たい風を切り裂いて北へと走っていた。

 

 源田さんの宣言通り、始まったのは過酷なドサ回り……インディー団体への参戦サーキットだ。


 福島県いわき市の寂れた多目的ホール、山形県新庄市の商店街の空き地、岩手県大槌町の仮設体育館。


 そこには華やかな照明も、熱狂的な大観衆もいない。あるのは、安物のマットから立ち上る埃の匂いと、手が震えるような寒さ、そして「お手並み拝見」とばかりに腕を組む少数の観客だけだった。


そんな過酷な環境下で、一人の少女が劇的な変化を遂げていた。


 福田芳子ちゃんだ。


「……どがねえだす! おらは、まだ立てるだす!!」


 リングの中央で、地元のベテランレスラーから強烈なエルボーを食らっても、芳子ちゃんは倒れなかった。


 彼女のスタイルは、美しい技でも華麗な空中戦でもない。


 ただひたすらに、耐える。


 どれほど投げられても、関節を極められても、彼女の「泥臭い持久力」は底知れなかった。相手がスタミナを切らし、技のキレが鈍った一瞬の隙を突き、彼女はあのタコだらけの分厚い手で相手を捕らえ、強引なバックドロップで沈めていく。


 いわきで一勝。新庄で二勝。大槌では三カウントの瞬間、会場が割れんばかりの拍手に包まれた。


 「泥中の蓮」とは彼女のことか。戦うたびにその瞳には自信が宿り、レスラーとしての風格が備わっていく。


 そして、サーキットの最終地。芳子ちゃんの故郷、青森県五所川原市。


 会場の市民体育館には、彼女のじっちゃんや村の人々が、手作りの横断幕を掲げて詰めかけていた。


「芳子! けっぱれ!!」


その声に応えるように、芳子ちゃんは圧巻の試合を見せた。


 相手は他団体の屈強なパワーファイターだったが、芳子ちゃんは真っ向からぶつかり合い、最後は渾身のフロント・スープレックスで相手を文字通り「粉砕」した。

 

 勝利のゴング。


 リング上でじっちゃんと抱き合い、くしゃくしゃの顔で泣き笑いする彼女の姿は、間違いなく今の『プロレス小町』で一番輝いていた。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

しかし、その光り輝く輪から外れた場所で、私は暗い泥濘に沈んでいた。


「……あ」


 五所川原の試合後、静まり返った控室。


 私は一人、茶筅(ちゃせん)を握っていた。


 心を整えるために始めた茶の湯。


 でも、茶碗の中の薄茶は、かつてないほど無惨な姿をしていた。

 

 手首が、動かない。


 痛みはとうに引いているはずなのに、いざ茶筅を振ろうとすると、指先が凍りついたように動かなくなるの。


 裏千家の流麗な所作など、今の私には程遠い。不器用にガシャガシャとかき混ぜられたお茶は、ただただ苦く、濁っていた。


(……どうして?)


 深刻なスランプだった。


 それはお茶だけじゃない。肝心のプロレスでも、私の身体は日を追うごとに「空っぽ」になっていた。


 サーキット中、私の試合結果は惨憺たるものだった。


 技が出ない。身体が反応しない。


 あの日、ジュリー杉崎さんと戦った時に降りてきた「お父さんの感覚(ゾーン)」が、あれ以来、二度と私の中に帰ってこないのだ。


 あの時は、お父さんの魂が私を動かしてくれた。


 でも、その「借り物の力」に頼りすぎた報いなのか。いざ自分の意思で戦おうとすると、自分の中に何の芯もないことに気づかされる。


 私はただの「ビースティー冬城」の紛い物。


 父の幻影がいなければ、私は三カウントを奪うどころか、リングに立つ資格さえないただの小娘だ。


「……お父さん。どうすればいいの……?」


 暗い体育館の隅で、私は震える自分の手を見つめた。


 横断幕の下で歓声を浴びる芳子ちゃん。新しい必殺技のために、血の滲むような特訓をしているという悠馬君。


 みんな、自分の足で前に進んでいるのに。

 

 私だけが、霧の中に閉じ込められていた。


 カリスマの娘という重圧。


 それらが今の私には、脱ぐことのできない「重すぎる鎧」のようにのしかかり、息をすることさえ苦しくさせていた。


『プロレス小町』の旗印が東北の空に高く掲げられる中、私、冬城夏南の物語は、出口の見えない長い夜へと足を踏み入れようとしていた。

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