VOL.44 圧倒的なカリスマと、降りてきた「獣」を編集
開始のゴングから五分。
新宿FACEのリングは、完全にジュリー杉崎の「独壇場」と化していた。
「がはっ……!」
強烈なミドルキックが私の脇腹をえぐり、肺から酸素が強制的に吐き出される。
たまらずリングに膝をついた私の顔面を、冷酷なまでに美しい軌道を描いたスライディング・キックが打ち抜いた。
視界が明滅し、耳の奥でキーンという耳鳴りが響く。
何もかもが違った。スピード、重さ、そしてリング上での「殺気」。
合宿でエドさんや鬼瓦さんにしごかれ、少しは自信をつけていた私が馬鹿みたいだった。
同じ釜の飯を食った同期の絆?
そんな甘っちょろい感傷なんて簡単に消し飛んでしまうほど、ジュリーさんの攻撃は激烈だった。
カリスマと呼ばれる彼女の前では、私はただの「手も足も出ない案山子」でしかなかった。
「……立ちなさい。ビースティー冬城の娘が、その程度で膝をつくの?」
ジュリーさんが、見下ろすように冷たく言い放つ。
「あ、ぅ……っ」
立ち上がろうとロープを掴むが、指先に力が入らない。
ああ、私、お父さんの名前にまで泥を塗っている。
お父さんの名誉のためにも、絶対に、絶対にこのままではいけない。
しかし、ジュリーさんの攻撃は確実に私の身体を蝕んでいく。
全身の骨が軋み、意識が深い泥の底へと沈んでいく。
(……ごめん、みんな。やっぱり私じゃ、相手に……)
諦めが脳裏をよぎり、完全に意識を手放そうとした、その時だった。
『――立て。リングで寝ていいのは、死んだ時だけだ』
ドクン、と心臓が異常な音を立てて跳ねた。
周囲の歓声が、遠くへフェードアウトしていく。代わりに鮮明になったのは、リングの汗の匂いと、血の味。
そして、自分のものではない「猛烈な怒り」と「闘争本能」。
ああ……あのオーディションの時と同じだ。
あの何かが、私の中に降りてきた。
「……ふふっ」
気づけば、私は笑っていた。口の端から血を流しながら、ゆらりと立ち上がる。
「……?」
ジュリーさんが微かに眉をひそめた。
私が完全に限界を迎えていたはずなのに、その瞳の奥に、得体の知れない「狂気」が宿ったのを感じ取ったのだ。
「オラァッ!!」
私は吼えた。いや、「私の中の獣」が吼えた。
理性を捨てたノーガードの突進。
ジュリーが迎撃のエルボーを放つが、私は怖くなかった。
そのままそれを避けもせず顔面で受け止め、そのまま強引に距離を詰めた。
「なっ……!?」
驚愕するジュリーさんの首元に、私の細腕が叩きつけられる。
ショートレンジの狂暴なラリアット。
腕は細いが、鞭のようにしなった私の右腕は音速を超えた。
バゴォォン!!
あのジュリー杉崎の長身が、空中で一回転し、無惨にマットへ叩きつけられた。
会場が、水を打ったように静まり返る。
私は自分の意思とは無関係に動く身体に驚きながらも、獣の咆哮を上げてジュリーの上に馬乗りになり、拳の雨を降らせた。
観客は静まり返る。
そして、誰となく、
「ははっ、プロレスじゃんか。新人がジュリー杉崎を一回転させて、マウントとるなんてありえねえ」
という言葉が漏れた。
しかし、私はお構いなしに、打つ。打つ。打つ。
お父さんの荒々しいストロングスタイルが、完全に私を支配していた。
「……ハハッ、素晴らしいわ!」
しかし、ジュリー杉崎は下から私の拳を両腕でガードしながら、狂気をはらんだ笑みを浮かべていた。
彼女は下から私の胴を長い脚で挟み込むと、驚異的な身体能力で一気に体勢を反転させた。
「でも、私が誰だか忘れないことね!」
マウントを取り返したジュリーの反撃が始まる。
獣の力をもってしても覆せない、圧倒的な技術とフィジカル。
リングの上の空気は、一瞬にして沸点へと達した。




