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プロレス・ガール  作者: Tohna
後には引けない
43/45

VOL. アマレスの誇りと完璧なる絶望。託された最後の一矢を編集

 三連敗。

 

 無惨に散っていった仲間たちの熱が染み込んだリングに、副将・馬場樹里亜ばば じゅりあが静かに足を踏み入れた。


 合宿所で見せていた「パリピ風」のチャラい雰囲気は、そこには微塵もなかった。


 アマチュアレスリング全国大会出場経験者。


 彼女が構えた低いタックルの姿勢は、寸分の狂いもない生粋のアスリートのものだった。


 対角線に立つのは、AJGPWナンバーツーの実力者、神崎栞(かんざき しおり)


 彼女もまた、アマレス上がりのエリートだ。これまでの三試合、素人だと思っていた『プロレス小町』の連中がトップランカーたちを限界まで追い詰める姿を、神崎はリングサイドで誰よりも鋭い目で見つめていた。


「……前言撤回するわ。あなたたちは素人じゃない。立派なプロレスラーよ」


 神崎が、真っ直ぐに馬場さんを見据えて言った。


「だからこそ、私は一切の手加減をしない。AJGPW副将の誇りにかけて、あなたを完璧に叩き潰す」


「上等よ。エリートの鼻っ柱、へし折ってあげる」


 馬場さんが低く唸る。


「カーン!!」


 ゴングが鳴った瞬間、二人の身体が弾かれたように交差した。


 飯田さんのような泥臭い殴り合いではない。打撃を一切排した、純度百パーセントの「レスリング」の攻防。


馬場さんの稲妻のような両足タックル(ダブルレッグ・ダイブ)が神崎の腰を捉える。しかし、神崎は瞬時に両足を後方に飛ばして体重を浴びせる「スプロール(がぶり)」でそれを完璧に切る。


 そのままバックに回ろうとする神崎の腕を、馬場さんが巻き込んで立ち上がり、投げを打つ。それを神崎が空中で身を翻して着地する。


 流れるようなグラウンドの攻防、目にも止まらぬスイッチとリバーサル。


 息を呑むような高度な技術戦に、新宿FACEの観客は静まり返り、ただただ魅入られていた。


「すごい……樹里亜さん、あの神崎さんと互角に渡り合ってる……!」


 リングサイドの私が声を震わせた。


 だが、その均衡は五分を過ぎたあたりで崩れ始めた。


 アマチュアレスリングの技術では互角でも、ここはロープがあり、三カウントがある「プロレス」のリングなのだ。


「甘い!」


 神崎の鋭い声が響く。


 馬場さんのタックルをいなした神崎は、そのまま馬場さんの胴体を抱え込み、後方へ豪快に投げ飛ばした。


 ベリー・トゥ・ベリー(フロント・スープレックス)。


 キャンバスに叩きつけられた馬場さんが、苦悶の声を上げる。


 そこからの神崎は、まさに「完璧」だった。

 

 一切の無駄がない動きで馬場さんの関節を削り、立ち上がろうとするたびに強烈なエルボーや投げ技でマットに沈める。


 AJGPWナンバーツーの冷徹で計算し尽くされた攻めに、馬場さんの体力がゴリゴリと削られていく。


「はぁっ、はぁっ……!」


 馬場さんが、汗で髪を顔に張り付かせながら、ロープを掴んで立ち上がる。

 足元はおぼつかず、息は完全に上がっている。


「もう終わりよ。寝ていなさい」


 神崎がとどめを刺すべく、馬場さんの背後に回り、両腕を抱え込んだ。必殺のタイガー・スープレックスの体勢だ。


――あんなのをまともに食らったら、首の骨が折れる!


「樹里亜さん! 逃げて!!」


 私が悲鳴を上げた、その時。


『……エリートのアゴ、砕いてこい……』


 担架で運ばれていった飯田さんの声が、馬場さんの脳裏に蘇ったのだろう。


 馬場さんは後方に投げられる寸前、神崎の脚の間に自らの脚をフックし、強引にその動きを止めた。


「なにっ……!?」


 神崎が驚愕した一瞬の隙。馬場さんは神崎の腕を強引に振りほどき、逆に神崎の腰を背後から深く抱え込んだ。


「アタシたちの……小町の意地、見せてやるわよぉぉぉっ!!」


 馬場さんの絶叫と共に、神崎の身体が宙に浮いた。


 美しいブリッジを描きながら、後頭部からマットに突き刺す、完璧なジャーマン・スープレックス・ホールド。


 アマレス時代から磨き上げ、合宿で鬼瓦に叩き直された、馬場樹里亜の集大成とも言える一撃だった。


 ワン! ツー!!


 レフェリーがマットを叩く。


 入った! 勝てる!!

  

 誰もがそう思った瞬間。


 バンッ!!


 カウント2.9。


 神崎の肩が、跳ね上がった。


「……嘘、でしょ……」


 馬場さんの顔が絶望に染まる。完璧なタイミング、完璧な角度だった。それでも、AJGPWのトップは沈まない。


 跳ね起きた神崎の瞳には、一切の油断も感情のブレもなかった。ただ、目の前の強敵を確実に仕留めるという、プロの殺気だけが満ちていた。


「見事だったわ。……でも、これで終わり!」


神崎は、膝をついた馬場さんの背後に回り、今度こそ両腕を背中でクロスさせるようにして固くロックした。

 逃げ場のない、完全なタイガー・スープレックス・ホールド。

 反り上がる神崎の完璧なブリッジと共に、馬場さんの身体が後頭部からマットに突き刺さった。


 バァァァン!!


 ワン! ツー! スリー!!!

 

カン、カン、カン、カン!!


「勝者、神崎栞!!」


 新宿FACEが、大歓声と、そして深いため息に包まれる。


 神崎が技を解くと、馬場さんは完全に意識を失い、大の字になって倒れていた。


 0勝、4敗。

 

 プロレス小町、全敗。


 神崎はゆっくりと立ち上がると、意識を失っている馬場さんに向けて、静かに、深く一礼をした。それは、プロのレスラーが全力を出し切った相手にだけ見せる、最高の敬意の表れだった。


「……馬場さん!」


 私はリングに駆け上がり、馬場さんの身体にすがりついた。


「ごめん……夏南……」


 目を覚ました馬場さんが、掠れた声で呟く。


「神崎、強かった……。でも……アタシたち、一つも……逃げなかったよ……」


「うん……うん! 凄かったよ、樹里亜さん……っ!」

 

 私は涙を拭いながら、馬場さんの手を強く握り返した。


村上レノン。戸谷明日花。飯田恭子。馬場樹里亜。


 私の大切な四人の仲間たちは、誰一人として逃げず、AJGPWのトップに真っ向から挑み、そして散っていった。


 リングサイドでは、神崎たちAJGPWの選手たちが、赤コーナーに立つ一人の女性へと道を空けていた。


 黒と金を基調としたガウン。

 

 威風堂々たる歩み。

 

 その人がリングインした瞬間、会場の空気が一瞬にして「支配」された。


 カリスマ、ジュリー杉崎。


 彼女の冷たく、そしてどこか悲しげな瞳が、真っ直ぐに私を射抜いていた。


『――本日のメインイベント! 大将戦!』


 リングアナウンサーの声が、新宿FACEに響き渡る。


 私は、震える膝を両手で叩き、ゆっくりと立ち上がった。

 

 仲間の想い、父の幻影、そして目の前に立つ最強のカリスマ。

 

 すべての重圧をその華奢な肩に背負い、冬城夏南は、運命のゴングが待つリングの中央へと歩みを進めた。

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