VOL.42 喧嘩殺法と特攻服。ヤンキー同士の意地と誇りを編集
次鋒戦の残酷な結末に静まり返る新宿FACEの空気を切り裂くように、中堅戦のゴングが鳴り響いた。
リングの中央でにらみ合うのは、二人の「ヤンキー」だ。
プロレス小町からは、背中に『天上天下唯我独尊』と刺繍された特攻服を脱ぎ捨てた、我らが特攻隊長・飯田恭子。
対するAJGPWからは、金髪をオールバックに撫でつけ、鋭い三白眼で相手を見下すトップヒール、清宮 悠里 。
「……素人のヤンキー崩れが。喧嘩の延長でプロのリングに上がれると思ってんのか?」
清宮が、見下すような鼻で笑う。
「あァ? 上等だコラ。アタシらがいかにイカれた地獄をくぐり抜けてきたか、その身体に教えてやるよ!」
飯田さんが吠え、ノーガードのまま清宮の胸ぐらを掴みにかかった。
中堅戦は、技術や戦術を度外視した、純粋な「喧嘩殺法」のぶつかり合いとなった。
ロックアップもグラウンドもない。
互いの髪を掴み、顔面を張り手で張り飛ばし合う、泥臭くて生々しい打撃戦。
バチンッ!! バチンッ!!
肉と肉が弾ける破裂音が会場に響き渡る。
だが、すぐに「プロ」と「素人」の壁が浮き彫りになった。飯田さんの張り手は体重が乗った重い一撃だが、清宮のそれはスピードも鋭さも段違いだった。
清宮の強烈なエルボーが飯田さんの顎を打ち抜き、続くソバット(後ろ回し蹴り)が腹部をえぐる。
「がはっ……!」
飯田さんが胃液を吐き出しそうになりながら、リングに膝をつく。口の中を切ったのか、その口元からは一筋の赤い血が流れていた。
「どうしたオラ! 口だけかよ!」
清宮が飯田さんの髪を掴んで引きずり起こし、コーナーポストに顔面を叩きつける。
ドスッ! という鈍い音が響き、飯田さんの動きが完全に止まった。
「飯田さん!!」
私がリングサイドで悲鳴を上げる。
先鋒の村上さん、次鋒の戸谷さん。二人の敗北の重圧が、飯田さんの肩にのしかかっている。ここで負ければ、プロレス小町は三連敗だ。
清宮がとどめとばかりに、ロープに走った。
全体重を乗せた、必殺のランニング・ラリアットが飯田さんの首元を刈り取ろうと迫る。
――その瞬間だった。
「なめるなァァァァッ!!」
虚ろな目をしていたはずの飯田さんが、獣のような咆哮を上げた。
彼女は清宮のラリアットを間一髪で屈んで避けると、ロープの反動を利用して跳ね返ってきた清宮の胸板に、自らの頭を弾丸のようにブチ当てた。
ゴツンッ!!
マイクを通さなくても聞こえるほどの、強烈な頭突き(ヘッドバット)。
「プロ」である清宮の顔が、初めて苦痛に歪み、その場に膝をついた。
「アタシは……アタシはなぁ!」
額から血を流し、フラフラになりながらも、飯田さんは清宮の胸ぐらを掴んで引き起こした。
「毎晩、ジョンの腕を極めてた不器用な馬鹿や、泣きながらスープレックスの練習してたデカブツの想いを背負ってんだよ!! お前らエリートのお遊びじゃねえんだ!」
そこからの飯田さんは、まさに鬼神だった。
清宮の打撃を顔面で受け止めながら、一歩も引かずにエルボーを打ち返す。歯が折れ、顔が腫れ上がっても、彼女の瞳の炎は決して消えない。
その常軌を逸したタフネスとド根性に、最初はAJGPWを応援していた観客たちからも、どよめきと「飯田コール」が湧き起こり始めた。
「こ、の……ドブネズミがぁっ!」
清宮が焦りを露わにし、大技である垂直落下式ブレーンバスターを狙って飯田さんを担ぎ上げようとする。
しかし、飯田さんは空中で身体を捻り、背後に着地。そのまま清宮の腰を抱え込み、雄叫びと共に強引に後方へ投げ飛ばした。
「いっけええええええ!!」
私が、馬場さんが、芳子ちゃんが絶叫する。
美しいアーチではない。泥臭くて、不格好なバックドロップ。しかし、意地と魂が詰まったその一撃は、間違いなくAJGPWのトップからスリーカウントを奪える威力を持っていた。
……しかし。
投げられた清宮は、空中で恐るべき身体能力を発揮した。
完全にマットに沈む直前、彼女は空中で無理やり体勢を入れ替え、飯田さんの首を腕で巻き込んだのだ。
そのまま二人はマットに叩きつけられる。だが、下敷きになったのは清宮ではなく、首を極められたまま投げの威力を自分自身で受ける形になってしまった飯田さんだった。
「ガハァッ……!?」
清宮のカウンターのDDT。
致命的な一撃を後頭部に食らい、飯田さんの身体がビクンと跳ねて、完全に力尽きた。
清宮が、血まみれの顔で息も絶え絶えになりながら、飯田さんの体の上に覆いかぶさる。
「ワン! ツー! ……スリー!!」
カン、カン、カン、カン!!
「勝者、清宮悠里!!」
レフェリーのコールが響き渡る。
歓声とため息が入り混じる中、清宮はすぐには立ち上がれず、大の字になった飯田さんの横で荒い息を吐いていた。
「……てめえら、ただのアイドル崩れじゃ……なかったのかよ……」
清宮が、憎まれ口を叩きながらも、どこか敬意の入り混じった視線を飯田さんに向ける。
これで、無情にも三連敗。
セコンドの馬場さんがリングに飛び込み、意識を失った飯田さんを抱き起す。
飯田さんの顔はボロボロに腫れ上がり、特攻服の似合う顔ではなくなっていた。
それでも、彼女が全霊を懸けて叩きつけた「ヤンキーの意地」は、AJGPWのトップの肝を冷やし、間違いなくこの会場の空気を『プロレス小町』へと引き寄せていた。
「……ごめん、馬場」
担架に乗せられる直前、飯田さんが薄く目を開け、かすれた声で呟いた。
「アタシの分まで……エリートのアゴ、砕いてこい……」
「……当たり前でしょ。任せなさい」
涙をこらえ、副将の馬場樹里亜が静かに頷く。
アマレスの猛者であり、合宿所でも常に冷静だった彼女の目に、見たこともない凄まじい殺気が宿っていた。




