VOL.45 場外の宣戦布告。誇り高きパロ・スペシャルと全敗の証明を編集
夏南とジュリー杉崎がリング上で死闘を繰り広げている傍ら。
熱狂する新宿FACEの観客席の最後列、暗がりの中に、リングの上の女たちを腕を組んで見つめる一人のむくつけき男がいた。
短く刈り込んだ髪に、分厚い胸板。ワイシャツの上からでもわかるその異常な筋肉の隆起は、彼がただの観客ではないことを物語っている。
帝国プロレスのトップレスラーの一人、火浦 健吾だ。
「おいおい。帝プロの幹部様が、こんなインディーの箱に何の用だ?」
火浦の背後から、挑発的な声が飛んだ。
振り返ると、そこには東京プロレスのジャージを着た三人の男が立っていた。
東プロのエースであるアシュラ。夏南のセコンドを離れてやってきた悠馬。そして、長身のトレーナー、エドだ。
「……アシュラか。東プロの犬どもが、ドブネズミの応援とは泣けるな」
火浦が鼻で笑う。
「犬かどうかは、リングで証明してやるよ」
アシュラが、火浦の鼻先に指を突きつけた。
「来月のビッグマッチ『NGP』。帝プロと東プロの全面対抗戦で、俺たちがテメエらを完全に叩き潰してやる。東プロの勝利は揺るがねえ」
「ほぅ? ロートルのお前が俺の首を獲る気か?」
「いや、テメエの相手は俺じゃねえ」
アシュラがニヤリと笑い、後ろに立つ悠馬の肩をバンッと叩いた。
「この悠馬だ。帝プロの看板、うちの若武者がへし折ってやるよ」
悠馬は一歩前に出ると、一切の怯みを見せず、火浦を鋭く睨みつけた。
「……面白い。その喧嘩、買ってやるよ」
火浦の目が、獲物を見つけた猛禽類のように細められる。
女子プロレスの旗揚げ戦の裏側で、プロレス界の勢力図を塗り替える男たちの危険な「場外乱闘」が、静かに火花を散らしていた。
閑話休題。
リングの上の死闘は、最終局面を迎えていた。
獣の力で反撃に出た私だったが、やはり「借り物の力」と「本物のカリスマ」の差は歴然だった。
ジュリーさんの驚異的なスタミナと反撃の前に、私の身体はついに限界を超え、動きが完全に止まってしまった。
「これで……終わりよ、冬城夏南!」
背後に回ったジュリーが、私の両腕を背後から深く抱え込んだ。
そして、私の両膝の裏に自らの両足を引っかけ、私の身体を反り返らせるようにして宙に持ち上げた。
「あぁぁぁぁぁっ!!」
悲鳴が喉を突き破った。
プロレス界の伝説的なサブミッション、パロ・スペシャル。
両腕の関節が外れそうになり、背骨がメリメリと音を立てる。肺が完全に圧迫され、呼吸すらできない。
痛い。苦しい。折れる。
頭の中で警告音が鳴り響く。獣の感覚はとうに消え失せ、残っているのは私自身の惨めな「痛み」だけだった。
「ギブアップしなさい! これ以上は腕が壊れるわよ!」
技を掛けながら、ジュリーが叫ぶ。その声には、嘲笑ではなく、明らかな「レスラーとしての情」が混じっていた。
(……嫌だ。みんなが繋いでくれたのに……私だけ、ここで……っ!)
私は涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔で、宙でもがき続けた。
しかし、視界が完全にブラックアウトしていく。
腕の感覚がなくなり、これ以上は本当に後戻りできないと本能が悟った。
「……たっ、ぷ……!」
私の右手が、空を切るようにして、弱々しくジュリーの脚を三回叩いた。
タップアウト。ギブアップの合図だ。
カン、カン、カン、カン!!
終了のゴングが、新宿FACEに虚しく鳴り響く。
「勝者……ジュリー杉崎!!」
拘束が解かれ、私はマットに崩れ落ちた。
天井の眩しいライトが、涙で滲んで見えない。
0勝5敗。
プロレス小町、旗揚げ戦。
私たちが流した血と汗と涙の結晶は、帝国プロレスという巨大な壁の前に、残酷なまでの「全敗」という形で幕を閉じたのだった。




