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プロレス・ガール  作者: Tohna
後には引けない
39/45

VOL.39 新宿FACEの熱狂。五番勝負とカリスマの娘

 ドズン、ドズン、ドズン……!


 新宿・歌舞伎町のど真ん中に位置する闘技場、『新宿FACE』。


 キャパシティ五百人のその会場は、第一試合の開始前から、地鳴りのような手拍子と熱気に包まれていた。

 私たちスガハラエンタープライズ新団体「プロレス小町」の旗揚げ戦。


 プロレス小町なんて、ちょっとズッコケたけど、源田さんなりの深慮遠謀があるらしい。


 やはり芸能事務所なのでアイドルのイメージを活かすというアイデアは真っ当だし、私たちレスラーがその甘っちょろいイメージを裏切る実力派だったら話題を掻っ攫えるのでは?


 しかし、観客の目当ては「私たち」ではない。対戦相手として乗り込んできた、帝国プロレス傘下・AJGPWのトップランカーたちだ。


「おい……冗談だろ」


 控室のホワイトボードに貼り出された『本日の対戦カード』を見たヤンキーの飯田さんが、顔を引きつらせた。


 先鋒:アマンダ・トレーシー vs. 村上レノン

 次鋒:桃谷ゆづる vs. 戸谷明日花

 中堅:清宮悠里 vs. 飯田恭子

 副将:神崎栞 vs. 馬場樹里亜


「おいおい、アマンダに桃谷、清宮に神崎って……AJGPWのタイトル戦線に絡んでる本物のトップクラスじゃねえか。マジでアタシらを殺しにきてんぞ」


 飯田さんの言葉に、控室に重苦しい沈黙が落ちる。


 それぞれが自分の得意分野(外国人、関節技、ヤンキー、アマレス)の「上位互換」とも言える最強の敵をぶつけられているのだ。


 しかし、私の目は、そのホワイトボードの一番下……『大将戦』の欄に釘付けになっていた。


 大将:ジュリー杉崎 vs. 冬城夏南


「……えっ?」


 変な声が出た。


「ちょっと待って、私、大将戦なの!? 聞いてないわよ! しかも相手、ジュリー杉崎様じゃない!」


 全身の血の気が一気に引いていくのがわかった。


 私は試合に出ること自体は覚悟していたけれど、てっきり第一試合あたりの前座だと思っていたのだ。よりによって大将戦? メインイベント? 相手はあのカリスマ!?


「む、無理よ! 私なんかがメインを張れるわけないじゃない! 殺される、絶対に公開処刑されるわ!」


 震える手で頭を抱え、半乱乱状態になった私。


 その時だった。


 控室のパイプ椅子にドカッと座っていた源田さんが、ゆっくりと立ち上がり、私を見下ろした。


 いつものニヤニヤした笑みはない。背筋が凍るほど鋭く、冷たい獣の目だった。


「……怖気付いたか、小娘」


「だ、だって……」


「甘ったれるな!!」


 源田さんの怒声が、コンクリートの壁を震わせた。控室の空気が一瞬で凍りつく。


「お前は、あのビースティー冬城の娘だ。ただの小娘じゃねえ、プロレス界の『カリスマの血』を引いているんだ。なりたくたって、なれるもんじゃねえんだぞ!」


 源田さんは私に一歩詰め寄り、胸ぐらを掴む勢いで低く凄んだ。


「この日のために、この舞台を揃えるために……俺がどれだけの年月と血反吐を吐いてきたか、忘れるな。お前の親父が残した幻影を、俺はもう一度このリングで見るんだ。逃げることなど、絶対に許さん」


 い、いや、知らんし。なりたくてもなれるもんじゃねえって、それも知らんし。


 しかし、その目には、狂気にも似た「執念」が渦巻いていた。


 源田さんは、私をダシに使っているだけじゃない。本気で、私の背中に「お父さん」の姿を見ようとしているのだ。


「……ッ」

 震えが、ピタリと止まった。

 私の中に流れる血。お父さんが愛したリング。


 憧れのジュリー杉崎さんに、そして目の前の源田さんの執念に、ここで尻尾を巻いて逃げたら、私は一生後悔する。


「いいわよ。……私、逃げないわよ」


 私は、震える拳をギュッと握りしめ、源田さんの目を真っ直ぐに見返した。


「私が大将として、ジュリー杉崎の前に立つ。お父さんの名前にも、一ヶ月一緒に地獄を見たこの仲間たちにも、絶対に泥は塗らない!」


 私の言葉に、張り詰めていた飯田さんや馬場さんたちの顔に、再び獰猛な闘志が戻ったのがわかった。


「……へっ、言ってくれるじゃねえか」


 私が最初内心何と思ったかは内緒だけど、源田さんが、満足そうに口角を上げる。


 観客は既に満員。


 照明や音楽のビートで雰囲気は最高潮に。


『――本日の第一試合、先鋒戦のゴングが鳴ります! 両選手、入場!』


 会場のスピーカーから、割れんばかりの歓声と実況の声が響いてきた。


「行ってくるよ。アタシが、金髪の外人女をぶっ飛ばして勢いをつけてやる」


 村上レノンさんが、金色の髪をなびかせて立ち上がった。

 

 いよいよ、泥沼の五番勝負が始まる。


 新宿FACEの眩しいライトの向こう側へ、私たちはついに足を踏み出した。

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