VOL.39 新宿FACEの熱狂。五番勝負とカリスマの娘
ドズン、ドズン、ドズン……!
新宿・歌舞伎町のど真ん中に位置する闘技場、『新宿FACE』。
キャパシティ五百人のその会場は、第一試合の開始前から、地鳴りのような手拍子と熱気に包まれていた。
私たちスガハラエンタープライズ新団体「プロレス小町」の旗揚げ戦。
プロレス小町なんて、ちょっとズッコケたけど、源田さんなりの深慮遠謀があるらしい。
やはり芸能事務所なのでアイドルのイメージを活かすというアイデアは真っ当だし、私たちレスラーがその甘っちょろいイメージを裏切る実力派だったら話題を掻っ攫えるのでは?
しかし、観客の目当ては「私たち」ではない。対戦相手として乗り込んできた、帝国プロレス傘下・AJGPWのトップランカーたちだ。
「おい……冗談だろ」
控室のホワイトボードに貼り出された『本日の対戦カード』を見たヤンキーの飯田さんが、顔を引きつらせた。
先鋒:アマンダ・トレーシー vs. 村上レノン
次鋒:桃谷ゆづる vs. 戸谷明日花
中堅:清宮悠里 vs. 飯田恭子
副将:神崎栞 vs. 馬場樹里亜
「おいおい、アマンダに桃谷、清宮に神崎って……AJGPWのタイトル戦線に絡んでる本物のトップクラスじゃねえか。マジでアタシらを殺しにきてんぞ」
飯田さんの言葉に、控室に重苦しい沈黙が落ちる。
それぞれが自分の得意分野(外国人、関節技、ヤンキー、アマレス)の「上位互換」とも言える最強の敵をぶつけられているのだ。
しかし、私の目は、そのホワイトボードの一番下……『大将戦』の欄に釘付けになっていた。
大将:ジュリー杉崎 vs. 冬城夏南
「……えっ?」
変な声が出た。
「ちょっと待って、私、大将戦なの!? 聞いてないわよ! しかも相手、ジュリー杉崎様じゃない!」
全身の血の気が一気に引いていくのがわかった。
私は試合に出ること自体は覚悟していたけれど、てっきり第一試合あたりの前座だと思っていたのだ。よりによって大将戦? メインイベント? 相手はあのカリスマ!?
「む、無理よ! 私なんかがメインを張れるわけないじゃない! 殺される、絶対に公開処刑されるわ!」
震える手で頭を抱え、半乱乱状態になった私。
その時だった。
控室のパイプ椅子にドカッと座っていた源田さんが、ゆっくりと立ち上がり、私を見下ろした。
いつものニヤニヤした笑みはない。背筋が凍るほど鋭く、冷たい獣の目だった。
「……怖気付いたか、小娘」
「だ、だって……」
「甘ったれるな!!」
源田さんの怒声が、コンクリートの壁を震わせた。控室の空気が一瞬で凍りつく。
「お前は、あのビースティー冬城の娘だ。ただの小娘じゃねえ、プロレス界の『カリスマの血』を引いているんだ。なりたくたって、なれるもんじゃねえんだぞ!」
源田さんは私に一歩詰め寄り、胸ぐらを掴む勢いで低く凄んだ。
「この日のために、この舞台を揃えるために……俺がどれだけの年月と血反吐を吐いてきたか、忘れるな。お前の親父が残した幻影を、俺はもう一度このリングで見るんだ。逃げることなど、絶対に許さん」
い、いや、知らんし。なりたくてもなれるもんじゃねえって、それも知らんし。
しかし、その目には、狂気にも似た「執念」が渦巻いていた。
源田さんは、私をダシに使っているだけじゃない。本気で、私の背中に「お父さん」の姿を見ようとしているのだ。
「……ッ」
震えが、ピタリと止まった。
私の中に流れる血。お父さんが愛したリング。
憧れのジュリー杉崎さんに、そして目の前の源田さんの執念に、ここで尻尾を巻いて逃げたら、私は一生後悔する。
「いいわよ。……私、逃げないわよ」
私は、震える拳をギュッと握りしめ、源田さんの目を真っ直ぐに見返した。
「私が大将として、ジュリー杉崎の前に立つ。お父さんの名前にも、一ヶ月一緒に地獄を見たこの仲間たちにも、絶対に泥は塗らない!」
私の言葉に、張り詰めていた飯田さんや馬場さんたちの顔に、再び獰猛な闘志が戻ったのがわかった。
「……へっ、言ってくれるじゃねえか」
私が最初内心何と思ったかは内緒だけど、源田さんが、満足そうに口角を上げる。
観客は既に満員。
照明や音楽のビートで雰囲気は最高潮に。
『――本日の第一試合、先鋒戦のゴングが鳴ります! 両選手、入場!』
会場のスピーカーから、割れんばかりの歓声と実況の声が響いてきた。
「行ってくるよ。アタシが、金髪の外人女をぶっ飛ばして勢いをつけてやる」
村上レノンさんが、金色の髪をなびかせて立ち上がった。
いよいよ、泥沼の五番勝負が始まる。
新宿FACEの眩しいライトの向こう側へ、私たちはついに足を踏み出した。




