第74話 ▶誰かが、秘密裏に暗躍している
あらすじ:Cランクを倒した!
「ここで10カウント! 京太郎氏のダウンにより、Dランクチームの勝利が決定しましたな!」
真津璃が勝った。
途中まで一方的に攻撃を受け続けていたが、突然攻撃を見切ったかのように一閃を挿し込むと、そこから一転攻勢。あっという間に勝利をもぎ取った。
タネはなんとなくわかる。わずかの間だが、真津璃の顔が別人に見えたのだ。それで京太郎の攻撃が緩んだということは、たぶんあいつの母親なんだろう。『幻影塗料』を利用したさかしい作戦だ。人工知能には効かなかったが、対人間の策としてはシンプルながらも有用である。
「やったぜDランクー!」
「決勝も頑張れよー!」
ワアァッ、と会場が湧く。ジョー率いる応援団からもめっぽう讃えられた。俺今回なんもしてないけどな。
「やりましたね、皆さん!」
「まだ一勝だ。……喜ぶのは次に勝ってからだ」
ぴょんぴょん跳ねる月尊ちゃんと、冷静に諫める醍醐。天地はテントを抜け出し応援席の前で手を振っている。お前もなんもしてねえじゃん。
「――私も醍醐と同感だな。手放しで喜ぶのはまだ早い」
「おう、真津璃。お疲れ」
帰還したやつは全身ボロボロだったが、思っていたより元気そうだ。あれだけ石頭に蹂躙されてよく平然としていられるもんだよ。
月尊ちゃんから差し出されたペットボトルを傾けながら、真津璃は額の汗を拭う。
「決勝は午後からだったか?」
「そうですね。14時から試合開始の予定になっています。決戦のフィールドは……」
▶▶▶
「つ、月尊ちゃんまだつかないのか?」
「もうすぐですよ。ほら、見えてきました」
鉄串にささったバーベキュー(キビダンゴ1枚)を月尊ちゃんに「あーん」してもらいながらの登山。空気が済んで気持ちいい……と言えるほど登ってもいないのだが、なにせしんどい。
そう、俺たちは今、山を登っているのだ。
スキップで先行する天地がこっちを向いて茶化してくる。
「情けないな唯人! 俺様ならダッシュで登れるがな。代わってやっても良いのだぞ?」
「断る」
「あ、あのあの。私やっぱり自分の足で」
「いいんだよ。これは俺が言い始めたことだから」
そう、俺が言い始めたことなのだ。自分の足で決戦のフィールドまで向かおうと。
……月尊ちゃんを背負って。
「鼻の下伸ばしてなに格好つけてんだか」
「う、うるせえぞ真津璃。月尊ちゃんにしんどい思いをさせられるかよ」
それに悪いことばかりではない。こうして後ろから「あーん」してもらえるんだ、疲れなんてイチコロである。この後控えているAランクとの闘いだって……。
背中にあたる柔らかい感触を払拭しながら足を動かしていると、それは前触れなくやってきた。
「伏せろっ!」
醍醐が俺たちを庇うように前へ出る。いきなりなんだ、と思ったのも束の間、崖の上から十数人の男たちが降り掛かってきたのだ。
「やれやれ。頂点も辛いってもんだぜ」
「テメェ目的でないことは確かだがな!」
どういうことだ。
何が起きている?
「よおおおおおし! やっちまえええ!」
「うがあああああああっ!」
最初に浮かんだワードは"山賊"だ。しかし、額に鉢巻をしているため学生であることが確定する。まさかAランクの連中、決戦前に俺たちを潰そうと……?
「唯人、あんたは月尊さんを守れ!」
真津璃の声でハッとする。いかん、頭の中が真っ白になっていた。言葉通り、月尊ちゃんを一旦下ろして背中合わせになる。訳がわからんが、とにかくこの場を凌がねば……!
「くそっ、数が多すぎる」
強さ自体は大したことない。だが、次から次へと人が増えるためキリがないのだ。倒れても倒れても起きあがってくる。執念だ。俺たち、そんな悪いことしたのかよ?
「この人たち……BランクとCランクの方々です」
月尊ちゃんが不可解そうに爪を噛む。Aランクならまだしも、BとCだと? Bランクなんてまったく俺たちと関係ないじゃないか。
「……まさか」
「なんだよ、真津璃?」
「京太郎君と同じだ」
「何がだっ!」
「あんたも薄々勘づいてるだろ! 誰かが、こんな無意味な闘いを演出している。私たちが負傷して得をするのは誰だっ?」
「……Aランクの、連中か」
「そうだ! それが誰の仕業なのかはわからない。だが、確実に……影から人を動かせる卑怯者がいるんだ!」
「……おい」
大混戦のさなか、醍醐が不機嫌そうに口を開く。
「人を動かすと言ったな? それなら少しばかり心当たりがある」
「ほ、本当か」
「ああ。Aランク屈指のクズ野郎で、俺を陥れた張本人。……蛇乃眼薮彦」
蛇乃眼、って……。
「もしかして、あれか。ゴシップのリーク情報に載ってた……Aランク代表の一人っ」
「いかにも、その通りだ。俺はあいつをぶっ倒すために今日まで鍛錬を積んできた」
「フッ! 醍醐よ。だったら、こんなところでは負けられぬよなぁ?」
「当然だ」
天地の激励に、醍醐はニヤリと応じてみせる。そうだ。蛇乃眼がどんな野郎かは知らねえが、そんな卑怯者に屈してたまるかよ。
「行くぜ!」
▶▶▶
結局、乱闘自体はおよそ三分ほどで鎮圧される。いつの日か見た警備員、忍者さんたちの手によって。
「到着が遅れてすまない……。今日はみな屋台の方に人員を割かれてしまってな」
モガモガと黒装束越しに謝罪をする忍者。屋台云々の話は聞かなかったフリをした。
さて。
嵐のように過ぎ去った襲撃だが、その爪痕は思っていたよりずっと深刻だった。
「醍醐、おい……お前っ」
「酷い怪我だ。辛うじて意識は残っているが」
「ど、どうしましょう……!」
醍醐がやられた。数に押し負けたわけじゃない。やつは、俺たちを守りながら闘い続けていたのだ。
天地がギリギリと歯を軋ませる。
「……こいつ、俺様を庇いやがったんだ。余計なことしなくたって、俺様はっ」
散々いがみ合っていながらも、土壇場で自らの盾となってくれた。ましてや醍醐は先の闘いを終えた直後である。この襲撃に一番思うところがあるのは、天地だったのかもしれない。
「……なあ、唯人。真津璃、月尊」
天地はゆっくり立ちあがると、決意したかのように宣言した。
「こんなことをした黒幕は蛇乃眼って野郎なんだよな? ……だったら、そいつだけは俺様の手でぶっ潰す。決勝戦という大衆の前で、惨めに敗けた姿を晒してやる!」
当たり前だ。
俺たちの答えは、とっくに決まっている。
「……やってやろうじゃねえか」
「よろしくお願いしますね、天地さん」
▶▶▶
九月某日午後二時過ぎ。
まもなく、バトルフェスティバルの決勝戦が開始される。
「……お前だけは、俺様の手で葬ってやる」
天地白夜は、これから始まる決戦のフィールドに出陣する。元Aランクであり、身を呈して自らを庇った友、先鋒・大江戸醍醐の代打として。




