第56話 ▶終止符
決着の時。
「んん、あんた何者でゴワスか?」
「俺たちのファンだろ。ちょうどいい、この弩級からくりの実験台になってもらうのぜ」
正義だとか悪だとか知ったことか。俺はただ気に食わないからこいつらをボコすのだ。
ダセェな。とんでもなくダセェよ、俺。備然とタイマンを張ったからわかる。こいつら二人が束になってかかっても、あの黒コート野郎には敵わない。そうだろうが、備然。
「ハァ……ハァ……」
目の前にはハイエナ二人の伸びた姿。振るった拳がじんじんと痛む。視界は船酔いしたみたいに歪み、荒れた呼吸は止まらない。ドッドッと高 鳴る胸。残ったのは物言えぬ虚無感。よくない高揚をしていることは確かだった。
まるで、自分じゃない誰かが顔を出すような気持ち悪さ。備然との闘いで感じたトランス状態にも似ている。不味いぞ。これは、よろしくない。
──振り返ると、ゴーレムが顔を出していた。
ゲームセットだ。勝算があるならまだしも、今の俺は何一つ策を持ち合わせていない。鉄蛇の時とは状況が違う。ここまで死という未知が迫っているのに、微塵も頭が働かない。なにを諦めているんだ、俺は。考えろ。海岸はもうすぐそこだ。逃げおおせたら俺たちの勝ちなんだ。考えろ。思考が焼き切れるほどに考えろ、俺!
ゴーレムの股下から何かが向かってくる。頬から血を流す凛とした面立ち、真津璃だった。
「おまっ……!」
「なにボーッとしてんの、この馬鹿! 死にたいのっ!?」
鬼の形相でやつは激怒すると、腰元の刀を一思いに振るった。誰にって……バタンキューな俺たちにだ。
「虹ノ刻!」
えぐるような薙ぎ払いだった。模造刀だというのに、俺と備然、それとハイエナ二人の身体が冗談みたいに舞いあがる。
浮遊感を満喫することもなく無慈悲に落下。全身に砂利が食い込んでどこが痛いのかもわからない。視線を動かすと、やや離れた地点に備然とハイエナ二人がぶっ倒れている。
それと、血の色をした忌まわしい宝玉……『破壊神』が手を伸ばせば届く位置に転がっていた。吹き飛ばされた時にハイエナが手を離してしまったのだろう。
動かねば。真津璃に救われた命を無下にはできない。そうしてゆっくり身体をあげると、坂の上からやつの声が飛んできた。
「唯人……っ!」
よく無事だったもんだ。そんな呑気な感想が一番に浮かぶ。真津璃のすぐ後ろで、ゴーレムが待ち構えてやがるのに。
「唯人、『破壊神』はどこっ?」
「お前、なにを……」
「終わらせるのよ! この……イカれた争奪戦をっ」
もはや動けるのは自分しかいない。ならば、闘いに終止符を打てるのもまた自分だけ。真津璃は俺にそう言ったのだ。だから、センサーである『破壊神』を寄越せと。
「……っ」
だが、すでに真津璃も限界だった。俺の側まで来たところでやつは前のめりに倒れた。慌てて受け止める。ああ、女の子って布越しでもこんなに柔らかいのか。この華奢な身体のどこに、さっきみたいな馬鹿力が秘められているのやら。切り揃えられた前髪を少し掻きあげる。
さて。
「……よお、化け物。待たせたな」
呪いのアイテムこと『破壊神』を拾い、自分の何倍もある人型の化け物と対峙する。味方はいない。俺とゴーレムによる、文字通りの『決闘』だ。賭け代は……己の命。
めちゃくちゃだ。けれど、先程と違って頭が冴えている。備然が、真津璃が、みんながここまで繋いだバトン。それを壊すのは少々胸が痛む。俺がもっと強かったら、こんなことをしなくて済んだ。正攻法で駆け抜けられた。
「ごめんな」
誰にという訳ではないが謝罪の言葉を発する。そして、俺は手にした弩級からくりを、拳を振りあげたゴーレムに向けて、叫んだ。
「『破壊神』、自分を破壊しやがれ、馬鹿野郎!」
パキン
あまりに呆気なく、弩級からくりは自らの身体を砕いた。赤い宝玉はサラサラと粒になって落ちていく。コーヒーに溶ける角砂糖みたいに、なんの未練もなく。あっさりと。
『……ガ、ガガ、弩級ノ反応消滅ヲ確認。護衛失敗……護衛失敗……デス』
バツン、と赤いモノアイが消えると、ゴーレムは殴りかかる体勢のまま機能を停止した。散々俺たちを苦しめた化け物のくせにショボい幕切れである。
「……終わったぁぁ」
思わずその場で尻もちをつく。土壇場で思いついた策だったが、うまくいってよかった。本当によかった。グッと目を瞑る。
──要先生は言っていた。弩級からくりはセンサーの役割を担っており、それを頼りに島中のトラップが作動すると。
解除する方法は一つ。島の外に出てセンサーを消すことだ。……ならば、脱出以外の手段でセンサーをぶち壊せたら?
風が吹き、『破壊神』の粒が青空に舞う。
護る対象を失ったトラップ……ゴーレムは霧散した。自分の役割を終えたかのように。
「……ん?」
しばしのあいだ悦に浸っていたが、目を開けると背けたい現実が待っていた。傾いていたのだ。動作を停止したゴーレムの巨体が、俺たちの方に。
ヤベェ。
このままでは全員ぺちゃんこだ。仮に俺が避けても、他のみんなが助からない。嘘だろ、おい。
今度こそ死を覚悟した。咄嗟に閉じた目を開くと、ちょんまげ姿の男がゴーレムに向かっている。あの羽織……間違いない。
「要先生っ!」
「よく頑張ったぞ、唯人。弩級からくりが消失した今、課外活動は終了した! よって教師が介入しても問題ないだろうっ」
何が何だかわからない。だが、漠然とした安心感が冷えた肝を温めてくれた。
「オラァッ!」
真正面からのぶった斬り。見ると、刀は鞘に収まったままである。これでは斬撃というより打撃だ。にも関わらず、鋼鉄のボディはさも自然のことわりのように真後ろにぶっ倒れた。今日一番の地鳴りがビリビリと伝わってくる。
要先生はこちらに向き直ると、屈託のない笑みで手を挙げた。
「おう。お疲れだな、唯人」
「死ぬかと思いましたよ、結構な頻度で」
解決編です。久々に筆が乗りました。




