第38話 ▶弩級からくりの胎動
あらすじ:Cランクの底辺をボコった
唯人たちが寝静まった夜。一人の老人が校舎のエレベーターに乗り込んだ。操作盤には1階から8階までの行き先を示すボタンが並んでいるが、老人が押したのはそのどれでもなかった。
地下へ。
エレベーターは下を目指す。老人が乗ったのは1階であるため、本来であれば上るしかないはずだ。けれども、老人を乗せた箱は従順と下降し続けている。
ごく一部の者しか持つことを許されない、マスターキー。これによって老人はエレベーターのシステムそのものにアクセス、表示のない地下へと向かうことができるのだ。
チン、と軽快な音がすると同時に扉が開く。老人は見通しの悪い一本道の廊下を我が物顔で進み、最奥の扉もノックひとつせずに中へ。
内装を一言で表すならば、悪の組織のオペレーションルームだ。廊下と同じく薄暗い室内には辺り一面モニターがはめ込まれており、そこには『決闘』で使うフィールドが映されている。
額のゴーグルをちょいと触ると、初老の男──からくりマスターはニヤッと頬を緩めた。
「相変わらず、趣味の悪いところに居を構えておるわい。のう、語り手?」
怪しげな機械が散乱する部屋の奥、質のいいソファにもたれかかっていた白髪の男はミルク色の顎髭を弄ぶ。
「面白い冗談ですね。この部屋はあなたが作ってくれたのではありませんでしたか、からくりマスター?」
「記憶にないのう。で、ワシになんの用じゃ。また何か作ってほしいのか?」
「弩級からくりを一つ、起動させてほしいのです」
ジュースを一本奢ってくれ、とでも言いたげに注文を飛ばす語り手。幾重にも重なった衣が揺れる。
マスターは目を瞬かせると、感慨深そうに唸った。
「そうか、もう課外活動の時期じゃったか」
「ええ。入学からまもなく一ヶ月……。月末にはキビダンゴの監査が行われます。そこで所持数が0枚と確定した者は本土に帰っていただいています」
「切り捨てってやつじゃな」
身も蓋もないことを言うマスター。それは彼の、本心とも建前とも取れぬものだった。
語り手は優しく首を横に振る。
「私は別に人選を行いたい訳ではありません。せっかく桃神郷まで来ていただいたのですから、全員に等しく、できる限りのチャンスは与えたい……だからこそ、一発逆転を可能にする弩級からくりが必要なのです」
「わーっとるわい。何年お前さんと一緒にいると思っとるんじゃ」
堅苦しい話を好まないマスターは、どうでもいいという風に手をひらひらさせた。しかし、同時に思案する。入学から二週間が経ったことで、今やからくりの存在を知らぬ者はほとんどいない。数もまだ二桁に満たないが、所持者も着々と増えつつある。
そんな黎明の期に弩級を持ち込んでしまうとどうなるのか。マスターはいつも、この不安定な時期を見届けるのが楽しみだった。
「弩級を手にできれば、間違いなく今後の『決闘』を優位に進められる……。いいじゃろう、検討しておこうかのう」
「助かります」
微笑みを浮かべる語り手に、マスターはいたずらを考えついた子供のような顔で尋ねる。
「で、どこで課外活動をさせようかのう。例年なら叢蛛島か古庭島にすべきところなんじゃが……」
マスターは値踏みするかのごとく、語り手に提案する。
「そうじゃのう……戯岩島なんてどうじゃ?」
「戯岩島ですか……ふふっ、いきなりあそこに向かわせるとはいい性格してますね」
「なぁに、気にするな。これがワシ流の愛のムチじゃよ。今年は活きのいい若造が多いからのう。少しばかり血が騒いでおるんじゃ」
「大変結構なことです。では、今回の行き先は戯岩島にしましょう」
おや、とマスターは拍子抜けした。冗談半分で言ったつもりだったのだが、語り手の答えは承諾。生徒の命がかかっているこの選択で、語り手は一瞬たりとも怯まず答えた。
何かあるはずだ。マスターは静かに鎌をかける。
「ところで、語り手よ。今回の課外活動で何人死ぬかワシと賭けぬか? 賭け代は──」
「遠慮しておきます。必勝のギャンブルはやらない主義ですので」
「ほう?」
「何人たりとも死なせませんよ。志を共にした、大事な同胞ですからね」
真っ白い毛に覆われ、表情の読めない語り手。その奥に潜む瞳がギラリと光るのをマスターは見逃さなかった。
「私が大丈夫と判断しなければ、戯岩島なんて行かせませんよ。少なくとも、この『先見の明』が衰えていなければね」
くつくつ、とマスターは肩を揺らす。そりゃ上等──天気予報よりよく当たる友の言葉を信じ、彼は戯岩島のからくりを作動させた。
▶▶▶
天地の野郎に絡まれた翌日。俺たちは午前の授業が終わった後、全員が体育館に呼び出された。授業に来ていない連中にも招集がかけられたらしく、恐らく桃神郷の生徒全員がこの場に揃っている。
「いきなり何の用だろうな。わた……僕たち全員を集めるなんて」
誰もいない壇上をじっと見つめる真津璃は、神妙な面立ちで俺に話しかけた。どうでもいいけど、男装している事実がわかった後だとこいつの演技に変な笑いが込みあげてくる。
「校内で飴の包み紙でも見つかったんだろ。というか、真津璃。お前クリーム塗ってんだから普段通りしてりゃいいじゃねえか」
「ふ、ふん。念には念をというやつだ」
「その割にお前結構ガサツだからな、自覚ないだろうけど。……なら、せめてその僕とかいう一人称をやめろ。素のお前を知ってるから、こう、ゾワゾワ来んだよ」
「ど、どういう意味だ! ……だが、まあ一人称くらいは妥協してやってもいい。私もいまだに違和感があるからな」
妥協、なのかそれは。真津璃の女らしさについて悶々と考えていると、壇上に髭もじゃのじいさんが現れた。校長……じゃなくて語り手だったか。相変わらず悪い魔法使いみたいな布を何枚も羽織っている。重たくないのかね、アレ。
「どうも皆さんこんにちは、お久しぶりですね。語り手です」
じいさんの発した一言で、ざわついていた体育館がぴたりと静かになる。その様を見て満足気に頷くと、語り手はこんなことを言い出した。
「今日皆さんに集まってもらったのは、明日から始まる課外活動についてお話するためです」
課外活動……? そんな話聞いてねえぞ。真津璃の方を見るが、やつもふるふると顔を振っている。
困惑する場の空気を、語り手は次の一言でさらに濃厚なものにした。
「皆さんには、今、この場で決めていただきます。……課外活動に参加するか、しないかを」
やっとこさ第三章スタートです




