第32話 ▶うちの四姉妹
あらすじ:風呂上がりからの晩メシ
着替え一式を一旦部屋に戻し、手ぶらになった俺たちはツクヨミ荘一階の食堂にやってきた。
部屋はかなり奥行きがあり、最奥に厨房と商品の受け取り口が見える。
時間も遅いせいか、席に座っている人間はほとんどいない。とりあえず一番奥の四人掛けテーブルに腰を下ろす。
「……何よ、あんまりジロジロ見ないでくれる?」
向かいの真津璃はさっきからずっとこの調子だ。耳元まで伸びた髪を指に絡め、不機嫌そうにこちらを睨んでいる。
はっきり言って不可抗力だ。元々男用に作られているのだろう、バスローブ姿の真津璃は率直に言って扇情的だった。胸元が大きく開いており、白い肌着が否が応でも目につく。支給されていないため、当然ブラも身に着けていない。……無くても問題ないサイズだがな。
「誰もお前のことなんざ見てねえよ」
「なっ、どこまでも失礼なやつね! 大体あんたなんて……」
「その口調で大声出していいのかよ?」
バッ、と真津璃は口元を押さえる。こいつ、よくこんなんで男装しようと思ったな。見ているこっちがヒヤヒヤするぞ。
「それより何か頼まねえと……」
「こんばんはっ!」
元気いっぱいの可愛らしい声。視線をあげると、檜皮色の着物に身を包んだ女の子、月尊ちゃんが立っていた。黒い髪に三日月の髪飾りが素敵だが……何より、胸がでかい。標準(どんなもんかは知らない)を少し上回る健康的な大きさだ。異性だと判明した真津璃のそれと見比べる。思いっきりやつに足を踏まれた。
「こんばんは、月尊さん。遅くなってしまってすまない。まだ食堂やってるだろうか」
「大丈夫ですよ!」
男言葉に戻った真津璃を横目で見ながら、俺も月尊ちゃんに声をかける。
「こんばんは、月尊ちゃん。悪いが二人分の夕食をもらえるか?」
「かしこまりました! 少々お待ちくださいね。……オンバさーん、追加で二つお願いしまーす!」
月尊ちゃんは厨房に向かって言葉を投げる。……オンバさん? 誰だよ、それ。興味本位で厨房に目をやると、身長二メートル越えのばあさんが親指を立てていた。白衣に身を包み、頭にはコック帽。
……ちょっと待て。こういう時はひとまず深呼吸だ。吸って、吐いて、また吸って、吐く。
「……月尊ちゃん、あの浅黒い筋肉ばーちゃんは誰だ?」
「ああ、紹介がまだでしたね。彼女はこのツクヨミ荘の料理人、オンバさんです。ここで出される料理は全部オンバさんが愛情を込めて作られたものなんです!」
うん?
「あの、えっと、月尊ちゃんの手料理は……」
朝と晩の二食分、月尊ちゃんが丹精を込めて作るのではなかったのか。彼女は思い出したように大きく口を開く。
「あー、私の元気おにぎりですか? あれって朝晩と各五個限定なんですよ。本当は皆さんの分を作ってあげたいのですが、私にも色々お仕事がありまして……」
「おい、聞いたかよ真津璃!」
「静聴してたよ、単細胞」
なんだ、あるんじゃねえか。月尊ちゃんお手製料理! 各五個となりゃお前、争奪戦だぞ。うおお、元気おにぎり食いてぇ。
そういえば、と真津璃は月尊ちゃんに問う。
「あんたら着物の女子四人は、『決闘』の審判やディーラーを務めている。だが、これだけ広い島だ、四人で回せるものなのか?」
「ええ、基本は四人で回していますよ。どうしても手が足りない時はからっ……業者に依頼しています」
今からくりって言おうとしただろ。真津璃が代わりに突っ込んでくれると、月尊ちゃんはホッと胸をなでおろした。
「よかった、からくりについては調査済みだったんですね。ええ、その通りです。人手不足はからくりマスターの発明品でカバーしています。とてもいい子たちですよ」
納得である。
「しっかし、それでも大変だよな。ずっとモニター観てないといけないわけだろ? 目とか疲れないのか」
「疲れますよーっ!」
食い気味に言葉を返された。月尊ちゃんは他に客がいないのをいいことに、パーッと両手をあげてみせた。袖口が垂れて白い二の腕がチラリ。
「やってらんねー!」とでも言いたげなポーズを取りながら月尊ちゃんは机をバンと叩いた。
「年末のお坊さんもびっくりな忙しさですよ。でも、皆さんのためなら頑張れちゃいますっ! それに忙しいのは最初だけですから。我慢我慢です」
「最初だけ……?」
真津璃が首をひねる。
「ほら、月末の監査ですよ。キビダンゴが0枚の生徒は本土に送り返されちゃうので、だんだん人数が減っていくんです」
「なるほど。その分、必然的に行われる『決闘』の数も減っていくと」
「闘うことに飢えた狂犬さんでもいない限りは、そうなりますね。いや、別に真津璃さんのことを言ってるわけじゃないですよ……?」
「僕は何も言っていないぞ」
真津璃はばつが悪そうにそっぽを向いた。
月尊ちゃんに訊くと、今日だけで三回も彼女がモニター担当になったそうだ。羨ましいことこの上ない。
「私も今日はさすがに疲れちゃいましたね。乗船の案内もありましたから。お姉ちゃんたちもこの時期はみんなピリピリしてて話しかけづらいんですよー……」
「お姉ちゃん? ……えっ、もしかして、花歌さんたちって」
「はいっ。お察しの通り、私のお姉ちゃんです。お偉いさんたちからは団四姉妹なんて呼ばれているんですよ」
月尊ちゃんは一本ずつ指を立てていく。
「オトナっぽくて美人な花歌お姉ちゃん、小っちゃいけどしっかり者の鳥子お姉ちゃん、そして冷静で心優しい風音お姉ちゃんです」
「そうだったのか……全然気づかなかったぞ。なあ、真津璃?」
「なぜ僕に振る。……まあ、あんたが船で名乗った時、花歌さんと苗字が同じだったから気にはなっていたが。いや、わからぬものだな」
俺と真津璃がじーっと月尊ちゃんを見ていると、彼女は恥ずかしそうに顔を背ける。
すると、厨房から二人分の夕飯が運ばれてきた。山盛りのご飯にお吸い物。主食は豚バラ入りモヤシ炒めで、小皿には小松菜が収められている。
「お待ちどおさん。いっぱい食べて、また明日も頑張るんだよ?」
オンバとか言う妙にガタイのいいばあさんは、俺たちに励ましの言葉を残すとまた厨房に戻っていった。図体以外はどう見ても普通のばあさんなので反応に困る。
とはいえ、ようやくありついたメシだ。ありがたくいただこうじゃないか。
「「いただきます」」
見た目は、田舎のばあちゃんが進んで作りそうな栄養バランスのよい食事だが。さて、気になるお味は……。
「………………」
いや、オンバさんの名誉を守るためにあえて言おう。決して不味い訳では無い。
なんというか、口にする一品一品からそこはかとなくおばあちゃんの味がするのだ。ありもしない郷愁の心が蘇る感覚。ノスタルジックな気分に浸りたい時は最適なんだろうけど、ううん。箸が動くたびに田んぼの情景が目尻に見えるのはどうにかならないものか。
月尊ちゃんから聞いた話によると、この味が忘れられなくなって自らAランクからDまで降格したやつが過去にはいたのだとか。そいつは程なくして田舎に帰ったと言う。それは笑える冗談なのか?
次回、二段ベッドで男女のトーク。恐らく二章ラストです




