第31話 ▶ミッション・風呂ーチャート
あらすじ:ふろ
真津璃が言った通り、脱衣所では男たちの話し声が聞こえる。あと一分もしないうちにこちらに侵入してくるだろう。
「至近距離で見られたら終わりだ。動くぞ」
俺は小声で呟き、真津璃と共に湯船の奥へ。これで遠目にはバレないはず。やつがショートヘアなのがうまいこと作用した。
「俺が壁になるから、お前は極力肌の露出を抑えろ。もしもの時はこれで隠せ」
そう言って俺は、真っ白いタオルを真津璃の頭にちょこんと載せる。やつの火照った身体をじっと見ていると三秒でのぼせちまいそうだ。
いかん。今は煩悩を捨てて考えろ、この場を切り抜ける方法を!
ガラガラ。
「おーっ、なんだ結構広いじゃねえか。……って」
「おやおや。唯人氏に真津璃氏ではないですか」
入ってきたのは、ヤンキー君と小太りな男。坊主頭のジョーはすぐにわかったのだが、眼鏡が無いせいでゴシップとは一瞬判断がつかなかった。
真津璃が小声で「誰?」と言うので「情報屋だ」と返しておいた。
「き、奇遇じゃねえか。だけどよ、お前らが一緒に風呂入る中だとは思わなかったぜ」
「それはお互い様だろ、唯人。ゴシップはオレのルームメイトなんだから」
けろり、とジョーは当然のように吐き捨てる。知らなかった。そういえば、寮についてすぐの時、相部屋の男がどっか行っちまったとか言ってたっけ。たぶん、あの時点からゴシップの情報収集は始まっていたのだろう。
「それにしても、お二人はずいぶん仲良しなんですな。こんなに広い浴槽なのに端に固まっちゃって。……もしかして、小生たちお邪魔しちゃいましたかな?」
「ハハハ、そいつはすまねぇなお前ら! よっしゃ、大将。オレたちもさっさと身体洗っちまおうぜ」
くそっ、ヒヤヒヤさせやがる。二人が洗い場に向かうのを目で追いながら一息。雑談しながらやつらは身体を洗い始めた。
「オレぁやっぱ純真無垢な月尊ちゃんが一番だと思うわけよ。花歌さんの京都弁も捨てがたいけどなー!」
「ジョー氏は面食いですなぁ。小生は鳥子氏のキツい眼差しがたまりませんぞ。それと、風音氏」
「あー、あのちっちゃいのか。風音ちゃんは、あれだろ。すっげぇビクビクしてる藍色の……って全然タイプ違うじゃんか」
「それを決めつけるのはまだ尚早ですな。一見奥手に見えて、ああいう方ほど実はSの素質があったりするんですぞ」
「なるほど、つまり大将は女の子に攻められたいわけだ!」
「それが男のサガですぞ」
会話の内容は否が応でも耳に入ってくる。まあ、男同士の会話なんてこんなもんだろうから俺は気にしない。俺は、だが……。
「下賎」
ぶくぶくと湯船に浸かりながら目を細める真津璃。許してやってくれ、まさかやつらも女の子に聞かれてるとは思っていないだろうから。
「そんなことより、真津璃、これはチャンスだ。二人の会話が盛りあがっている今なら、ここから安全にエスケイプできるはず」
「そ、そうね……」
真津璃は覚悟を決めたように頷いた。こんな非常事態だってのに、女の子特有のいい匂いが鼻腔を突く。ああ、ちくしょう。馬鹿か俺は。さっきまで男だと思ってたやつにドキドキするとかあり得ねえだろ。心頭滅却、悪霊退散!
俺は少し腰を浮かせ、二人を視界に捉えたまま言う。
「あいつらが髪を洗い始めたら決行だ。失敗イコール死。滑らないように気をつけつつ全力で駆け抜けろ」
「わ、わかってるわよ……もし下賎なあいつらに見られたら、私は終わり。もうお嫁に行けない……」
「俺は見たけどな」
「ふんっ!」
真津璃の拳が背中にクリーンヒット。「ぐえっ」と情けない声が出る。飯食う前でよかったよ、本当に。
「あっ、おい見ろ! 二人が髪を洗いだしたぞ。行くぞ、真津璃」
「……はいはい」
ちゃぷん、と湯船からあがって忍び足で移動。一直線に扉を目指す。大丈夫、ジョーとゴシップはまだ猥談に夢中だ。俺もそれに混じりたいのを我慢しつつ、前へ前へ。あと三メートル! 何事もなくミッションクリアだ。そう確信した刹那。
「んんー? ご両人、もうあがっちゃうんですかな?」
ゴシップの顔が、ぐりんとこちらを向いていた。見られた。すーっと真津璃は手にしたタオルをフェードイン。
いや、ダメだわ。ごめん、真津璃。それ全然隠せてねえわ。いや、ゴシップの位置からは隠せているだろうけど……その、後ろについている俺には丸見えなんだよ、諸々な。
反射的に目を逸らしてゴシップを見据える。よし、これで興奮度が中和されたぞ。
真津璃とゴシップの睨めっこはいつまで続いていただろうか。
「どうしたんですかな?」
キョロキョロと辺りを見て首を傾げている。もはや考えている余地はねえな。
「お、おう! 先に失礼するぜ、二人とも!」
うーい、というジョーの声を背に俺は真津璃の手を引いて逃亡。脱衣所まで戻ってきた。
「ふううう……」
俺は扉にもたれかかり、安堵。どうにか無事に帰ってこられた。全身から変な汗が出っぱなしだったから涼しい風が心地いい。
タオルにくるまってしゃがみ込んでいる真津璃に声をかける。
「心配すんな。あいつはお前が女だとは気づいてねえよ」
「な、なんでそんなことが言えるのよっ」
体育座りをしながら、首だけこちらに向ける真津璃。やつが持っているのはバスタオルじゃなくてハンドタオルだ。きっと小さすぎて全身を隠せないことに気づいてしまったのだろう。で、動くに動けないと。
俺は自分のカゴからバスタオルを手に取り、うずくまった真津璃に手渡す。
「あいつ、普段から眼鏡かけてたろ。でも、今は風呂に入ってるから裸眼。あいつの視力次第だが、絶対見えてねえよ」
「そ、そう……?」
バスタオルで全身を覆いながら、ゆっくりと着替えを取りに行く真津璃。心なしか元気を取り戻したように見える。
……ただ、俺は知っている。ゴシップの掛けている眼鏡は『透紙眼鏡』というからくりだ。あれに度が入っているのか、もっと言えばあいつの元々の視力はいくつか。不確定な要素が多すぎるうえに、それを伝えても逆効果だろう。ここはあえて黙っておこう。
「……事情を訊かないの?」
「あ?」
バスローブに着替えた真津璃は、手櫛で髪を整えながら俺に問う。
「なんで女が男のふりをして潜入しているのか……気にならないの?」
「気になるに決まってんだろ。だが、それは月尊ちゃんの飯を食った後だ。寝る前にじっくり聞かせてもらうから覚悟しとけ」
荷物をまとめて脱衣所を後にする。正直、胸の高鳴りは食堂についてもまるで収まらなかった。
どきどき、どぎまぎ。
唯人はああ見えてわりとウブです。




