第33話 ▶桃神郷、最初の夜
あらすじ:夕食▶就寝
ちょっと遅めの夕食を食べ終えた俺たちは、入れ違いで食堂に来たジョーとゴシップに挨拶。外付けの階段を上って201号室の鍵を回した。
洗面所で歯を磨き、一息つこうにも冷蔵庫がないので、意味もなく鏡台の前の椅子に腰を下ろす。
「水は蛇口捻ったら飲めるからまだいいが、お菓子とか売ってねえのかな。小腹が空いた時どうするよ」
「馬鹿ね。ここは桃神郷の最底辺……Dランクの寮室よ? そんなもの置いてあるわけないでしょ」
息をするように罵倒し、真津璃は部屋のあらゆる引き出しを根こそぎチェックしている。この空間に何があって、何が無いのかを把握しておきたいのだそう。
やつはバスローブ姿で屈んでいるため、ただでさえ緩い胸元のガードがより薄くなる。いたたまれなくなって俺は目を逸らした。我ながら小心者である。
なんとか場を持たすため、俺は出し抜けに言葉を発する。
「そう言えばお前、今日だけでキビダンゴ何枚手に入れたんだ?」
俺は机に突っ伏しながら訊いてみた。やつは振り返らず淡々と口を開く。
「……37枚」
「さっ……」
初期枚数は10枚だが、真津璃は俺に5枚を渡したうえでのスタートだ。そこから一日中『決闘』していたとはいえ、37枚も稼げるものなのか。
「初めは苦労したわよ。ほら、船での一戦があったせいで、闘うにしてもみんな2、3枚くらいしか賭けてこない。こんなペースじゃダメだ、って思い直したから色々策を講じたわ。全賭け、模造刀縛り、フィールド選択権の譲渡……それでやっとこの枚数。他の生徒たちが何枚所持しているのかわからないから不安でしかないわ」
いや、たぶん真津璃は現時点では上位にいるはずだ。まだ初日である以上、手持ちの半数以上を賭けられるやつなんてひと握りだろう。今は様子見の時期……キビダンゴの移動もたかが知れている。その初日から40枚という大台を目前にしている真津璃は、やっぱりどこかおかしい。
「で、そう言うあんたは何枚なのよ」
「じゅ、12枚だよ。文句あるかこの野郎」
「思ったより健闘してるじゃない。ま、倍にして返してくれるのはまだまだ先の話になりそうだけどね」
こ、こいつ。見てろよいつか30倍で返してやる。
一人掛けの勉強机を漁っていた真津璃は感嘆の声をあげた。
「あったわよ、教科書一式と授業の概要。ほら」
「けっ、お勉強かよ。そんなもん、もっと見やすいところに置いとけよな」
山積みになっている教科書を何冊か手に取る。『桃道 ~刀の振り方』、『出題る! 一般知識1,500』、『心理に勝つ 入門編』……。
「ほら、大事そうな授業ばかりでしょ? あんたもちゃんと出席しなさいよね」
真津璃は切り揃えられた髪を掻きあげると、そんな説教じみたことを言ってきた。
あー……と俺は適当に返事を時間割表を見る。
「うわっ、朝八時から授業開始だと? こんなん寝過ごすに決まってるじゃねえか」
「馬鹿ね、お昼には終わるんだからまだ良心的でしょ。それに、ほら。午前中に得た知識を午後の『決闘』で活かせと言ってるようなもんじゃない。いくら成績に反映されないとはいえ、受けない理由が無いわ」
「んなこたわかってんだよ。良心的以前に、起きられる気がしねえんだっての」
「だーかーらー。寝過ごさないために、きっちり睡眠をとるんでしょうが。もうすぐ日付も変わるし、いい加減寝る……。――っ! ね、寝る準備をしなきゃでしょ。……夜、しっかり寝ることは、大事なんだから……」
喋っていて恥ずかしくなったのか、声が尻すぼみになる真津璃。さっきまでの威勢は影も形もなく、そこにいるのは純然たる年相応の女の子だった。
……くそっ。俺だって気にしないよう努めていたが、無理がある。一度沈黙が生まれてしまうと意識せざるを得ない。きっと、真津璃もこうなることを知っていたから、今までのように気丈な振る舞いをしていたのだろう。だが、とうとうこうなってしまった。
否が応でも理解する。女の子と、同じ部屋で、二人きりだということに。血の巡りが急速によくなるのを感じる。胸打つ鼓動を鎮めながら、俺はゆっくり腰をあげる。
「……ああ、お前の言う通りだよ、真津璃。今日は色々ありすぎてお互い疲れただろ。もう寝るか」
「え、ちょっ」
煩悩を無理やり振り払い、俺は二段ベッドのハシゴを上った。これ以上は本当によくない。理性の糸が切れそうな時はひと眠りして頭を冷やすのが一番だ。
俺は布団に潜り込んで、下にも聞こえるよう声を張って言う。
「電気消すぞ……いいな?」
「いや、消すもなにもスイッチは下にあるのよ。あんたこそ消して大丈夫なの……?」
「け、消しちまえ!」
俺の声に呼応するかのように、バツン、と明かりが消えた。
視界いっぱいに広がる闇。衣擦れの音だけが支配する二段ベッド。
じっと耐えながら目を閉じていると、瞑想状態にも似た浮遊感がやってくる。これで終わりだ。あと少しでこの余計な感情は霧となって消え失せる。……そう気を緩めた瞬間だった。
「……ねえ、唯人。まだ起きてる……?」
ああ、やめろやめろ。俺はこんな展開望んでいなかった。正直、まだ頭の整理がついていないんだ。桃神郷だの桃太郎だの。何がなんだかがわからないまま、俺は成り行きでこの場にいる。失った記憶を取り戻すため、足掻いている。これで次に目を覚ましたら全部夢だったなんてオチでも一向にかまわ……なくはないけど、とにかく!
これ以上俺を惑わさないでくれ。
「……寝てるんだったら好都合ね。こんなこと、あんまり面と面をあわせて言いたくないし。だから、今から私は自分を納得させるためだけに喋るわ」
俺は物音を立てないように布団をかぶり直す。
「私の両親が鬼に殺されたってのは、船で言ったわよね。だから私は桃神郷に来た。皆を守れるような強い桃太郎になるために。憎き鬼共をこの手で殲滅するために。でも、桃神郷に行けるのは男の人だけ。冗談じゃない。私は足掻いたわ。周りのみんなが高校で青春ってやつを送っている傍らで、ずっとずっと。性別を偽ったうえで臨んだ試験。それに合格した時はもう茫然としたものよ。喜び方を忘れていたのね」
枕に耳を押しつける。
「……まあ、ね。男の格好をしてまで入学したけど予想外のことだらけだったわ。ちっぽけなプライドを初戦からへし折られたり、寮がまさかの二人部屋だったり。だけどね、私は今、自分でもびっくりするくらい安心しているの。……たぶん、唯人が隣にいてくれたからだと思う。備然にボロボロにされた時、あんたは立ちあがってくれた。女だってバレた後も変わらず接してくれた。……って、私なに言ってんだか」
耳を澄ます。ハシゴが軋む音がした。
声が近づいてくる。
「……えっとね。つまるところ、私はもう一度こうしてお礼を言いたかったのよ」
先の見えない真っ暗闇の中で、真津璃は確かに呟いた。
「ありがと」
「……ん」
不覚。反射的に口の隙間から声が漏れた。きっとこいつは俺のいびきだ、そうに違いない。
桃神郷で明かした最初の夜は、さながら祭りのように短く、鮮やかだった。
二章完結です。女の子バレを境に、ようやく真津璃がヒロインっぽいムーブをするようになりました。
次章からは本格的に、生き残りをかけたゲームが始まります。なんか一章の終わりにも似たようなこと書いた気もしますが気のせいでしょう。




