第29話 ▶ランク制度に中指を
あらすじ:唯人、ゴシップとの『決闘』に勝利
ゴシップと別れてから、俺は一人で桃神郷をぶらついていた。アテがないのはもちろん、少しでも早くこの新しい環境に慣れておきたいのだ。情報の大切さは散々やつから教えられたからな。
そして、勝負を仕掛けることも忘れない。
「なあ、お前。暇なら俺と『決闘』しないか?」
「ああ? 誰に口聞いてんだ。オレ様はBランクでテメェはDランク。勝負してくださいだろ?」
「ボコす」
「ひっ」
拳を振りあげたら全力で逃げられた。本当にボコったら俺が退学になるのでやらない。けれど、常々実感する。このランク制度の恐ろしさを。
五分ほど歩くと、弱腰のチビとそれに突っかかる野郎を発見した。身体の大きさは一回りも違い、チビの方は完全に萎縮してしまっている。
「や、やめてください」
「オラオラ、いいだろう? 一回でいいからよ、俺っちと『決闘』しようじゃねえか」
「い、嫌です。知ってますよ、あなたAランクでしょう。Dランクの僕なんかがあなたと闘っても勝てるわけがない!」
ランクというシンプルな測り方……だからこそ、固定観念に囚われる。勝てるわけがないと、越えられない壁があるのだと。
まったくな。馬鹿馬鹿しいったらありゃしねえ。
「おい、オラオラ野郎。そんなヘボそうなやつより、俺の相手をしろよ」
「ほー、少しはマシそうなのが出てきたじゃねえか」
AだのDだのうるせえよ。そんな曖昧な尺度がなんだってんだ、結局みんな同じ船に乗ってやってきた同胞だ。どうして今さら怯える必要がある。
「『決闘』方法は『力』でいいな?」
「構わねえぜ、オラオラァ!」
逃げ回ってAランクになれるのなら苦労しない。だけど、この世は弱肉強食。食わねば誰かに食われるし、いつまで経っても好転など起こり得ない。
1枚でもキビダンゴを所持していれば、とりあえず退学だけは免れる。だが、それでいいのか。俺たちは、高ランクに媚びを売るために桃神郷に来たわけじゃない。成し遂げたいことがあるからこの場に立っているんだ。
そうだろう?
「ま、参った! お前の勇気に免じて、今日のところはこれくらいにしておいてやる。……ぐすん、痛えよう!」
……もっとも、俺の成したいことなんて独りよがりもいいところだ。記憶を取り戻すこと。なぜ、俺があの船に乗っていたのか。
こんなしょうもない動機しかない俺がなんとか頑張れるのは、やっぱり強いやつを目にしたからだろう。強いと言っても備然のことじゃない。
真津璃だ。
あいつは今も『決闘』に励んでいることだろう。一流の桃太郎として認めてもらうために。そして、家族のかたきを討つために。
「俺も頑張らなきゃな」
そう、桃神郷での生活はすでに幕を開けている。闘いはもう始まっているのだ。
▶▶▶
今さら気づいたことなのだが、スマホに慣れた現代人にとって時計が無いのは思いのほかストレスだった。
今は何時頃だ? 日はとっくに沈んでおり、辺りは薄闇色に染まっている。体感だと夜の九時くらいか。むろん、確証はない。寮に時計あったかなあ……。
「見えたぞ、ツクヨミ荘だ」
ともあれ。何度か道に迷いながらも、ようやく寮が見えてきた。帰ってきたのだ。
しかし、人工的な明かりが少ないせいで暗くてかなわない。……まあ、お陰で寮の光を見つけられたわけだけど。
だんだん大きくなるツクヨミ荘を見てホッとしていると、俺の近くで足音がした。俺と同じで今帰ってきたDランクの生徒だろうか。
目を凝らすと、泥だらけになった真津璃の姿があった。思わず俺はやつに駆け寄る。
「おい、どうした真津璃。そんなボロボロになって」
「……あ、ああ唯人か。いや、わた……僕は大丈夫。色々あってな」
色々って……。その一言で片付けてはダメだろう。足元はおぼつかないし、丈の長い服もあちこち砂まみれだ。
理由はなんとなくわかる。真津璃はきっと、備然対猫丸を見てからずっと、何十戦と闘いを重ねていたんだ。
きっと何時間も。強いやつらを相手取って。……俺は相手を見つけるのに手間取っていたらこんな時間になっちまったが。
「誰かにボコボコに負けた、って線はねえよな。お前に限ってそんなことはねえだろうし」
「ずいぶんと信頼されているようで」
真津璃はわずかに口角をあげた。
本当に大丈夫かよ。今にも倒れそうだったので、真津璃の肩を持って支えてやる。やつの身体がビクンと跳ねた。
「ば、馬鹿! なんのつもりだっ」
「ああ? そいつはこっちの台詞だよ。こちとら手助けしてやってんのに、なに怒ってんだ」
「不要だっ。僕はこのまま部屋に戻って眠る、頼むから邪魔をするな」
もう怒る気力もないのか。真津璃は俺の手を払うと、ふらふらと寮の方に向かう。
やつはただのルームメイト。言ってしまえば、敵だ。俺がここまで気を遣うのは変なのかもしれない。
だけど。
「真津璃、一旦部屋に戻るぞ。着替えを持ったらそのままひとっ風呂浴びようぜ」
「な、なあっ!?」
振り返って絶叫。いちいちいい反応してくれるな、こいつ。
真津璃はなぜか胸元を裾で隠しながらそっぽを向く。
「ぼ、僕は結構だ。夜中に一人でひっそり入るのがマイブームなんだよ」
「お前んとこの流行センスを疑うぞ」
「うるさいっ。大体、なんだって急に風呂なんだ……」
「なんでって、お前泥だらけじゃねえか。そのまま布団に入るわけにもいかねえだろ」
俺はポリポリと頬を掻く。
「……それに、たまには休息も必要だ。今日闘いっぱなしだったんだろ? 色々ありすぎて忘れてるかもだが、お前、備然にボコられたうえでそんだけ闘ったんだぜ。焦る理由もわかるが、ちょいと煮詰めすぎだ」
「……優しいこと言ってくれるじゃないか」
「ああ、俺は根っからの甘ちゃんだからな」
真津璃を追い抜いて足早に寮へ。ちょっと恥ずかしいので顔は伏せておく。
諦めの悪い俺に根負けしたようだ、真津璃も仕方ないという風に息を吐いた。
鍵を開けて部屋に入る。なんつーか、プライベートな空間ってのはこんなにも安心感を覚えるもんなんだな。
俺は居間に入ってすぐのクローゼットを指さす。
「この中に着替え一式が入っている。上の段に衣服、下の段に下着類を仕舞うっぽいから混同しないようにしなきゃだな」
「わ、わかった。気をつける」
真津璃はこくこくと鹿威しみたいに頷く。まあ、着替えを携えてさっさと行こうか。いざ浴場へ。
ところで、さっきから真津璃がうつむきがちに唇を噛んでいるのはなんなんだ?
前回のダウト・ジョーカー編を書ききって若干燃え尽き気味です。
そういう意味でも、次は大事な回なので気合い入れ直さないと……。




