第25話 ▶vs.情報屋ゴシップ
あらすじ:情報屋に絡まれた
「自覚してないって……何のことだよ? というかお前はなんなんだ」
「だから、情報屋でござるよ。情報屋のゴシップ、覚えておいてくだされ?」
ビシッと自分を指してキメ顔。こういう時ってどう対応するのが正解なんだろうね。
自称情報屋のゴシップは、指していた指をそのまま俺の方に向ける。
「吉良唯人、いや、唯人氏!」
「な、なんだよ」
急に接近するな。近いんだよ、いちいちの距離感がよ。
そもそもなんで俺の名前知ってんだ。こいつまで船の時のこと引っ張り出すんじゃねえだろうな。
「船での一戦、見させてもらいましたぞ」
お前もなのか。もうあの時の話はしたくないし、なんなら思い出したくもないんだよ。
すると、どうしたことか。ゴシップは空席になったベンチに座ると、細やかな拍手を俺に送った。
「……正直、驚きましたぞ。前半こそボロ雑巾のようにやられていましたが、そこから返す後半戦。あの備然氏が気を失うほどの猛攻でした。小生と同じDランクのはみ出し者とは思えぬ戦闘力……そして、野心でしたな」
めちゃくちゃよく見てるじゃねえか。なんなら、闘った本人よりも詳しいんじゃないか?
恥ずかしさを誤魔化すために、俺は無理やり話題を逸らす。
「お前もDランクなのか」
「ええ。小生、自分の気に入ったこと以外にはめっぽう弱い人間ですので」
その気持ちはわかる気がする。ああ、くそっ。妙なこと言われたら途端にゲームが恋しくなってきたじゃねえか。
ンンッとゴシップは咳払いをする。
「話を戻しましょうぞ。唯人氏、あなたが『決闘』を申し込んでも断られる理由……それは、先ほど触れた豹変性ですな。序盤に圧倒していても突然力関係が逆転されたらさぞ怖いでしょう。あの狂乱にも似た状態のあなたを、皆さんは恐れているのです。人間、未知ほど怖いものはないですからな」
ううむ。何気なく藪をつついたら、中から蛇が出てきたようなものか。そりゃ、みんな避けて通るわな。俺だって避けたい。
「そんなわけで、唯人氏。あなたとの『決闘』に応じる人間といえば、大きく分けて二パターンに絞られますぞ。あなたの内なる強さを知らずに近づく馬鹿者か、知っててなお近づく馬鹿者ですな」
そう言って、ゴシップは丸眼鏡を光らせる。
おいおい、それってつまり。
「……お前、俺と闘ってくれるのか?」
「闘ってあげるのではありません。小生は打算的な人間であり、慈善事業家ではありませんからな。当然、賭けるものは賭けてもらいますぞ」
俺好みの答えだ。打算? エゴ? 結構なことじゃねえか。あなたに損はさせません! と安っぽい笑顔を貼り付けられるより、よっぽど信頼できる。
「で、ゴシップ。お前は何枚賭けるつもりだ?」
俺は口角をあげ、腰元の巾着袋をはたく。10枚とか言ってくれるなよ? 真津璃から借りなきゃならなくなっちまう。
ところが、ゴシップが出した答えは予想外のものだった。
「小生、別にキビダンゴが欲しいわけではないのです。こちらが要求するものはただ一つ……あなたに関する情報ですぞ!」
「俺の?」
反射的に言葉を反芻するが、どうにも要領を得ない。個人情報とかなら悪用されそうでめっちゃ怖いんだが。
俺は冗談半分でゴシップの顔を見下ろす。
やつが掛ける丸眼鏡……その奥では、めらめらと執念の炎が静かに音を立てていた。
「唯人氏。小生の取り柄は情報収集力。あの船にいた方々のことは、乗船前にあらかじめ調べておりました。プライベートに足を突っ込むのは悪いと思っているのですが……なんて言い訳をするつもりはありません。小生のやっていることは世間一般で言えば悪でしょうからな」
ふふん、と自嘲めいた笑みをこぼし、ゴシップは言葉を続ける。
「と、まあ、そんなわけで。自分を除く99人のことを軽く調べていたのですが、どうにも情報を掴めない人間が数名おりましてね。そのうちの一人が、唯人氏。あなたです。フーアーユー? なんて無粋な質問はしませんぞ。情報が持つ価値の重さは、小生、よーく理解しているつもりですからな」
んん、なんか話が飛躍していないか。
俺の情報って言われても、こちとら普通の高校生だぞ。しかも船に乗るまでの過程はすっぱり記憶を失っている。むしろこっちが色々教えて欲しいくらいだ。
しかし、今の俺は相手を選り好みできる身分じゃない。
「お前の主張は大体理解した。いいぜ、ゴシップ。それで『決闘』といこうじゃねえか」
「うむ、そう来なくてはな! 情報屋の名に懸けて負けませんぞっ」
ベンチから立ち、気合十分のミスターゴシップ。たるんだ腹も少し引き締まって見えるぞ。
なに、勝てばいいのだ。もし仮に負けたとしても、何も覚えていないと白状すれば済む話。嘘は吐いていないのだから問題ないはずだ。
「……で、『決闘』するにしてもよ。どのジャンルを選ぶかだよなあ」
喧嘩か知識か、読み合いか。
もちろん俺としては『力』が一番ありがたいのだが。
「そうですなあ。さしずめ、唯人氏の得意分野は『力』。小生にとって一番マシなのが『智』なので……どうです。ここは間をとって『心』というのは」
「単なる消去法な気もするが、まあ、俺はそれで構わねえぜ。『心』って何するのかいまいち理解してねえけども」
そうと決まれば、とゴシップは手を打ってどこかへ歩き出す。
「時に、唯人氏。トランプか将棋かボードゲーム……まあ他にもあるのですが、その中ではどれが得意ですかな?」
「いきなり何の真似だよ」
「この辺りに存在する『心』のフィールドですな。まだ完全には把握しておりませんが、さっき言った三つくらいならご案内できますぞ」
さすが、情報屋の名は伊達じゃないな。この短時間でどうやってそこまでの情報を手に入れたのやら。
今思えば、猫丸が雑学フィールドの存在を知っていたのも、こいつから聞いていたからだろう。
「で、その情報はいくらだ?」
ゴシップは盛大に吹き出した。
こいつがキビダンゴに執着しない理由がなんとなくわかった気がする。
愉快な仲間がふえました。




