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▶桃神の郷  作者: 三坂いおり
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103/186

第103話 ▶かつての英雄

 戦いのさなか、突如として山を下り始めた備然。迫り来るトロアの追撃から逃がれつつ、拓郎は全力でその背を追う。


「おい待て備然、どこに行くんだ! 僕にもちゃんと説明しろっ!」

「マドモアゼル……」

「ええ!?」

「マドモアゼルがピンチなんだ。助けに行くしかないだろうがっ」


 血相を変えて備然が振り向いた。

 さて。拓郎は両足と頭を必死に動かす。後方から飛んでくる三度目のエネルギー弾をかわしたところで、解読成功。彼はようやく口を開いた。


「マドモアゼル、って。花歌さんがピンチだということか?! ううむ。確かに鬼の襲撃以降姿が見えなかったが……」

「拓郎、お前の目は節穴か。マドモアゼルはいま山を下りている。弩級からくりを持っていただろうが」


 当然のことのように吐き捨てる備然。もっぱら戦闘に心血を注いでいたため、拓郎はろくにその現場を見ていない。備然はそこまで意識を割く余裕があったのか、と彼は思わず感心する。花歌が絡むと文字通り人が変わる備然だが、それを補うだけの実力は有しているのだ。


(……ところで、なぜ備然は花歌さんのピンチを察知できたのだろう)

 拓郎の脳裏にふとそんな考えがよぎったが、どうせろくな回答が返ってこないだろうと思い、やめた。


「とにかく。そうと言うなら急ごうじゃないか、備然」

「無論だ。それに、妙な胸騒ぎもするしな」


 胸騒ぎ。

 拓郎は備然の発した言葉を反芻する。それが皮肉にも的中してしまうことを、彼らはまだ知らない。


 ▶▶▶


 備然たちが、山を下り始めて少しした頃。


「……みんな行ったかのう」

 アンジュ、ビドゥ、トロア。そして彼らを相手取るために向かった桃太郎たち。今の今まで戦禍に呑まれていた決戦のフィールドが、一瞬にして静けさを取り戻した。そこには毒矢もエネルギー弾も飛び交っていない。平和そのものであった。


 周囲が安全であることを確認したからくりマスターは、岩陰からひょっこりと姿を現した。無人の観客席。乱雑に倒されたマイクスタンド。彼の心中は、決して穏やかなものではなかった。


「……語り手(ストーリーテラー)よ。やはり、ワシも戦いに」

「やめてください。忘れたのですか? 今、あなたはからくりの力で生きながらえているのです。あの時の力も武器(からくり)もありませんし、なにより、無茶をすれば取り返しがつきません」


 同じ岩陰から追って語り手も身を乗り出す。その語調は極めて強く、彼と長年過ごしてきたマスターすらすぐに言葉を返せなかった。


 それが嫌になって、彼は砂利をぐりぐりと踏みにじった。

「嫌になるわい。桃神郷の危機だと言うのに、ワシら年寄りは指をくわえて見ていることしかできない……!」

「最善は尽くしました。今は、『王ノ主玉』が到着するのを待ちましょう」


 未来ある若者らが下りていった方に視線を移し、かつての英雄はぐっと唇を噛んだ。

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