第103話 ▶かつての英雄
戦いのさなか、突如として山を下り始めた備然。迫り来るトロアの追撃から逃がれつつ、拓郎は全力でその背を追う。
「おい待て備然、どこに行くんだ! 僕にもちゃんと説明しろっ!」
「マドモアゼル……」
「ええ!?」
「マドモアゼルがピンチなんだ。助けに行くしかないだろうがっ」
血相を変えて備然が振り向いた。
さて。拓郎は両足と頭を必死に動かす。後方から飛んでくる三度目のエネルギー弾をかわしたところで、解読成功。彼はようやく口を開いた。
「マドモアゼル、って。花歌さんがピンチだということか?! ううむ。確かに鬼の襲撃以降姿が見えなかったが……」
「拓郎、お前の目は節穴か。マドモアゼルはいま山を下りている。弩級からくりを持っていただろうが」
当然のことのように吐き捨てる備然。もっぱら戦闘に心血を注いでいたため、拓郎はろくにその現場を見ていない。備然はそこまで意識を割く余裕があったのか、と彼は思わず感心する。花歌が絡むと文字通り人が変わる備然だが、それを補うだけの実力は有しているのだ。
(……ところで、なぜ備然は花歌さんのピンチを察知できたのだろう)
拓郎の脳裏にふとそんな考えがよぎったが、どうせろくな回答が返ってこないだろうと思い、やめた。
「とにかく。そうと言うなら急ごうじゃないか、備然」
「無論だ。それに、妙な胸騒ぎもするしな」
胸騒ぎ。
拓郎は備然の発した言葉を反芻する。それが皮肉にも的中してしまうことを、彼らはまだ知らない。
▶▶▶
備然たちが、山を下り始めて少しした頃。
「……みんな行ったかのう」
アンジュ、ビドゥ、トロア。そして彼らを相手取るために向かった桃太郎たち。今の今まで戦禍に呑まれていた決戦のフィールドが、一瞬にして静けさを取り戻した。そこには毒矢もエネルギー弾も飛び交っていない。平和そのものであった。
周囲が安全であることを確認したからくりマスターは、岩陰からひょっこりと姿を現した。無人の観客席。乱雑に倒されたマイクスタンド。彼の心中は、決して穏やかなものではなかった。
「……語り手よ。やはり、ワシも戦いに」
「やめてください。忘れたのですか? 今、あなたはからくりの力で生きながらえているのです。あの時の力も武器もありませんし、なにより、無茶をすれば取り返しがつきません」
同じ岩陰から追って語り手も身を乗り出す。その語調は極めて強く、彼と長年過ごしてきたマスターすらすぐに言葉を返せなかった。
それが嫌になって、彼は砂利をぐりぐりと踏みにじった。
「嫌になるわい。桃神郷の危機だと言うのに、ワシら年寄りは指をくわえて見ていることしかできない……!」
「最善は尽くしました。今は、『王ノ主玉』が到着するのを待ちましょう」
未来ある若者らが下りていった方に視線を移し、かつての英雄はぐっと唇を噛んだ。




