第100話 ▶ダァト
ジョーたち観客組が『王ノ主玉』を取りに下山している頃、山の中腹に佇むフィールドは戦いの渦に呑まれていた。
「ビドゥ! なんとしても唯人を取り返すのよ!」
「わーってるよ、行くぜお嬢さん!」
金髪少女アンジュと、筋肉自慢のビドゥ。
二人の鬼が手を組んだ。目的は、唯人の奪還。
本来、三連星からすれば唯人の動向などどうでもよかった。彼らにとっての勝利条件は一つ。対抗戦で疲弊した桃神郷の戦力を、根こそぎ滅ぼすことである。
唯人の安否など眼中になかったのだ。
少なくとも、ビドゥとトロアにとっては。
「そこの着物女! 今すぐアタシにダァトを渡せぇっ!」
しかし、恋する乙女はひた走る。障害と認識したものをすべて壊さんとする勢いで。
そのただならぬ執念を前に、月尊は必死の逃走を図る。
「なっ、なんで! あの鬼は、なんでここまで唯人さんに執着するんですかっ?!」
「余計なこと考えてる場合じゃねえぞ」
『マッスルスーツ』を着用した醍醐は、月尊の小柄な身体をひょいと担ぎあげる。わ、わ、と月尊は唯人が落ちないよう必死に抱きとめた。
真津璃と天地を引き連れながら、醍醐はフィールドを後にする。
「一旦退くぞ。……おい真津璃、お前の『智』で何とかしやがれっ」
「なんとかって。くっ、今考えている!」
真津璃は乱雑に吐き捨てると、自身の頭に拳を立てた。考えろ。ダメ元でも、私がなんとかするんだ。
「ッ……!」
彼女の頬に熱い閃光が走る。後方から銃弾が飛んできたのだ。
「逃げられるとでも思ってんの? アタシからダァトを奪ったんだ、アンタらには死すら生ぬるいわっ!」
追いかけるアンジュの手には二丁拳銃。あえて急所を外し、真津璃たちの肩、脇腹、ふくらはぎを掠めるように撃ち続ける。
ぎらりと光る赤い目は、狩りを愉しむ者のそれだった。
なおも全力疾走をしながら真津璃は隣に視線を向ける。
「醍醐、『閉塞纏衣』はまだ持っているか?」
「あ、ああ。着ると姿が見えなくなるやつだろ? ポケットにあるはずだ」
担がれた月尊は手を伸ばし、醍醐のポケットからシーツのような薄い布を取り出した。
「真津璃さん、これをどうするんですか?」
「唯人に被せて……どこか遠くに放り投げるんだ」
ハァッ? とその場にいる全員から抗議があがる。天地は露骨に眉を潜めた。
「驚天動地! 気でも狂ったか、真津璃。確かにそうすれば唯人は姿を隠せるだろう。だが、鬼とて馬鹿ではあるまい。投げる動作を見られていれば一発でアウトだ」
「それに、鬼はからくりの存在を知っています。も、もしかしたら私たち以上に……」
真津璃は悔しそうに唇を噛む。わかっている。こんなものでは応急処置にさえならないことも。だけど、葛藤している間にも鬼は迫ってくる。
やるしかないのだ。
「くっ……!」
真津璃が歯を軋ませたその時。
彼女たちの前方……フィールドのアウトラインに着物姿の美女が見えた。
「あ、あれって……」
月尊は『閉塞纏衣』を握りしめる。若草色の布地を身に纏い、艶やかなたたずまいからは周囲を魅了する空気を放つ。
「花歌お姉ちゃん!」
「あんたら、よー頑張った。お姉ちゃんからご褒美やで!」
近づいてくる花歌の顔には、含みもニヒルも一切ない純粋な笑みが宿っていた。
掲げられた華奢な右腕。手中のそれがわずかに光ると、真津璃たちの後方にドーム状のバリアが現れた。
それを見るや、アンジュは舌打ちして二丁拳銃をスカートの中に引っ込めた。やれやれ、と言ったふうにビドゥも足を止める。
鬼ごっこはバリアによって終結した。
「あの女、面倒なものを取ってくれたわね!」
「『ゲニウスの守護神』や、覚えとき。これはランク対抗戦の優勝チームに贈られる……弩級からくりや」
花歌は塵でも見るかのような視線で、二人の鬼を見下した。
両者を阻むのは不可視の壁。されど、その狭間にはどれほど強力な金庫より、強固な牙城が築かれていた。
「……さ、鬼どものアホ面眺めながら作戦会議するで。議題は──吉良唯人の処遇についてや」
どうにかこうにか100話です。主人公が一言も発さないどころか未だ昏睡していますが、100話です。早いものですね。
200話も続かないとは思いますが、何卒もう暫くお付き合い下さいませ。




