表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《完結》幻影の天秤は傾かない〜無能な入り婿として妻に尽くしましたが、恩返しは終わったので真の姿に戻ります〜  作者: ひより那


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/13

第10話 動き出す影と狂信の教団

 ガルディア帝国の絢爛なる白亜の宮殿は、今や完全に『幻影の天秤』の新たな本拠地として接収されていた。かつて皇帝が威を張っていた玉座の間。ゼーレンは玉座に深く腰掛け、宝物庫から持ち出された膨大な帳簿や機密書類の束に、退屈そうに目を通していた。


「――以上が、我が帝国が過去数年にわたり、『冥星教団』に対して秘密裏に行っていた資金援助と、魔導具の供与記録のすべてでございます」


 玉座の前で恭しく頭を垂れ、澱みなく報告を行っているのは、帝国の第一皇女アウローラであった。

 彼女の記憶力と、帝国の中枢にいたからこそ知り得る裏の情報の数々は、教団の尻尾を掴む上で極めて有用に機能していた。


「ご苦労様、アウローラ。貴女の神託とやらは、過去の帳簿の隠し場所まで正確に見通せるというわけですか」


 ゼーレンの隣に立つ第一王女エレオノーラが、扇で口元を隠しながらチクリと棘のある言葉を投げる。


「いいえ、エレオノーラ様。神託は未来の断片を示すのみ。これらの記録は、私がいつか愚かな父を玉座から引きずり下ろし、真の絶対者へ献上するために、独自に密偵を放って集めさせていたものに過ぎませんわ」


 アウローラは顔を上げず、平伏したまま冷ややかに微笑み返す。

 国政の表と裏を掌握するエルディスの次期女王と、狂信によって国を売り渡した神託の皇女。二人の才女の間には、ゼーレンの隣――あるいは足元――を巡る、氷のように冷たく静かな火花が散っていた。


「……無駄口を叩いている暇があるなら、次を報告しろ」


 ゼーレンの低く冷徹な声が響くと、二人の女性は一瞬にして押し黙り、深く首を垂れた。


「はっ。申し訳ございません、我が主よ」


 アウローラが再び書類を手に取り、透き通るような声で報告を続ける。


「これらの資金の流れと、教団独自の特殊な魔力マナの痕跡を、私の神託の力と天秤の暗殺者たちの調査によって照合いたしました。結果、現在彼らが潜伏している最大規模の拠点は、大陸の西果て、険しい山脈に囲まれた『忘却の谷』にある巨大な地下神殿であると断定いたしました」

「忘却の谷か。結界や防衛戦力は」

「表向きは古代遺跡を装っており、強力な認識阻害の結界が何重にも張られています。内部には、教団の狂信者たちが数千。そして、帝国が供与した資金と禁忌の魔術を掛け合わせて生み出したとされる、多数の合成魔獣キメラが配置されているとのことです」

「……なるほど。私に盛った呪毒だけでは飽き足らず、禁忌の魔獣遊びまで手を広げていたか」


 ゼーレンは報告書を玉座の脇へ放り投げ、ゆっくりと立ち上がった。

 その漆黒の瞳には、かつて己を死の淵まで追いやった者たちへの、底冷えするような明確な殺意が宿っていた。


「出立の準備をしろ。天秤の精鋭たちを『忘却の谷』へ転移させる」

「ゼーレン様、自ら赴かれるのですか?」


 エレオノーラの問いに、ゼーレンは外套を翻し、振り返ることなく答えた。


「ああ。私の命を天秤に乗せようとした愚か者たちには、この手で直接、絶望の重さを教えてやらねばならないからな」



 その頃。大陸の西の果て、忘却の谷の地下深く。『冥星教団』の本拠地である巨大な地下神殿は、恐怖と焦燥が入り混じった異様な熱気に包まれていた。教団の幹部たちが円卓を囲み、顔を蒼白にして口々に怒鳴り合っている。


「どういうことだ! ガルディア帝国が滅びただと!? あそこは我々の最大の資金源にして、最強の盾だったはずだぞ!」

「たった一日だ! 三十万の正規軍が跡形もなく消え去り、絶対聖域の結界が粉砕されたと報告があった! 帝国の皇帝もすでに首を刎ねられ、帝都は完全に『幻影の天秤』の支配下に置かれた!」


 教団の長である司祭が、震える手で頭を抱え込んだ。


「幻影の天秤……裏社会の覇権を争っていた新興の組織。数年前、帝国の依頼で、我々が奴らの盟主を呪毒で暗殺したはずだ。あれほどの猛毒、生きていられるはずが……!」

「だが、事実として奴らは生きている! しかも、帝国を一日で滅ぼすほどの規格外の化け物となって、我々に牙を剥こうとしているのだ!」


 幹部の一人が机を叩き、血走った目で周囲を睨みつけた。


「このままでは、我々も奴らに見つかり、帝国と同じ運命を辿ることになるぞ! すぐに拠点を放棄して散るべきだ!」

「馬鹿なことを言うな! 我々には教団の悲願である、神殺しの計画があるのだぞ!」


 別の幹部が唾を飛ばして反論する。


「それに、我々には帝国から巻き上げた莫大な資金と素材で作った、最高傑作の合成魔獣キメラがいる! 奴らがどれほどの力を持っていようと、この神殿の結界と魔獣の軍団を突破することなど絶対に不可能だ! 奴らが現れたなら、今度こそこの手で完全に息の根を止めてやるわ!」


 狂信と恐怖が入り混じった激論が続く中。


 ――ピシッ 神殿の天井付近から、微かな亀裂音が響いた。


「……ん? 何の音だ?」


 司祭が顔を上げた、その瞬間だった。


 ――ズガァァァァァァァンッ!! 落雷のような凄まじい轟音と共に、地下神殿の堅牢な天井が、まるで薄い紙切れのように完全に吹き飛ばされた。

 何重にも張り巡らされていたはずの認識阻害の結界も、物理的な防御陣も、すべてが一瞬にして粉々に砕け散ったのだ。


「なっ……!? 何事だァァッ!」


 土煙と瓦礫が降り注ぐ中、教団の幹部たちは悲鳴を上げてその場にへたり込んだ。

 ぽっかりと開いた天井の穴。そこから見下ろす夜空を背景に、無数の黒い影が宙を舞っていた。


「見つけたぞ、冥星のネズミ共」


 静寂を切り裂く、氷のように冷酷な声。瓦礫の山の上に、夜の闇をそのまま切り取ったような漆黒の外套を纏う男が、音もなく降り立った。


 ゼーレン。数年前、彼らが確実に殺したはずの男が、今、死神となって彼らの目の前に立っている。


「き、貴様ぁっ! 幻影の天秤の……盟主ッ!」


 司祭が恐怖に顔を引きつらせながら、震える指でゼーレンを指差した。


「なぜだ! なぜ我々の結界をいとも容易く……! それに、あの呪毒を受けてなぜ生きて……!」

「聞く耳は持たないと言ったはずだ。死人に弁明の時間は与えられない」


 ゼーレンが右腕を軽く持ち上げると、開いた天井の穴から、一万を超える『幻影の天秤』の精鋭たちが、黒い雨のように神殿の内部へと雪崩れ込んできた。


「ひっ! む、迎撃しろォォッ! 合成魔獣をすべて解き放て! 奴らを一匹も生かして帰すなァァッ!」


 司祭の絶叫に応じ、神殿の奥深くから、耳を劈くようなおぞましい獣の咆哮が響き渡った。

 ライオンの頭、蛇の尾、猛禽の翼。複数の魔物の部位を強引に繋ぎ合わせた、おぞましい姿の合成魔獣キメラたちが、次々と暗闇から姿を現す。

 その数は数百。一体一体が、かつてルクレツィアが討伐した地竜アース・ドラゴンに匹敵するほどの魔力マナを放っていた。


「ハハハハッ! 見たか! これぞ我らの研究の結晶! 貴様らがどれほど数で勝っていようと、この魔獣の群れの前ではただの肉塊に過ぎんわ!」


 恐怖を狂気で上書きした幹部たちが、高笑いを上げる。しかし、ゼーレンの表情は一切変わらなかった。ただ、底なしの深淵を思わせる冷酷な瞳で、迫り来る魔獣の群れを見据えているだけだった。


「……ガラクタの寄せ集めか」


 ゼーレンは静かに息を吐き出すと、ゆっくりと右足を踏み出した。


「教えてやろう。本物の絶望というものが、いかに静かで、そして無慈悲なものかを」


 その一歩が、冥星教団にとっての、完全なる滅亡へのカウントダウンであった。

 世界を裏から操っていた狂信者たちに対する、絶対的な覇王による真の蹂躙が、今まさに血塗られた幕を開けようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ