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20.エクーテ独立戦争

 荒波や渦潮に囲まれたミット大陸において、外界の世界は冒険と空想の対象だった。

 900年頃、ルガルデ公国においていくつかの公開技術の進歩によって遠出が可能になると、ほどなく新大陸が発見された。


 新大陸は、発見者の名にちなんでファブル大陸と命名された。

 発見された当初は、ルガルデ公国が資源産出に利用する植民地として擁立すべく、公人も私人も次々に上陸していった。

 しかし、ミット大陸では長らく目にすることの出来なくなっていた神秘的な魔法現象がいくつも残存していることが次々と発覚し、新大陸の幻想的な魅力はいくつもの尾ひれをつけながらルガルデ公国、そしてディール王国へと広がっていった。


 割合穏やかな交易が数年の間は続いたが、二つの大陸を隔てる、海より決定的な違いが事態を動かす。

 いわゆる精霊主義である。

 ファブル大陸の先住者達は、すべての生き物には平等に精霊が宿っている、という信仰をもっていた。


 これは、ミット大陸で広く信じられているセルクル教と一線を画すものだった。

 ディール王国では天派、ルガルデ公国では地派という宗派の違いこそあれど、両派に共通する「王権は神によって授けられた絶対的な特権である」という思想は極めて重要だった。

 この「王権神授」の考え方は、人の身分は生まれながらにして定められているという「封建主義」の根幹そのものであり、これを否定する思想は権力者たちにとって脅威の種であった。


 また、ディール・ルガルデ間の国境を巡る小競り合いに辟易していた人々が新天地に移植し始めたことも、権力者たちの焦燥を煽った。

 人口の流出に危機感を覚えたルガルデ公国は、ファブル大陸への移住に対して様々な圧力をかけたが、人民の決意は固く、歯止めとはならなかった。


 次第に、精霊主義に感化された知識人たちが封建主義そのものに疑義を訴え始め、市民の間に自由を目指す啓蒙思想を広めていく。


 そして、975年、ついにファブル新大陸において、エクーテ合衆国の独立が宣言された。


 これに対するルガルデ公国の反応は激しく、公人でありながらエクーテの独立に寄与したものに対しては賞金がかけられ、私人による捕縛や殺人が推奨されるという混乱を引き起こした。

 エクーテ合衆国内の結束は固かったが、頑として独立を認めないルガルデ公国は大規模な軍再編を実行し、大軍を挙げて海を渡った。


 その一方で、後顧の憂いを絶つべく、大公の直系に位置する才媛チュルクワーズをディール王国へと嫁がせる。

 これにより、ルガルデはエクーテへの制圧戦に注力できるかに思われた。


 ところが、ルガルデの計略を大いに狂わせた人物がいる。

 チュルクワーズである。

 彼女は国王である夫を説き伏せ、ディール王国をエクーテ側として参戦させる。

 彼女がなぜ、自国に弓引く決断をしたのかは、歴史家たちの間でも論が分かれる。

 一説によれば、大公家の直系にありながら政争のいち道具として扱われたことに対する反発だとされ、また別の説では夫クワルツ六世に心奪われ、心身をディール王国に捧げたためだとされるが、真相は歴史の影に消えたままである。


 かくしてルガルデ対エクーテ・ディール連合という構図が出来上がる。


 戦争は長期化したが、その決定打となったのはラシーネの戦いと呼ばれる一戦である。


 981年、ラシーネという町の近郊が戦場となり、両軍が激しく衝突した。

 この戦いにおいて特に活躍が目覚ましかったと伝えられるのは、ディール王国軍から派遣されていた『金獅子』リオン率いる一団である。

 戦場が平野であったことから、両軍は銃撃戦を想定して軍を展開した。

 そんな中、リオンの部隊は現地住民たちの協力を得て牛馬を大量に確保し、宣戦を横に広げた。

 寡兵だったルガルデ軍は慌てて布陣を伸ばしたが、見慣れぬ牛馬の大群とそれにまばらに跨っている騎兵たちに奇襲され、戦いはあっという間に乱戦になった。

 リオンの部隊はディール王国の中でも特に剣腕に優れた者が揃っていたことから、接近戦でルガルデ軍を圧倒し、驚異的な速度で殲滅していったという。


 こうして大敗を喫したルガルデ軍は各地でも敗走が続き、本国からの支援も滞り始めた。


 かくしてルガルデ公国軍は戦線の維持が難しくなり、983年、ついにルガルデ公国はエクーテ合衆国の停戦の申し入れを受け入れた。

 第三国であるディール王国の首都レゾンにて調印式が執り行われ、正式にエクーテ合衆国が建った。


 『エクーテ独立戦争』と呼ばれるこの長期の戦争は、エクーテにとっては自由と独立を勝ち取った栄光の歴史となったが、他二国にとっては全く別の意味をもっていた。


 まず、敗残側に回ったルガルデ公国では、みすみす植民地を逃した軍や政治家への不満が渦巻き、内憂を強めた。元老院は一時的に承認への減税を発表するなどの策を講じたが、故国を見限ってエクーテ、あるいはディールに亡命する者が後を絶たなかった。


 一方、同盟軍として血を流したはずのディール王国もまた、勝利の美酒を味わうには至らなかった。


 まず、膨大な戦費が重くのしかかった。

 遠く海を渡り人員や武器を動員したことで、費用は膨れ上がり、戦後の国庫は空になったと記録されている。


 さらに、エクーテに派遣されていた兵士、商人、職人たちが、そのまま向こうに移住するという事態が頻発した。これは単純な人口減少だけでなく、優秀な人材が流出するという国力低下の危機をも招いた。


 同時に、ルガルデを脱したもののエクーテに渡るには至らなかった天派の民らが、難民としてディール王国を頼ったため、国境付近を中心に治安は悪化の一途をたどる。


 当然、国王らはエクーテ側に参戦の見返りを求めて使者を贈ったが、自国再建に注力したいエクーテは関税を緩和するのみに留まる。


 こうして、与えた以上の還元を得るどころか、国家存亡の危機と言えるほどの窮乏を招いたディール王国は、重大な経済不振に陥った上で、988年の飢饉の打撃を食らうことになるのである。

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