19.ゲパール
仕える大司教様と悩める信徒を見送って、ゲパールはその夜の任を解かれた。
彼女がこれからどうなるのか興味はあったが、やれやれと首を振ってそれを絶つ。
おおよそ、コションに連れられていき、別の場所で同じようなことを求められるのだ。
好色なあの聖職者は、気に入った娘に対しては飽きるまで『相談』に応じてやる。
それどころか、女の側が相談を求めなくなっても、大司教の権限でそれを許さない。
彼女が父無き子を宿すか、大司教が次の信徒を見つけるか、あるいは何か大きな出来事が起きない限り、変化はないだろう。
だが、少なくとも彼女が経済的に困らないのは確かだ。
それだけで、窮乏し続ける市民達よりはましなのだろう。
「ゲパール」
ふいに声をかけられて、若い軍人は足を止めた。
「リオン……様。そうか、今日は貴族として列席なさっていたのですね」
「様はよしてくれ。それで、ああ、どうしてもと言われてな。だが、経緯はどうあれ、俺たちは同僚だ。階級も一緒。エクーテのときのように、呼び捨てにして構わないし、敬語はよしてくれ」
それじゃあ、とゲパールは頭を掻く。
「わざわざ呼び止めたってことは、お小言かな」
ゲパールがおどけて言うと、リオンはふっと笑った。
「いや、二度、三度訓練に出ていなかったからと言って咎めるつもりはない。共に死線を潜り抜けてきた仲だ、その実力のほどはよく分かっている。ただ……」
「ただ?」
「……お前が訓練を抜けたときに、教会の遣いがきてのことだと聞いてな。上層民と、何かかかわりがあるのか」
ああ……とゲパールは言いながら、思考を巡らした。
「大司教のコション様と、ちょっとな」
「……最高権威と?」
リオンが眉を顰める。
それはそうだろうな、とゲパールは心中で頷く。
対して高くない階級の軍人が、上層民、さらにその最高位にある人間とかかわりを持つ接点など、普通はありはしない。
「ご存じのとおり、俺は手癖が悪くて、あちこちの女に顔が利いてな。そのうちの一人が、どうもコション様に懺悔をしたらしくて、ちょいと呼ばれたのさ。お前さんの心配しているような、上層民から睨まれるようなことはありゃしないさ」
ゲパールは、リオンをじっと見た。
どこまで信じていいものか、図りかねているようだった。
それはまさにゲパールが狙った通りの反応だった。
九つの嘘があったとしても、一つの真実が混ざれば、見分けはつかなくなる。
「その懺悔の内容とは、何か、お前にとって都合が悪い内容か?」
「俺にとって、か。それとも、軍にとって、か」
ゲパールが笑うと、リオンも笑った。
「両方だ。俺にとっては、同僚であるお前も、軍の名誉も、どちらも重要だからな」
感謝を口先から発しつつ、ゲパールは内心では舌打ちを打っていた。
意欲がなくても祭り上げてもらえる、名門貴族の跡取りの言葉は、自分には響かない。
「不名誉なことは何もないさ。単純に、よくない界隈の女が、よくない界隈の連中とゴタゴタして、俺の名前を出した。そして、軍人として介入するつもりはあるか、と大司教が聞いてきたってわけよ」
「なんと答えた?」
「そりゃ、街のなんのかんのは、市警の仕事だから、と答えたさ。市警は市警で治安維持に躍起になってんだし、軍が動くと連中は面白くないだろうからな。それに、実際、ほら、なんつったっけ……」
ゲパールの言葉を、リオンが継ぐ。
「レンヌ、か」
「そうそう、生真面目な市警殿な。いつだったか軍部にかみついてきたこともあっただろ。そのあたりのことも重々承知の上で、ちゃんと答えてあるさ」
そうか、と言いながら数度小さく頷き、リオンは口を閉ざした。
「隊長殿は大変だな。まあ、お前さんの苦労は今になっての話じゃないが」
ゲパールの言葉に、リオンがハッとなって苦笑する。
「エクーテのときの苦労とは、質が違うさ。あの頃はいかにして勝つか、戦争のことだけを考えていたが、宮殿の中では、敵は目に見えないし、銃を撃って倒すわけにいかん」
「銃を撃てるならまだマシさ。ラシーネの戦いのときなんざ、とんでもない指揮官のせいで牛に乗らされて平原を突っ走ったんだぜ。さんざ乗馬の訓練をした挙句、まさか牛に騎乗するとは思いもしなかったぜ」
リオンが後頭部を掻く。
「だが、あのときはあれしか策がなかった。実際に、ルガルデ側に一泡吹かせることは出来ただろう」
まぁな、とゲパールも笑う。
「ところで、リオン隊長殿は、今日のお勤めは終わりかい?」
「ああ、肩の凝る食事会から解放されて、後は宿舎に戻るだけだ。この衣装については、後で家の者に取りに来てもらうとしよう。お前は?」
「俺は……ちょっと、宮殿に行ってくる」
リオンが怪訝そうな表情を浮かべる。
何しろ、自分はなるべく行きたくない場所に、この遅い時間に向かおうというのだから無理もない。
ましてや、貴族であるとはいえ、今の身分はいち軍人に過ぎないというのに、である。
「そんな顔しなさんな。ちょっと厨房の顔見知りに挨拶してくるだけさ」
「そうか。相変わらず顔の広いことだ」
そういって歩き始め、リオンはすぐ足を止めた。
そしてゲパールを向いて、言葉を次いだ。
「女遊びはほどほどにな」
「へいへい、分かってますよ、隊長殿」
笑うリオンを見送って、ゲパールはすぐに真顔に戻る。
自分とは違う、とゲパールは思う。
彼は何不自由ない家に生まれ、育てられ、戦果を挙げ、将軍様になるのだろう。
自分は下級貴族に生まれ、家を出され、何もしなければただの軍人として一生涯を終える。
そうなってたまるか。
金色の腕輪に視線を落とす。
成りあがってやる。
ゲパールはスタスタと宮殿に入っていく。
そして厨房に入る道を過ぎ、人気のない細い道に入る。
ほとんど人が通ることはない場所だからこそ、ゲパールはよく通る道だ。
音もなく階段を上り、さらに上り、日中ですら人の訪れがない秘密の一室を訪れる。
本来なら王族に連なる者しか立ち入ることの許されない所を歩いている、というだけで、ゲパールの優越感はじわじわと満たされた。
「遅かったわね」
部屋に入ったゲパールに声をかけたのは、マラキだった。
広くはない部屋に備え付けられた寝台に腰かけ、月明かりが僅かに差している。
酒が入ってすっかり頬が紅潮し、妖艶に笑みを浮かべていた。
「何しろ、軍人ですゆえに」
恭しく礼をして、ゲパールは片膝をついた。
「ふふ、あなたのそういうところは嫌いではないわ。でも、今日は穏やかな気分ではないの。あなたならその意味が分かるでしょう」
ゲパールは立ち上がりながら、上着のボタンに手をかけた。
スルスルと脱ぎ捨て、寝台に腰かけるマラキにまたがるような姿勢になる。
本来なら、先王の公妾を務めた貴婦人にこんな態勢をとれば、処罰の対象になる可能性もある。
しかしゲパールは、目の前の女を押し倒し、貪るように露出した部分に唇と舌を当てていく。
「ああ、そうよ、ゲパール……」
腰の周りに熱を感じながら、ゲパールは行為を続けた。
マラキがどんな行為を求めているのかを思い出しながら、執拗に、そして大胆に、彼女の艶のある肢体に劣情をぶつけていった。
作者の成井です。
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