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18.コション

 チキンのロースト、豚足のパン粉焼き、山鳥のカツレツ、牛のグリル……

 アヴァール宮殿の一室、食事会の広間には、テーブルいっぱいに大皿が乗せられ、給仕の食欲を否応なく刺激する豪華な料理が所狭しと並べられた。


「ごきげんよう、コション様」

「これはこれは、ペルル王女殿下。日に日にお美しくなられますな。おや、もしや、その首飾りは……」

「ええ。先日、大司教様に頂いた品でございます。本日いらっしゃるとお聞きしていたものですから、お目にかけたく存じまして」


 満面に喜色をたたえ、コションがグラスをあおった。


「身に余る光栄でございますな。しかし、なんとも……」


 コションが、ペルルの首元をまじまじと見つめる。


「いやはや、国中でもっとも大粒のものを選んだつもりでしたが、アヴァールの真珠と謳われるペルル様の首元ではいささかくすんで見えてしまうというもの。次は、種類の違う宝石を選ぶとしましょう」

「あ、いえ、私は……」


 声を発しかけたペルルのドレスの裾が、後ろに軽く引っ張られた。


「お心遣い、心より感謝申し上げます」

「いやなに、王女様はこの国の宝でございますからな。御身を美しく大切にしていただきたい、その一心でございます」


 それでは、と言って場所を変えていくコションを笑顔で見送って、ペルルは小さく息を吐く。

 ちらと後ろを見ると、エムロッドが苦笑していた。


「ありがとう、エムロッド。私ったら、つい……」

「お断りしてしまうところでしたね。先刻、税のことを気にされていたので、すぐに気づきましたよ。でも」


 エムロッドの言葉を継いで、ペルルが呟く。


「上納の品は、王家への忠誠の証ですものね。それを断ること自体が、忠誠心への疑義という解釈となる」

「王女が大司教に疑念を抱いているとでも流言が生まれれば、事です」


 やんわりとたしなめられ、ペルルは寂しそうに笑う。

 それでもなお美しさに露ほどの陰りもないことは、エムロッドを静かに感嘆させる。

 しかし、である。


「さぁ、気を取り直してください。ペルル様は宴席の姫君、会場の花なのですから」

「ええ、分かっているわ。でも……」


 ペルルがエムロッドにぐっと顔を近づける。


「な、なんですか」

「お付きの眉間に皺が寄っているのも、宴席ではふさわしくないと思うわよ」


 いたずらっ子のように笑うペルルとは対照的に、エムロッドは見るからに動揺を示した。


「そ、それは……その、ペルル様の首元にコション様の視線が注がれたとき、少し、その、好色な気配が……いえ、なんでもありません、失言でした」


 たじろぐエムロッドを見て、ペルルの表情に明るい美しさが戻る。


「楽しそうね、ペルル。でも、オニクス卿があなたのことを気にかけていらっしゃったから、早めにご挨拶に伺いなさいな」


 母に優しく声をかけられ、ペルルはエムロッドを引き連れて会場を歩いて行った。

 宴は一見すると華やかに、上品に進行されていったが、内実では明日も宮殿にいられるようにと笑顔の裏の企てが綱を引き合い、誰一人として食事を楽しんでいる者はなかった。

 半分ほどの料理がなくなり、新たに供されるものもないとのことで、列席した者たちは三々五々、方々に散っていった。

 大司教コションは、その中でぐずぐずと会場に留まり、料理に手を付け、食べるでもなくかき回しては、なにとなく歩き回っていた。

 そこへ、二十を過ぎて少し経った女給仕が歩み寄る。


「あの……」


 コションは女給仕の胸元をさっと見やって、続いて腰回りを見た。

 そして下卑た笑みを隠そうともせず、満足そうに頷く。


「三面天神のご加護が必要だと、そういうことだね」

「……はい」


 給仕は、きゅっと唇を噛んだ。

 『三面天神のご加護』という言葉が、字面通りのものではないということは、彼女にはとっくに分かっている。

 いや、彼女ばかりではない。

 大司教のもとに年若い娘が足を運ぶというのがどういう意味をもっているのか、それは公然の秘密だった。

 これからわが身に待ち受けている出来事がどんなことであるかは承知の上で、彼女は敬虔なはずの神のしもべのもとへと哀願しにやってきたのだ。


「それほど困窮しているのかね。見たところ、食うに困っているという風には見えないが」

「凶作前はそれほどでもなかったのですが……両親の商売が立ち行かなくなってしまって……」

「それは痛ましい。まったく、痛ましい。どれ、私が相談に乗ってあげよう」


 コションは上等な衣をさっと翻し、腹の出た体をどすどすと進めていく。

 給仕もまた、大司教の後ろに続いていった。

 廊下でその光景を目にしたもののうち、女たちは給仕の身を憐み、誰にともなくため息を放った。

 男たちは、嫉妬や羨望、あるいは別の情でもって体を火照らせた。

 二人が向かったのは、アヴァール宮殿の西端にある、居住区のさらに奥の、誰も使っていない一棟である。

 そこには常に水が甕に貯められてはいるが、調理台などはなく、家具といえばただ上質な寝台があるだけだった。


「さて……」


 コションは鍵をかけ、女を寝台にいざなった。


「あの、不躾なのですが……」

「ああ、もちろん。だが、どれほどになるかは、君の頑張り次第だ」


 給仕はまた唇をきゅっと噛み、それから上衣のボタンに手をかけた。


「ああ、待ちなさい」


 えっ、とばかりに給仕が顔を上げる。


「私のすぐ目の前でしたまえ。息がかかるほどに」


 羞恥心で顔を真っ赤にしながら、女は歩み出て、大司教の望むままにことを為した。

 漏れ出る声に、大司教が愉悦の笑みを浮かべる。

 触れろと言われれば触れ、声を出せと言われれば声を出した。

 だが、女に経験がないわけではない、ということが分かると、大司教はあからさまに顔をしかめた。

 そして「命じられるままにするだけではつまらぬ」と告げた。

 彼女は聞きかじったことのある、しかしまさか自分がすることになるとはかけらほども思っていなかったことのいくつかを実践することにした。

 それはつまり、タンタシオン通りに住んでいる女性たちが自慢げに話すような、男を喜ばせる技術のいくつかである。

 大司教の腰元に顔をうずめ、ぎこちなく、しかし懸命に舌と口を動かした。

 求められて跨り、立ちっぱなしの仕事で既に疲れている体を、意志の力で無理に動かす。

 羞恥心は、義務感で塗りつぶした。

 声を出した方が男は満足する、という、いつか聞いた話を信じて、女は嬌声を強めていく。


「やれやれ、お盛んなこったぜ」


 建物から少し離れて、漏れ出る声と雰囲気に飽きれながら、一人の軍人が番をしていた。

 本来の職務ではないが、自分に数々の恩恵をもたらしてくれる、いわば雇い主のためには仕方がない。

 抜くことのなさそうな剣の柄を撫でながら、軍人――ゲパールは寒さに体をこわばらせた。

 周りに人影はない。

 そもそも、アヴァールには居住区が整備されているといえど、全域が使われているわけではない。

 匂いの問題、税金の問題、毎日のように開かれる夜会のためのドレスの準備代の問題など、ここには人が住みにくい理由が山のようにあるのだ。

 それでもここに住もうというのは、王室への純粋な忠誠か、権力への熱烈な野心か、どちらかが必要だ。

 そして、圧倒的に、後者が多い。

 国でもっとも位の高い聖職者が、富におぼれて女を買っているような場所だ。

 むべなるかな、である。


「ま、そのおかげで、俺も甘い汁を吸えてるんだが」


 ゲパールは、腕に嵌めた純金の腕輪をいとおしそうに見つめた。

 いち軍人の稼ぎでは、こんなものは一生涯手に入れられまい。

 金獅子だとか銀狼だとか持て囃されても、こういう財を成すことは出来ない。

 自分は違う、とゲパールはほくそ笑んだ。

 だが、あんな豚のような僧侶の小間使いで終わるつもりはない。

 何せ、より上等な権力者の膝元に、自分は滑り込むことができているのだから。

 一度静まった嬌声がまた聞こえてきて、ゲパールは欠伸をした。

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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