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14.アヴァール宮殿

 ディール王国の首都レゾンに鎮座するアヴァール宮殿。

 これを建設したのは、『太陽王』と称されたクワルツ四世である。


 「宮殿」というと一つの大きな建物を思い浮かべがちだが、アヴァール宮殿は、それだけでひとつの街になっている巨大な居住施設であった。

 敷地内には地方の有力貴族が居住するための空間が用意された。

 これは、ディール王国の権力が一極に集中する象徴であり、それが実現していたという証左だった。

 宮殿はクワルツ四世をはじめとした王族と、貴族たちが国政を議論する場であり、時には社交場でもあった。

 その結果様々なルール・エチケット・マナーが生まれた。その中には、後世の一般社会にまでつながるものもあるという。


 その敷地中央に建設されたのは、まさに宮殿そのものである。

 左右対称の構成で、そこかしこに絢爛豪華な装飾や彫刻がはり巡らされている。

 中でももっとも贅を凝らして組み上げられたのが、鏡の間であった。

 儀式や外国の賓客を謁見するために創られた極上の空間は、多くの銀製品が飾られ、日の光が差せば眩さに立っていられなくなるからと一日中カーテンで光を調整せねばならないほどだった。


 だが、アヴァール宮殿を象徴するのは、鏡の間よりも、入り口から広大に建設された噴水庭園である。

 この庭園の建設には、宮殿本体よりも多くの労力と費用が費やされた。

 宮殿建設に動員されたのが二万五千人だったのに対し、噴水庭園の建設には三万六千人が投入された。

 そこには、当時の国王クワルツ四世の三つの意図が込められている。


 一つ目は、自らの力の誇示である。

 自らの絶対的な権力に説得力を持たせるために、クワルツ四世は自然をも変える力を示そうと考えた。

 そこで、建設地から10キロも離れたレーヴ川から、巨大な揚水装置を用いて水を組み上げ、水道橋をつくって水を運び、巨大な貯水槽に貯めこんだ。

 そして水を噴き上げる仕組みを地下に組み込み、ついに水無き地において常に水を噴き上げる庭園を完成させたのである。


 二つ目は、貴族を従わせることである。

 噴水の意匠は、様々な怪物をモチーフにしているが、ひと通りを見ると、その意図がはっきりと見て取れる。

 ディール王国に生まれたものなら誰もが知る神話のひとつ、半神の英雄の試練であると気づくのである。

 半神半人の英雄は、自分の父である神から、十三の試練を与えられる。

 その試練の中で、人ならざる英雄は人々にも蔑まれ、疎まれながらも、双頭竜の退治や複頭の番犬の連れ出しなどの試練を果たす。

 そして最終的に英雄は神の一柱として召し上げられるのだが、最終場面で、英雄に加担しなかった悪しき人々が、体の一部分を動物と融合させられて、怪物となってしまう。

 噴水の意匠となっているのは、その怪物なのである。

 つまり王は、「自分に従わなければ人でなくなる」と貴族に示しているのだ。


 三つめは、民衆の心をつかむことである。

 クワルツ四世は、民衆の誰もがアヴァールに入ることを許した。

 さらには、民衆に庭園の見方を教える「王の庭園鑑賞法」というガイドブックを発行した。

 それには「噴水の手前で一休みして、彫刻をみよ。王の散歩道、噴水、その向こうの運河を見渡そう」と書かれている。

 民衆は、ガイドブックに従って庭園を鑑賞することで、貴族と自然を圧倒した王の偉大さを刷り込まれていったのである。

 夏になれば、アヴァールでは毎晩のように祭典が催され、訪れた民衆は球戯や舞劇に酔いしれた。

 こうして、民衆は王家に対して親近感と畏敬とを同時に抱くようになり、王政は盤石となった。


 だが、代を重ねて、クワルツ六世の時代になると、宮殿にはあらゆる腐敗が蔓延するようになっていく。


 賄賂の増収に明け暮れる貴族、聖職者達と、彼らに群がり嘯いて、金をせしめようとする商人達が跋扈したのである。


 クワルツ四世の実子、そしてクワルツ六世の実父であるクワルツ五世は、治世時から既に『色欲王』などと陰口された暗君で、公妾を何人もつくった。

 公妾とは、既婚の貴族婦女が王に見初められて伽の相手を務める制度だが、制度としてはあっても、これを大々的に活用した王はいなかった。

 ところがクワルツ五世は、父王が敷いた絶対王政の上にあぐらをかき、この制度を濫用した。

 自らの望みに応えてくれる「献身的な」貴族一家を厚遇した。

 一族存続の好機とすべく、貴族達はこぞって一族の女を国王に一目見せた。

 順番争いに端を発した貴族間の権力闘争は日に日に熱を帯びた。

 王のお膝元であるアヴァールのサロンは、日夜、人面獣心のごとき貴族たちの駆け引きが展開されるようになったのである。

 本来は、国民のためによりよい政治と未来が語られるべき空間だったものが、「最高権力者をどのように骨抜きにするか」を相談するという、町外れの寂れた酒屋よりも下劣な空間へと変貌していた。


 しかし、どれだけ下世話な会話に興じようが、彼らは法律で守られた上層、中層の民である。

 そのきらびやかな生活は変わることなく、今度は、彼らの見栄の張り合いに目を付けた賢しい商人たちが出入りするようになった。

 特に服飾に従事する者たちは、競って豪華な、そして高価な、あるいは効果に見えるものを作成し、披露に訪れた。

 商品は、品物ではない。

 物そのものの価値よりも、誰それが購入できなかった物を自分こそが手に入れたのだという名目を商品としたのである。

 貴族の婦女らは、国王に見初められるために宝飾を求め、権力志向の凡夫達は彼女たちが望むままに買い与えた。

 聖職者達は自らを経済支援する貴族に寄り添い、三面天神の加護のおかげと騙って彼らの行いを奨励した。

 こうして、外見は絢爛豪華でありながら、内心は奸佞邪智にまみれた宮殿が構築され、それはクワルツ五世が崩御し、年若きクワルツ六世が即位してからも続いた。


 クワルツ五世の代から革命の奔流が落ち着くまでの長い間、アヴァール宮殿に清掃係として勤めていた市民の手記が残っている。

 手記というよりも、暇つぶしに書きなぐられた雑多な日記のようなもので、不特定多数の人間が思い思いに書き綴り、独り言のように書かれている部分もあれば、妙に会話のようになっている部分もある。


「鼻が曲がる。数回曲がって、もう捻じれた」

「まったくだ。便所が足りてない。そもそもの設計ミスだ」

「お貴族様は、服を買う金しかない」

「また『緑冠』が廊下に唾を吐いているのを見た。育ちの良さがうかがえる」

「噴水そばの生垣に糞があった。『くそったれ』だ」

「俺も見た」

「俺も見た」

「俺は生垣の傍で、やってるのを見たよ」

「俺も見た」

「おお、我らがディール王国、アヴァール宮殿よ。糞と嘘にまみれて、なんと素晴らしいことか!」

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


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それでは、また次のエピソードで。

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