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13.ティグル

 練兵場に姿を見せたリオンとティグルを、歓声が出迎えた。

 リオンは部隊長として、士気の高さに感じ入るものがあったが、一瞥してゲパールの姿がないことに気付き、しこりを感じた。


「ゲパールなら欠席だぜ」

「ルゥ」


 銀色の束ねた長髪を揺らして駆け寄ってきたのは、副隊長のルゥだった。

 額に大粒の汗を光らせ、熱心に体を動かしていたことが見て取れる。


「何も言ってないのに、よく俺の考えが分かったものだ」

「ま、そうでもなければ、お前さんの副官は務まらんよ。昨日、一昨日と、連続して抜けてるから、隊長殿でなくても気にはかけるというもんだが」


 ルゥが笑うと、ティグルもまた笑った。


「さすがは『銀狼』よ。お前のようなものがリオン殿の傍にいるから、儂は安心して隠居出来る」


 副官は頬を掻きながら言葉を紡ぐ。


「よしてくれよ、その『銀狼』っての。隊長殿の『金獅子』はぴったりだが、いかにもそれに合わせてつけられた渾名だしよ」

「それを言うなら、俺自身もその呼び名を受け入れているわけではないんだがな。それに、俺たちの剣腕につけられた異名だと思えば、そう悪いものでもあるまい」


 三人が談笑する姿を見ていた隊員達だったが、ややもすると、剣、銃、投擲など各自の鍛錬に戻った。

 それに合わせて、リオン、ルゥ、ティグルの三人もまた、訓練に加わった。

 鉄火時代においては、銃による戦いが戦争の中心ではあった。

 だが、連発式の火器は発明の途上にあり、実戦では、依然として剣を用いた白兵戦になることも多かった。

 実際、エクーテ独立戦争においては車輪付きの大砲や手筒と呼ばれる銃による死者と同数かそれ以上に、刀剣や槍による死者がいたと言われる。

 そういった実情から、ディール王国軍でも模造刀を使った実践訓練は続けられていた。


「一手合わせようか、銀狼」

「金獅子殿のご指名とあらば」


 訓練中の恒例となっていた、隊長と副官の一騎打ちが始まると、誰もが手を止めて見入った。

 実力は伯仲し、まさに互角の戦いである。

 彼らの勝敗の数を合算している者は誰一人としていなかったが、誰もが、なんとなく勝ちも負けも同じ程度の数だろうと考えていた。

 だが、リオンは自分の勝ち星がひとつ多いと信じていたし、ルゥは自分の勝ち星が3つばかり上回っていると信じていた。

 その日の午前の訓練は練兵場での刀剣訓練だけに留まり、昼を挟んでティグルの異動に合わせた事務処理や荷運びが始まった。

 それもすぐに終わり、夕方になるよりも早く、リオンの部隊は勤務が解かれた。

 当然のことながら、このような時間の使い方が許されているのは、彼らが貴族に連なる立場だからである。

 下層民で構成される市警は、昼も夜もなく働く。

 そうでない下層民もまた、寝る間も惜しんで工場に勤めたり、工房に篭もったりいる。

 上層民も中層民も、そんな市井の生活苦には思いを巡らせたりはしない。

 日が落ち始めると仕事をやめ、後は優雅に午後を過ごし、充実した夜を迎えるのみである。


「今日はどこに飲みに行くんです?」


 一足先に汗を処理し、着替え終わっていたルゥが、リオンとティグルに言った。


「邪魔じゃなければ、俺もご相伴に預からせてもらいたいんですが」

「ああ、構わんよ。たまには東側に行くのも面白いかもしれんな」


 ティグルの言葉に、ルゥはひとつ閃いた。


「カフェ『クポル』って聞いたことあります? 下層民向けの店なんですが、鶏肉のシチューが随分うまいってんで、中層民でもお忍びで通ってる人がいるとか」


 ほぉ、とティグルが顎を撫でた。


「やめておけ」


 リオンが短く言った。


「ただでさえ、汗にまみれて貴族らしくないと言われるんだ。せめて、人の目に触れるときは身なりを整えて、我々が行くべき店に行った方がいい」


 金獅子の言葉に、副官は肩をすくめた。


「ま、そりゃそうだよな。いくらうまいといっても、下層民の中ではってことだろうし」

「では、私の行きつけでよろしいか」


 こうして三人は、夕食には早い時間に食堂に向かった。

 軍御用達の食堂で、アヴァール宮殿の厨房にも定期的に派遣される腕利きが揃っている所だった。

 上等なワインと、いくつかの小皿が届くと、三人は銀のグラスをぶつけた。


「結局、ゲパールは来なかったな」


 リオンがため息をつくと、ルゥが小さく何度か頷いた。


「怠けて、ってことではなさそうだが。教会から遣いが来て、呼ばれて行ったからな」

「教会から、か」


 リオンはティグルを見た。

 老紳士は何も反応を見せなかったが、胸中にあるものは一緒だったろう。

 ゲパールは、上層民とも繋がりをもっている。

 そしてそれは、決して善い方向には進まない繋がりだろう。


「まぁ、あいつの場合、一日二日怠けたところで腕は落ちないさ。それよりも、シーニュのほうが問題だぜ、隊長」


 ふむ、とリオンは息をついた。

 シーニュという若者のことは、リオンも長く気にかけていた。

 生まれつきだという白髪を後ろに束ねた、見るからに大人しそうな顔つきをしていた。

 まだ二十になるかならないかほどで、部隊の中でも最も若い者の一人だ。


「器用ではあるんだがな。道具の手入れも真面目だし、体の動きも悪くない。ただ……」

「いかんせん、あの体格では組み合いになったら勝ち目がありませんからな」


 リオンが頷く。

 シーニュは、体の線が細かった。

 食べてもいるし鍛えてもいるのだが、筋肉がつかない。

 彼を卑下する者達は、血筋のせいだと口さがなく言っていた。


「下町の女の方が腕っぷしが強い、などと陰で言われているようですが、言いえて妙、というのが正直なところでしょうか」

「彼の家は、北の文官だったか。何をもって軍に入ったのか、特段聞いてはいなかったが……」


 言いながら、リオンはルゥを見た。

 視線に気づいたルゥが、苦笑して口を開いた。


「よくある話さ。貧乏貴族の四番目、地元にいても仕事がないから軍に入れ、とな。軍は厄介払いの託児所じゃないんだが、それでもなんとかせにゃならんのが隊長の大変なところだな」


 にやりと笑ってワインを口に含むルゥに、リオンは苦笑した。


「ティグルが隊を去った今、これまで以上にルゥにも働いてもらわねばならん。手始めに、あのシーニュを鍛えるところから始めてもらおうか」


 ワインにむせてルゥを見て、ティグルが声を上げて笑う。


「それはいい。銀狼が直々に指南したとなれば、周りの連中もおいそれと馬鹿にできなくなるだろう。隊長自身が目をかけすぎると、何かと面倒の種になるからな」

「鍛えても使い物にならなさそうだったら、ティミッド監獄の衛兵として送り込んでやるからな、ティグル」


 ルゥも、笑って言葉を返す。


「お待たせしました、牛フィレのステーキです」


 着飾った給仕が料理を運んできた。

 鼻腔を誘惑する香りがあっという間に卓上に広がる。


「さて、難しい話はここまでにして、まずは味わうとしますか」


 ルゥの弾んだ声に、二人は大きく同意した。

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

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それでは、また次のエピソードで。

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