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12.リオン

 ディール王国には、屈強な軍隊が存在していた。

 その源流は『最後の竜を屠った英雄』『建国王』ディアモン一世に付き従う戦士団である。

 古今東西、組織というものは、最初期に流れやしきたりが生まれ、定着していく。

 それはレゾンの市警を例に挙げるまでもなく、である。

 ディール王国軍もまた、時代によっては騎士団や近衛騎士団などに名前を変えながらも、その構成が世襲によるものであることは変わらなかった。

 軍人の家系は貴族の家系と同列であり、軍人はれっきとした中層民としての身分を保証されていた。

 むしろ、時代が進むにつれて、元が軍人の家系でありながら長男が官僚の中心となった者や、逆に官僚の核となっていた者の息子が軍人として名を挙げるなどが巻き起こり、その弁別は曖昧であった。

 その曖昧さに拍車をかけたのは、エクーテ合衆国によるルガルデ公国からの独立戦争とディール王国による介入だった。


 そんなディール王国軍の中に、『金獅子』と渾名される男がいた。

 名をリオンといい、由緒正しい軍人の家系に生まれた。

 彼自身も、その両親も、また彼らの家系を知る者はみな、創立時から続く近衛の一族だと信じていた。

 リオンは若くしてエクーテ独立戦争に指揮官として派遣され、数々の武功を挙げた。

 彼のために勲章が新設されねばならないほどの働きをした。

 その働きぶりもさることながら、彼の容貌が衆目を集めた。

 獅子のたてがみのような濃い金色の髪は、所々が逆立ちながらも長く伸ばされ、容貌は整い、青年というには落ち着きすぎているほどの雰囲気を身にまとう。

 同性からは敬意や羨望の対象として、異性からは婚姻を結ぶ相手として、彼ほど魅力的な存在は宮中にもいないように思われたが、リオン自身は自らの身命を王家に捧げることを誓い、ただひたすらに職務に専念していた。


「ティグル」


 リオンは、自らに割り当てられた執務室で、自分よりも年長の部下の名を呼んだ。

 階級的に自分が上なのだから、自分は着席していてもいいのだが、リオンはそうはしなかった。

 執務室に誰かを呼ぶときは、必ず立って出迎える。

 そして、入室した者が直立姿勢で敬礼をすると、ほぼ同時といってもいいくらいですかさず答礼をした。

 それが『金獅子』の流儀だった。

 ティグルはいかにも軍人らしい屈強な肉体に、腕周りが狭そうな制服をきっちりと身に着け、リオンと目を合わせて美しい敬礼をした。

 リオンは答礼し、ティグルに着席を勧めた。

 ティグルが応接用のソファに深く腰掛けてから、リオンは自分の仕事机に掛けた。


「配属変更だ」

「そうだと思っていました。昨年の末に、小耳に挟んではおりましたから。それで、どこに?」

「ティミッド監獄の管理監督だ」

「たいして囚人のいない、侘しい施設に転属。その理由をお聞きしても?」


 ティグルのにやりとした笑いに、リオンは苦笑した。


「それを、俺に言わせるのか」

「上官でありますから」


 小さく何度か頷いてから、リオンは手元にあった羊皮紙を手に取り、その文面を目で追った。


「先月に五十を過ぎた『爺さん』には、静かな場所で隠遁してもらおうということだ」

「そのようなことが書かれているとは、心外ですな」

「要約だよ。分かっているだろう」


 ええ、とティグルが笑う。

 リオンもふっと笑ってから、口を開く。


「エクーテの独立戦争であなたに命を救われたのは、一度や二度ではない。指揮官としての経験が浅い俺を、あなたは本当によく支えてくれた」


 ティグルは首を振る。


「それ以上に、リオン殿の指揮によって多くの命が救われました。参謀として戦略を担う父君に負けず、現地の指揮官としてあなたの戦術眼は素晴らしかった」

「……もう少し、俺の傍らにいてほしかったのだが」


 リオンが呟くと、ティグルはまた、首を振った。


「エクーテが合衆国として建ったことで、三つ巴の形が成立しました。当分の間、対外戦争はないでしょう。ルガルデ公国との国境線も、小競り合いはあっても、この百年変わりません。平穏な時代になれば、儂のような戦争屋は表にいない方がいい」


 ティグルの笑顔を見て、リオンは満足そうに頷いた。

 自分が新兵だった頃から、目付け役として傍にいてくれたのがティグルだった。

 武術や用兵、舞台管理など、様々な心得を仕込んでくれた恩人である。

 何よりも、この恩人は国家を守ることに情熱を捧げ、心から平和を願う人物だった。


「あなたの弟子の名に恥じぬよう、研鑽を積むことを約束しよう」


 リオンがまっすぐ見据えて言うと、ティグルは胸に手を当てた。


「心打つ言葉ですな。儂からは、あなたの師だなどとはおこがましくて申しませぬが、最後に爺らしく、助言をしておきましょうか」


 ふむ、とリオンは前のめりになった。

 ふぅ、と息をついてから、ティグルは口を開いた。


「リオン殿。ゲパールには、よく用心しなさい」


 高い、というよりも長い鼻をした、自分よりも若い細面の男の顔がすぐに浮かんだ。

 エクーテの独立戦争では自分の隊に所属していた男だ。

 貴族としては末席で、しかも四番目だか五番目だかで、軍人として功成り名遂げることを念願としていた。

 深い関わりこそもってはいないが、もう、10年近い付き合いになる。


「理由を聞いても?」


 今度は、ティグルが前のめりになった。

 そして、さらに声を落とした。


「ラシーネの戦いを覚えていますか」

「もちろんだ。エクーテ独立戦争において、かの国の独立を決定的にした大勝だった。我々ディール王国軍も大いに貢献した」

「そして、エクーテの軍の一部が、ルガルデの捕虜に狼藉を働いた」

「ああ。ディール王国出身の傭兵が、そんな愚行を働いたな」

「あの中に、ゲパールもいたようです」


 目が、ぎらりと光った。


「馬鹿な」


 一瞬視線を逸らしたリオンだったが、ゲパールに関するいくつかの話が思い出された。


「確かに、ゲパールの素行が悪いという噂はある。だが、金遣いが荒いとか、しょっちゅう女を買いに出かけるとか、そんな話ばかりだぞ」

「そんな、ただの噂が市民の怒りを買うこともあるでしょう。だから、秘密裏に調査を進めていました」


 それで、と先を促され、ティグルは続けた。


「どうやら、彼は悪心ある貴族や金持ちとつながりをもつ処世術に長けているようですな。エクーテ独立戦争においては、当地の奴隷商人とつるみ、相当なことをしていたようです」


 リオンは当時のことを思い出そうとするが、生き死にの狭間に毎日が過ぎ去っていった記憶ばかりで、他人のこと等まるで覚えていない。

 ただひたすらに、勝つことだけを、エクーテ合衆国を勝たせることだけを思っていた。


「そんな余裕は、俺にはなかったが」

「そこが、彼の才能なのでしょうな。表向きには、真面目に働いているように見える。今も」


 ティグルの言葉の先を、リオンは待った。


「今も、どなたか、やんごとなき方の後ろ盾を得ているようです」

「……」


 何人かの顔が容易に頭に浮かぶ。

 宮廷とは、そういうものだ。

 自分は軍人としての職務を優先していられるから、そういった剣も銃も使わない闘争からは遠ざかっていられるが、アヴァール宮殿に一歩でも踏み入れれば、権謀術数が渦巻いている。


「大事にならない内に彼を切ってしまうことも、視野に入れておいた方がよろしい」

「覚えておこう」


 ティグルの性格を考えると、これを自分以外の者にいたずらに話しているとは思えない。

 リオンは恩師の助言を胸の奥に、深く刻んだ。

 この人物の助言は、自分が思い至らぬ部分にまで影響を与える結果を導く。

 いついかなるときも、そうだった。

 今回も、そうだろう。


「今日は、これからどうする?」


 腕組みを解いて、リオンは努めて声を明るく発した。


「ティミッド監獄の視察に行くなら、付き合うが」


 ティグルは首を横に振った。


「古巣の後輩達に、最後の稽古をつけて、仕事が終わり次第、一杯やりにいきましょう」

作者の成井です。

今回のエピソードをお読み頂き、ありがとうございました。

不定期更新なので、これまでの作品以上に読まれてないだろうと思います。

それでも読んでくださっている方は、相当物好きな方ですね。ありがとうございます。


「面白い話だった」「続きも読んでみよう」と思って頂けたなら、

ブックマーク登録や、下の☆☆☆☆☆欄での評価をしていただけると幸いです。


それでは、また次のエピソードで。

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