11.ビュフル
タンタシオン通りは、いつの時間帯でも暗い。
日が暮れればなおさらである。
入り組んだ作りになっていて、月明かりが届かない箇所が多い、ということもある。
しかしそれ以上に、なにか鬱屈とした雰囲気が、通りの陰を濃くしている。
レンヌは日課のようにこの周辺を訪れるが、日中訪れてもどこか暗い感じがするのは、その雰囲気のせいだと考えていた。
「今日は、客引きも大していないようだな」
ビュフルが暗い通りを見渡して言う。
「寒さのせいか、別の理由があるのか」
誰にともなく呟きながら、レンヌが歩みを進める。
ビュフルとしては、人の出が少ないのなら見回る必要もないだろうと帰る口実をつくったつもりだったのだが、レンヌには伝わらなかったようだ。
スタスタと歩いていく後輩に、髭面の同僚は仕方なくついていく。
「おふくろさんの調子はどうだ」
「悪くはならず、よくもならずです。この街と一緒ですよ」
そうか、と相槌を打ちながら、ビュフルは内心では首をかしげていた。
レンヌの母親の容態が悪くならないというのは、まぁ、いいことなのだろう。
だが、このレゾンの街は、本当に悪くなってはいないだろうか。
さっきまでいたカフェ『クポル』は陽とした雰囲気があるが、それとは逆の、このタンタシオン通りに流れているような空気の方が、街中には多くはないか。
市民を顧みない政治を続ける国王、散財する王妃、それらに群がる貴族たち、金の亡者の聖職者。
食えている内は、市民は何も言わないが、去年の天候不良で食糧難が広まると、物価が高騰し、明らかに犯罪率は上がった。
地方出身の仲間に聞いた話では、農村部では浮浪者も増え、治安は悪化の一途だという噂もある。
「この街は、悪くなっちゃいないかね」
ビュフルがとぼけて言うと、レンヌはちらと彼を見て、かすかに笑った。
「上層と中層から現金だけを盗む不届き者を捕えられれば、もう少しよくなるはずです」
「こだわるね」
冷えてきた体のあちこちをこすりながら、ビュフルは言った。
「当然です。私がこの仕事に就いたのと同時期に現れた輩ですから。盗んだ金を下層民にばらまいて人心を集めて正義を気取っているのも、私は気に入らないのです」
ふむ、とビュフルは気のない返事をした。
相変わらず、この若者にとっての正義は、法、ただひとつのみだ。
金持ちから盗んだ金を、貧困にあえぐ者達に分配することが正しいとは、かけらも思わない。
「なぁ、レンヌ。あそこを見ろ」
ビュフルは通りの先、大きなドラゴンのつくりものを指さした。
「あの中が空洞になってるのは、知ってるか」
「知っていますよ。そして浮浪児達がその中をねぐらにしているのも知っています」
「噂の盗賊が、彼らに金を配り、暖かい服を買えたら、どうだ」
レンヌが足を止めた。
それに合わせて、ビュフルも足を止める。
「浮浪児達に、盗賊の特徴を聞き込みます」
「そっちじゃない。寒さにあえぐ子供たちが救われることについて、どう思うかってことだよ」
「彼らの境遇を改善するのは政治であって犯罪ではない。人を救うためになら罪を犯していいということにはなりませんよ」
「まぁ、それはそうなんだけどな……」
同じような問答を、過去にしたことを思い出す。
レンヌの父も、同じような答えを返した。
自分の正義を信じ、その信念に殉じるように、彼は死んだ。
その忘れ形見が同じような道をたどり、末路も等しくなってしまいそうなことを、ビュフルは案じていた。
「もう、タンタシオンの切れ目です。この先では、何かが起こりそうな感じはありませんね」
レンヌが首を振った。
勘の鋭い彼が言うのなら、今日は大丈夫なのだろう。
先が案じられる若者ではあるが、鋭い直感の持ち主として尊敬に値する同僚でもある。
「それじゃあ、宿舎に帰るとするか」
「ええ」
ふたりは来た道を引き返しながら、それでも暗がりを目の端にとらえ続けて歩く。
ふたりが足を止めたのは、まったく同時だった。
正面から歩いてくる、外套ですっかり全身を覆った男。
その様子に違和感を覚えたのである。
寒さに身をこわばらせて前を隠して歩いているだけといえばそれだけなのだが、ビュフルは眉間に皺をよせ、レンヌは一歩、二歩と男に近づいた。
「我々は市警だ。職務質問させてもらう」
男は初老だった。
皺の刻まれた、色の悪い顔が、ひきつっている。
笑みを取り繕おうとして、失敗している。
「名は?」
「エ、エキュルイユと申します」
くぐもった声で、男は答えた。
「住所は?」
「タンタシオンの……ここからすぐそこです」
即座に、レンヌは男の顎を掴んだ。
ぐっ、と声が漏れる。
「正確に言え。『ここからすぐそこ』などという番地は存在しない。少なくとも、このレゾンには」
男が何か言おうとした弾みに、男の口からキラキラした何かが飛び出した。
チャリ、チャリンと連続する音を、ビュフルが足で踏んで止めた。
「こりゃあ……金貨か? なんでこんなもんを口の中に?」
男の顎を掴むレンヌの力が、増した。
そしてレンヌのもう一方の手が、男の外套を勢いよく剝ぎ取った。
外套の下は、薄手の綿入れ一枚だった。
全身ぶるぶる震えている。
「レンヌ」
年長の同僚に言われ、レンヌはさっと男の身なりを見て、何も隠しようがないことをあらため、奪った外套を乱暴に返した。
「そのなりで、口の中に一枚の金貨。ただ事ではあるまい。正直に言え」
レンヌは腰の左側に手をかけた。
そこには、制服の時ならば剣が帯びられている。
今は何もないのだが、癖がそうさせていた。
「よ、妖精の金貨でございます」
若い市警の眉間に皺が寄った。
「見も知らぬ誰かがばら撒いたものを受け取ったと、そう言うのか?」
こくこくと頷く男の胸ぐらを、レンヌがねじり上げる。
痛みと驚き、そして恐怖とが入り混じった苦悶の声が、男の口から漏れる。
「場所は」
「グ、グルートン通りです……」
「いつだ」
「今日の朝方に……昨夜、知り合いの家に厄介になって泊まったんです。それで、朝に出ていこうとしたら玄関先に金貨が何枚かあって……最近は治安が悪いもんですから、ひったくられねぇように、口の中に隠せばいいかと……」
レンヌは男から手を放し、ビュフルを見た。
ビュフルは手拭き用の布切れにそれを包み、レンヌにそれを向けて頷いている。
間違いなく、リシェス金貨だ。
昨夜グルートン通りを見回りしていれば、くだんの金貨妖精を捕えられたかもしれなかったのか。
「これから事情聴取をする。来い」
力なくレンヌは言った。
その聴取に意味がないことは既に分かっているからだ。
これまでに何度も、何人にも聞いた。
金を奪われた僧侶、貴族、富豪。
金を受け取った市民、貧民、難民。
誰に、何を、どんな風に聞いたところで、犯人像に結び付きはしない。
ただ決まりとして、盗まれた金を取り返したら持ち主に返すことになっていたし、それぞれの立場の者に聴取はせねばならなかった。
「他の奴に引き継いで、俺達は休むとしよう」
ビュフルの提案に、レンヌは同意した。
この男を尋問したところで、何も得るものはありはしない。
自分の直感が、まるで機能していないのだから。
「セールにやってもらおう。確か、今日の宿直だったはずだ」
レンヌの言葉にビュフルは頷き、男に歩くよう促した。
その後ろを歩きながら、レンヌはレゾンの地図を思い描きグルートン通りの場所を思い出していた。
確か、あの辺りを管轄していたブークという市警に、よくない噂があったような気がする。
一体なんだったか。
二人の市警と一人の重要参考人が通りがかったとき、カフェ『クポル』は相変わらず明るい笑い声と心地よい暖かさ、そして胃を刺激する香りを店の外にまで漂わせていた。
作者の成井です。
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