1-2
さっきから無言のセルジュに手を引かれている。特技の嫌味や皮肉すら口にしないとは、風邪でも引いたのであろうか。
木が少なくなり、開けた場所に出てーー眩しさに目を細める。どうやらウィリアムズ家の庭に出たようである。
すると、何かがタックルしてきた。勢いがよく倒れ込む私を見捨て、咄嗟に手を離したセルジュは許すまじ。お尻を打ったので、痛みを堪えてタックルしてきた相手を見る。
其処には天使が居た。
餅の様に柔らかく白い頬っぺたを目一杯ふくらませ、今にも泣きそうなクロードが力いっぱい抱きしめて来る。ああ何これ神様ありがとうございます。もう私、満足です。
(嬢ちゃん、戻ってこーい。おーい)
ずっと脳内で話しかけてくるセレスタンは無視させて頂く。酷いと軽い叫びが聞こえたが、気の所為だ。
心のままにクロードを抱きしめかえそうと背中に手を伸ばす。
「ジゼルちゃん、まもれなくてごめんなさい。よかった、よぉっ」
聞こえてきたクロードの声に、我に帰った。この子は目の前で消えた私を必死に探してくれたのであろう。行きよりも明らかに汚れた衣服、心底安堵した声音が真実を伝えてくれた。
「ごめんね、心配かけたね。無事だから安心して、クロード」
欲望の成就よりも心配してくれたこの子に感謝するのが先だ。やんわり背中を一定のリズムで叩く。
そして、いつの間にか囲んで見下ろして来る人々に頭を下げたが、ウィリアムズ家の当主ーー叔父様と、リュシー、母の三人にこってりと絞られた。
一人の長い説教が終わったと思ったら後ろに控えていた者が更に説教を重ねて来る恐ろしさといったらない。俺は悪くねえ!と叫びたい所だが、心配して頂いた事は事実なので素直に反省する。けどさ、ノエルの魔法の所為ですよねー?
ふふふ、まあ!今だに腕の中にいるクロードのおかげで説教にも堪えられた。有難う神様!
ふと、セルジュと目が合う。有頂天な私を叩き落とすかつもりか?と身構えたが。
「父上、少々お話したいことが」
そう言って、セルジュは叔父様とウィリアムズ邸へ入って行った。いつもならば私のクロード愛に対して抉る様なツッコミをしてくる奴は、何処か神妙な顔をしていた。
様子がおかしいのは解っていた。けれど、相手は普通の五歳児とは思えない程の頭脳を持つ者だ。下手な言葉は奴の心には響かないであろう。外見は見間違えようもない子供なのに、私よりもよっぽど頭も舌が回る。何を考えているのか解らない奴が最初の印象。嫌な奴だが当てに出来、信用出来るのが現在の印象。セルジュの詳しい設定はビジュアルファンブックに書き下ろしイラスト付きショートストーリーとドラマCDで保管されているってお姉さん言ってたなあ。クロード関連しか注目していなかったから、詳しくは知らないのである。
(嬢ちゃん、智のウィリアムズが気になる?あのチビくんより俺の方がいい男よっ!)
「(何言ってるんだか、解りません)」
(うおっ、声低いよ嬢ちゃん。もっと可愛こぶった方が世渡り楽になるよ?俺はどんな君でも受け入れるけどね!)
「(余計なお世話です)」
シリアスに考えようとしても、邪魔してくる者が一人居た。
魂の契約者、セレスタンである。軽い、ノリが良い、一言余計、でもフェミニスト、ただしイケメンに限るーーつまりは現実社会におけるリア充野郎風の彼についていけない。
魂の契約者って、主人公と古代人「クロックウェル」が結んでいたものだと記憶している。魂レベルで相手と結びつく、失われた古代文明が生み出した恐ろしい契約魔法である。契約者は上位と下位に別れ、上位の者は下位の者を守り、支配する。心も繋がれるので、考えが筒抜けになってしまう。
先程セレスタンは己を好き勝手にしてよい契約と話していた。つまり、私は上位の者になるのか?
(ん?俺との契約を気にしているの?本当に嬢ちゃんが俺を好き勝手うふふにしちゃって良い契約だよ。逆に俺は君に手は出せないし、隠し事も知ることは出来ない。そして、君の心身の安寧を命懸けで守らねばならない。魂ごと俺と結ばれちゃってるから、君の死は俺の死にも結びつくんで全力で生きよう!ね?
ーーはあ。本当、何してくれんだよクソジジイ。おっと、愚痴ばっかでごめんね。そういやこの契約は術者にしか解けないから、ノエルの気が変わんないと俺らずうっと一緒よ。もう離れられない。これって運命の人みたいだね!とっきめきー!そうだ、俺はセレスタン・ミュラ・オルフェリーベ、淫魔だよ!嬢ちゃんの名前を教えて?)
「(ジゼル・スヴェインです。あのー)」
(ジゼル。うん、可愛らしい名前だ。愛らしい姿と冴える心を持つ君によく似合っているね)
躊躇いもなく可愛らしいと褒められ、照れる。魂が繋がっているから嘘偽りなき、心からの言葉と解る。くそう、男性に免疫がないから恥ずかしいじゃないか!セレスタンにはばれませんように、ばれませんように!
話も遮られる、相手のペースに巻き込まれる、恥ずかしい言葉に柄にもなく照れる。三コンボを叩き込まれ、私のライフはゼロに近い。ん?もしやこれが狙いか。考えた時に「見破られたか」とバツの悪い声が聞こえる。
(褒め言葉は本心だって、そんな睨まないで。ま、そんな可愛らしい目で睨まれても怖くないけど。ーーはは、初心だねジゼル。うーん、普通に名前を呼ぶんじゃウィリアムズ達と同じで嫌だな。よし、今度から嬢ちゃんはジゼって呼ばせて?俺だけ特別にして、ね?)
「(却下。特別より普通を望みます)」
(えええ!?酷いっ!こんなに素敵で有能な俺をあっさり振るなんて!ジゼも悪女だねえ、ーーさて。これからどうしよっか)
「(却下しても呼ぶんですね。まあ、それは置いておいて。まずノエルさんに契約を解いてもらえるか交渉、駄目なら契約内容の緩和を交渉ですね)」
(ノエルは性格悪いから難しいと思う。美少女ってジゼが笑って撫でていたあのジジイ、あんな外見で数百年以上生きている頑固ジジイだから頭固いよ?若者の俺の様に柔軟な思考なんて持ち合わせていないカチンコチン脳味噌よ?)
ジジショタか。画面越しには萌えていたかもしれないが、リアルじゃストライクゾーンからは外れるな。半ズボンじゃないことも気に食わない。おっと、思考よ真面目路線に戻ってこい。
集中して、セレスタンに聞こえない様にしてからマジプリの設定を思い出す。
セレスタン・ミュラ・オルフェリーベ。種族は魔物の中でも人型を持つ上位魔族、淫魔。生まれて直ぐに親に捨てられた所をノエルに拾われ、育てられた異色の淫魔。貞操観念もしっかりしており、軟派な態度の外殻と反して内面は高潔で情に厚い。将来の夢は可愛いお嫁さんと二人で幸せになることーー乙女か!面倒見もよいし、家事全般が得意なオカン属性も持っている。そんな盛り込み過ぎなキャラだった。ドラマCDの現代パロディでは官能小説家兼主夫なんて設定でキャラと制作スタッフが暴走していた記憶がある。
ゲーム内だと家出して各地を放浪し、淫魔として生きるしかない現実を突き付けられたセレスタンは絶望する。人間の中を生きるには翼と尖った耳、犬歯が邪魔をした。魔物の中を生きるには種族が邪魔をした。絶望の中、魔王に雇われたセレスタンは言われるがまま主人公を誑かす。しかし、一緒に過ごすうちに情が湧いてくる。本当に良いのか葛藤している内に魔王から命令され、主人公を攫う。だが魔王に差し出す前となって、漸くセレスタンは気付く。主人公に恋に落ちたと。主人公を頼りになるノエルの下へ術で送るが、彼は囚われてしまう。そんな彼をノエルと主人公が助けてハッピーエンド。
うん、ヘタレたんとか呼ばれていました。肌色が際どいスチルもあったのでエロスタンとも呼ばれていました。君の所為で年齢制限が上がったんだぞ、知ってるか。知る筈ないですね、うん。
さて。ゲームの流れから考えるに、今は家出前のようだ。この状態で居たらセレスタンは私から離れられないし、その為に家出も出来ない。家出しなかったらセレスタンは魔王の手先にもならないし、主人公はセレスタンを攻略出来なくなるーー?
彼の運命の乙女である主人公と会う前からフラグが折れるって、切ない話だ。すまぬ、主人公よ。恨むならノエルさんをお願いします。
(なーに考えてるの、俺に隠し事する悪い子さん)
「(うーん、ごめんなさい。セレス、頑張って下さい)」
(ありがとう。頑張るよジゼ。何に対して謝って、応援してくれるのかはいつか教えてね。今は君が愛称で呼んでくれて嬉しいから追求しないけどさ)
「(愛称じゃなくて長いから短く呼んだだけですから。それと、約束は出来ません、それでも良ければ)」
(いいよ。勝手に待つから)
「(どうぞ。話を戻します。交渉はまず難しいという意見でしたよね。なら、最終的に一時的に分離が出来るような方向に持って行きませんか?着替えや御手洗い、入浴の時も一緒は厳しいですし)」
そう。今になって恐ろしい事実に気付いてしまった。この人といついかなる時も一緒にいるって事は、全ての生活が筒抜けになるのだ。そんなのは嫌だ。本当の五歳児だったら許容出来るであろうが、かつての自分を持つ私には到底許容出来ない。
同性なら話も違うけど、相手は異性。どうしようもない。
絶望が伝わったのか、セレスタンは苦笑して頷いた。
(確かに。ーージゼは契約を解除したい?)
「(はい。貴方だってそうじゃないんですか、セレス)」
(俺は解除したいけど、現状も楽しいと思ってる。あ、怒んないでって。勝手に契約結ばれて苛つきはしたよ?それ以上にずっと憧れていた外の世界に羽ばたけて、胸が高鳴るんだ。もしかしてジゼに恋しているのかな?)
「(はいそれ錯覚。大体私五歳。何言っちゃってるのおい)」
(はは、どうかな)
「(幼女愛好家の淫魔とか怖すぎる。みんな逃げて、特に美少女なリュシーも逃げて!うわ、駄目よ!他の子に手を出しちゃ、犯罪駄目、絶対!)」
(うん、解った。ジゼを一途に見るよ!任された!)
「(頼んでない!人のこと言えないけど変態じゃないか!)」
後ろからぎゅっと抱きしめられた。前はクロードを抱きしめて幸せなのに、後ろのロリ変態が怖すぎる。
本当はセレスタンはロリ変態ではなくて、実は私の緊張を解して態度を軟化させる為の策略だったと知るのはーーもっと先の話。
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名残惜しいが、愛するクロードきゅんのぬくもりとお別れした私は母と共に自宅へ帰還した。続いて帰還した父にも夕食時にやんわり諭され、ノエルへの恨みがマックスになっていた私にーーもう一つ襲撃があった。
カーネリアン・ウィリアムズ叔父様が「私」を訪ねてきたのだ。
出迎えた両親が首を傾げる中、叔父は二人きりで大事な話をしたいと申し出た。疑問を抱きながら承諾した両親と同様、なぜ叔父様が話したいのか思いつかなかった。クロードに鼻の下を伸ばしすぎたか?なんて見当違いな事も考えていた。
客間に向かい合わせで座り、まじまじと叔父様を見る。
光り輝く金髪は魔法灯の光と溶け合いやや橙色になってしまっているが、その輝きは衰えない。前髪は全て後ろに流していて、その端正な顔を隠すものは何もない。青い瞳は鋭いのに、優しさを何処か感じさせるーーええい、まどろっこしい事はやめだ。要約すると金髪碧眼、私の好みドストライクなんですよこの方!胸キュンすぎる。
「ジゼル」
「はい、叔父様」
ああ、この二十七なのに落ち着いた低い声音も好みなんだよな。
「歴史の監視者と会ったのか」
「かんししゃ?」
「正体は隠されたか。力の残滓を分析するに、ノエル様に出会ったのは確かのようだ」
親指を唇にあて、叔父様は目を閉じる。同時に光の帯が部屋を包み込んだ。これはーー遮音結界。非常に高度な術を瞬時に展開する方法は、一つしか無い。予め詠唱しておく事だ。つまり、叔父様はこの術を訪問以前から使う予定だったのか。
セレスタンも「すげ〜」と呟いているが、返事をしている場合ではない。叔父様が目を開き、真っ直ぐこちらを見てきた。
「あの森で君はノエル様に会い、術をその身に刻まれた。そして、その術は魂を護るーージゼル」
「はい」
「君には我が子同様、心身の鍛錬をしてもらう。過ぎたる力を制御し、自在に使えるようになりなさい。ノエル様は無意味な行動はなさらない。ーー君にしか出来ない役割の為、力を託されたのだ」
叔父様は若いのに話し方が硬いのはさておき。力とは何か。セレスタンと魂の契約を結ばれただけではなかったのか。
頭に?を浮かべている私に気付いたのか、叔父様は優しく微笑んだ。
「急に難しい話をして済まない。大丈夫、何もない様にする為に私も子供達も君を護る。安心なさい」
頭を撫でられ、暖かな気持ちになる。滅多に笑わないし、スキンシップも少ない叔父様がこんな事をするなんて珍しい。
「君は今、上位魔族の力を纏っている。それは力にもなるが、足枷にもなるものだ。魔王の間者と誤解されぬよう、ウィリアムズ家は君を守護する。どうか、受け容れてくれるか?」
「叔父様」
真剣な表情に、現実を思い知らされた。
ノエルの仕掛けた魂の契約は私の生活環境をひっくり返す、とんでもないものだと。マジプリ主人公も古代人と契約した事により生活が一変した。一部の古代魔法を使えるようになった主人公を王国が監視、利用する為に魔法学院に入れるのだ。名目上は保護、古代魔法研究だがーー酷いものである。
自分も彼女同様、契約したセレスタンの力を使えてもおかしくは無い。
だが、私は彼女とは違う。魔王側に本来あるべき上位魔族の淫魔と契約を結んでいるのだ。魔王の間者と勘違いした王国の者に殺されてもおかしくない。叔父様はそれを危惧しているのであろう。隠された真実を五歳児に言っても解らないし、言った所で不安と恐怖に悩まされる。叔父様の優しさが暖かかった。
それに比べてーー何回でも言う。ノエルさんマジ酷いです。
(ジゼもやっとジジイの性悪さが解ったようで)
「(よーく解った。くそう、美少女外見に見事に騙された。美人だからってなんでも許されると思ったら大間違いなんだから!)」
(そうそう。もっと言ってやれ!
ーーそれにしても、俺はやっぱり人間とは相容れない存在なのね。俺の所為で人間の君の命が危機に晒されるなんて、思わなかった。ジゼみたいに普通に話せて、触れて、仲良くするのは夢物語でしかないのか)
ちょっ!重い語りが来てしまった!おい、なんでそんな重い話を会って一日も経たない小娘にするんだセレスタン!おーいマジプリ主人公ちゃん、出番だ!貴女の愛のカウンセリングで彼の心にアターックするんだ!
しかし、今セレスタンの目の前に居るのは私。思ってもいないことは言えないし、どうしたものか。主人公ちゃんの台詞は「私が貴方の側にいる。大勢に解ってもらう事は難しいけど、ゆっくり解ってもらおう?二人で新しい未来を切り開こう」だっけ?恥ずかしくて言えるか!
「(人間と魔王達が争っていた期間は長いんだから、その間に根付いた敵意は中々消えないでしょ。仮に争いに終止符が打たれても直ぐに認識は変わらないよ。同じくらい時間が経たないと理解して受容出来ないと思う。直接被害を受けた者は一生忘れないし。時間が解決してくれるよ。もしくは正しい歴史を正しい手段を用いて伝えて行けば、自分達の子孫が生きる未来には共存が出来るかもしれないね)」
現代社会にも格差や差別もあったから、本当の意味で互いを認め合って共存する社会は難しいと思うけど。それでも誰かの小さな行動が無ければ、何も始まらないし変化はない。
ああ、主人公ちゃんみたいなカウンセリングスキルは私には備わっていないようだ。ズバッと今は無理と伝えてしまった、我ながら酷い奴である。
セレスタンもショックなのか、言葉が帰ってこない。今は触れてはいけないな、きっと。
意識を叔父様に切り替える。
返事が返って来ない姪を心配しているのか、眉間にシワを寄せている。ああ、そんな叔父様も好み。違う、真面目になれジゼルよ!
ふいに両親の顔が浮かぶ。こんなへんてこな私を慈しみ、育ててくれたあの人達は私の死に泣いてくれるであろう。いや、二人を泣かせてはいけないな。
ーー前世の今際の際、両親や弟が必死に呼びかけてくれた記憶。痛くて辛くて、助けて欲しくて。それでも願いは叶わなくて。名前を呼ぶ声に応えられなくて。
生から解放された後、家族がどうしたかはわからない。乙女ゲームを誰が片すのか、黒歴史ノートとか恥ずかし過ぎるよお願い見ないでーーそんな気持ちで誤魔化していた。別れた彼らともう会えない現実を。
目を伏せて静かに息を吐く。
ーー同じ道を辿りたくはない。
「叔父様、お願いします。私を強くして下さい」
「ああ、カーネリアン・ウィリアムズの名にかけて約束しよう」
私のシリアスタイムは叔父様の悩殺スマイルであっという間に終了した。
素敵過ぎるよ叔父様!某チキンなカーネル叔父様なんて愛称つけそうになったけど、撤回!カメラが無いのは惜しい。心のアルバムに焼き付けておくしかない。記憶せよ、記憶せよ!
燃え滾っていた私の様子を勘違いしたのか、叔父様は席を立つとーー鬼教官に進化した。
「やる気に満ちているな。では明日より修行開始だ。夜明けと共に体力づくりから始め、学術、魔法、武術の基礎訓練を昼まで行う。寝坊せぬようにな」
な、なんだって!?
驚愕した。叔父様の容赦のなさに絶望だ!さっきのは悩殺スマイルではなく、ごり押しスマイルじゃないか!
言葉もない私の頭を撫で、叔父様は部屋を去った。遮音結界も同時に解かれたようだ。
ため息が出そうになり、なんとか堪える。
「ぼちぼち、頑張ろう」
決まってしまった以上、やるっきゃない。覚悟を決めて前に進むのみだ。
▼
「ーー聞こえないって、不便だ。解らない、予測も出来ないなんて、おかしい。なんで、どうして」
「それが本来「当たり前」の形なのだ。いい機会だ。人の目を見てみなさい。相手の事を、気持ちを考えなさい。思いやりなさい。じっくり向き合えば相手の一部が見えてくる」
「そんなのわかる筈ない」
「きっと、解るさ。ジゼルは己の試練を受け入れた。お前は諦めるのかーーセルジュ」
「僕はーー」
マジック☆プリンスー恋の魔法は世界を照らすー
タイトルに渇いた笑いしか出ない。いくつも整理したくなかったものを片していると、感覚が麻痺してきた。ルーズリーフでレポートを書いてるのかと思いきや、漫画を描いているし。小説のカバーをかけてあると思いきや、エロいラノベが出てくるし。ある意味宝探しのようだ。
それも、もう終わりだった。
月日は残酷で、かつて在った事がどんどん薄れていく。人の記憶や、所持物、生活していた痕跡。
ずっと一緒に過ごしていたのに。呆気なく、別れはやってきた。
頬に伝うものを拭いもせず、彼は天を見上げる。
理人
声が聞こえる。
懐かしくて、震えた。
あねの名前を奏でても、誰も返事をしてくれない。
同じ意味を持つ名前を恥ずかしく思って、今まではよべなかった。
震える口は音を奏でられず、ただ嗚咽した。
もうーー姉はいない。
ぽとりと、涙が畳に染み込んだ。