逆ハーレムがはじまる予感。
出立の日、早朝。
馬をつないだところに行くと、身支度を終えたカンヘさんがいた。
元気ないね、やっぱり。
大丈夫かな、って心配してたけど。
「カンヘ殿」
第三王子は実のお兄さん。そんな人を自分の手で殺したんだ。
それがオキテ。
オトシマエの付け方なんだって言うけどさ。
ハードだよ。ほんと、なんて言ったらいい?
コトバがぜんぜんみつからない。
クム・セナお姉さんは、黙ってそばにいた。
「まことに、よいのですか」
お后になるために、儷にゆく決心をしてくれた。
でも大丈夫?
男の人苦手なのにさ、近づいただけでじんましん出るっていうのに。
「ご無理は禁物です」
見送りもいいって、遠慮したんだよ。
もしかして、もう姉妹のみんなに会えないかもしれないのに。
そう思うと、私のほうがさびしくなってくる。
「決めました。ですから、もう何も仰らないでください」
カンヘさんは唇をへの字にまげて、顔を上げた。
強いね。私なら、泣いてるな。
あ、向こうから、ハナさんとワヌ・シンが歩いてくる。
ワヌ・シンがハナさんの胸をこぶしでこづく。
あーまたなんかからかってるな。ワヌ・シンコノヤロ。
年上にその態度はどうかと思うけど。
ハナさん、すごくいやそうに、手を払う。
それから、小さく笑った。
あ。ひげ。
お姉さん、どうしたんでしょう。
ハナさんのひげがありません!
クム・セナお姉さんは、あきれたようにささやいた。
「そなたが落とせと命じたんだろ」
あーはい。ソウデシタネ。勢いで。ごめんなさい。
木の下の小道を通ってきたところで、むこうがこっちに気づいた。
ハナさん、笑いました。
うわ。
どうしよう。
お姉さん。お姉さん!
「なんだ、うるさいな」
超、好みです。
「はあ?」
目つきなんか、おっかないんですけど、鼻がちょっとまがってるとこなんか色っぽいし。クチビルが薄くって、皮肉っぽく笑ったりすると、もうすごくドンピシャでストライクです!
「あーあー」
なんですか。あーあーって。
「わたしが昔殴ったから、鼻が曲がったんだぞ」
ひど。お姉さん鬼。
「おい、ハナや」
お姉さん、ハナさんのほっぺたをぎゅっとつかんで、とっくり眺めた。
近すぎる。近すぎてどきどきして死にそう。
「セナが、おまえに惚れたんだと」
なに囁いてんですかぁ! さいてい。お姉さんさいてい。
てか、あなたもセナですから。
ハナさん青ざめて、一歩下がりました。
「幻聴がきこえました」
残念ですが、これは幻ではなくて現実です。
ハナさんぶん殴られたり誘惑されたり、まじ不憫です。
よしよししたい。年上だけどカワイイ。そんなところも好きだわ。
あのね、お姉さん。
あきれてますけど。
エロ天帝さんの言ってたこと、ちかごろよく思い出すんです。
セナは二人で一つの魂なんだよって。
ジャンミさんも言ってました。
私の心ひかれる者は、お姉さんも好きになるはずだって。
うん?
「セナや」
あ、エロ天帝さんじゃありませんか。
お久しぶりです。一年ぶり。
あれ、みなさんには見えないのかな。
おーい、おーい。
「わたしを忘れないでいてくれて、うれしいよ、セナや」
忘れたことなんてありません。
いっつもアノヤロ、コノヤロって思いながら、がんばってきたんですから。
エロ天帝さん、愉快そうに笑った。
「時は満ちた。このときを待ちわびていたよ」
え。
「さあ、おいで」
手を取られて、引き寄せられた。
すると、私はクム・セナお姉さんの体から、するっと抜けちゃった。
わ! わわ。
お姉さんたち、荷造りをおえて、馬にまたがった。
私、まだここにいるよ。
ちょっと待って。
クム・セナお姉さん。
なんか、お別れみたい? すごく急ですけど、天ってヤツは別れを惜しむひまなんてくれないって、もうわかってますから。
私は平気ですけど、お姉さんは大丈夫ですか?
大丈夫ですよね。
うん。
「サトウ・セナ。そなたは、クム・セナを強くした。もがれた魂の半分は、あの子に戻ったのだよ」
いつのまに。
「そなたが未練を知ったとき。そして、未練をなくしたとき。漂うものはすべてもとの器へと戻り、二つは一つとなったのだ」
じゃ、私はなんなの。
カスのようなものですか?
「いちばん美しい核心だよ。十五年、そなたがはぐくんだそなただけの記憶、想いだ。そして、恋心」
あ、そうですか。恋。
よかった。この気持ち、私が持ってていいんですね。
うれしいな。
うれしい!
好きです。
副隊長さん。ハナさん。
クム・セナお姉さんを大切におもうあなたが、大好きです。
伝わらないけど、それはそれだね。
あーあ、お饅頭になれたらいいのに。
お腹いっぱいにしてあげたい、だなんて思わない。
おやつ程度でいいから。
お饅頭、もっといっぱいつくってあげればよかった。
おっと、だめだめ。
未練になる。
広い背中を見送れるだけで、よしとしよう。
ひげのない顔見られただけで、もういいや。
「セナや!」
おっきな声が響いた。
呼ばれた気がしました。
クム・セナお姉さん。手綱をひいて、馬足をとめた。
そして、あたりをきょろきょろ見回して、うしろも振り返って。
「まってくれ」
私がいなくなったって、わかりました?
そんなに探してもらってうれしいけど。
もう行かなきゃ。
お姉さん、これからたいへんなこといっぱいありますね。
少しだけだけど、お姉さんと一緒にいられて、怖かったけど、楽しかった。お姉さんのこと、私は大好きです。
今回思ったこと。
やっぱり、庶民がいいな。
権力なんていらないから、家族がいてさあ。
寝る場所があって、ご飯があって。
なんでもないことで笑ったり泣いたりできる、っていうのがいいな。
私、自分で思ってたより、ずっとスゴい、楽園みたいなとこで暮らしてたのかも。お姉さんに会えたから、そう思えるようになったんだね。
「わたしのそばにいろ」
クム・セナお姉さんはかすれた声で叫んだ。
「ずっとずっと、そばにいろ。そなたがいたから、わたしはあきらめずにすんだ。そなたが笑うから、わたしも笑えた。そなたが泣くから、わたしも泣けた。だから、行くな。そばにいろ。わたしが死ぬまでそばにいろ」
みんなアッケにとられてますよ。
とつぜん、愛の告白しないでください。
もう、はずかしいなあ、もう。
「うんと言え。離れぬと言え。さもないと、わたしも死んでやる」
ちょっと。
お姉さん、そういうキャラでしたっけ?
エロ天帝さん。なに笑ってんですか。
「これこれ、これだ」
この変態。なにがこれだって。
「どうする?」
どうするもこうするも。
私は恋心を抱いて消えゆく幽霊娘ですから。
なんですか。
なんで押すの? やめてください。ぐいぐい押さないで!
ちょっと、何すんですかっ!
あーあー。
はは。
手のひらを、じっとみつめる。ごつごつの堅くなった戦士の手のひら。
鮮やかな世界、目にしみる空の青。
戻っちゃったんですけど?
「おいおい。しかたないやつだな」
ワヌ・シン、肩をたたいてく。な、何。
「叫ばずとも、聞こえている。安心しろ、おれもついてってやるから」
なんですか。にやにやして。
てかついてこないで。
「セナ様。わたしの心は、とうにあなたのものです。どうか信じてください」
カンヘさんが、ぽろぽろ泣いてる。
「あなたの国を故郷と思い定めてまいります」
え、なんですか。
ハナさんは、おっきなため息をついた。
「まったく、なんですか、急に叫んだりして」
はあ、お姉さんが取り乱しちゃったみたいで、すみません。
泣いてるんですか、お姉さん。
私がいなくなったと思って? 泣いたの?
ほだされるわあ。
雨の中飼い主をまちつづけるワンコみたいです。
「どうでもいい。そばにいろ、ばか」
ひっくひっく。しゃくりあげる。それ反則。
ハナさんがいくら我慢強くても、これやられたらさ。
「はい。おります」
ってなるでしょおがよ!
もう知らん。
逆ハーレムがはじまる予感。
見送りいつのまにか門前にあふれてて、お祭りみたいになってるけど。
ひっそりと出立するんじゃないんですか。
あなたたちの王サマ、知らん顔して出奔しようとしてますよ。
誰か止めて!
あああ、もう。
私はもう、知りません!
一区切りつきました。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます!




