またオキテかよ。
「どうぞ、こちらへ」
アッタさんは、王宮の中へ第三王子と第五王子を案内した。
「ここからは、王族しか入れませぬ」
王子のお供の人たちは、しぶってる。
「兄上」
カンヘさんが、出迎えた。
同族の妹さんをみて安心したのかな。
お供をおいて、奥に行く。
とつぜん、日が射した。
王宮の中にもひっろい中庭みたいなとこがあって、その真ん中に四本の柱が立っている。周りには布をかけてある。
風でその布がゆれた。寝台のうえに、麻布で包んだご遺体。
第三王子、顔を背けたね。
「王様は、戦で命を落とされたのです」
アッタさんが、乾いた声で言った。
「敵として相対したとはいえ、父を同じくするきょうだいではありませぬか。どうか、王様の、シンの葬儀には参列してくださいますよう」
「戦で死んだ者を軽んじるのは本意ではない」
第三王子、まあ、なに考えてんのか。
どうでもいいよ、みたいな口調だ。
第三王子っていくつくらいなのかな。私のお父さんと同じくらい? まああんまり若くないけど。第五王子はお兄さんを立ててあげるのかな。
王様になりたいの? そんなにステキな職業かなあ、王様って。
王にならないと、生き延びることができないって、クム・セナお姉さんは言ってたけど。せちがらい。
「お戻りを心からお待ちしておりました、兄上」
アッタさんが手を打ち鳴らすと、四方を兵が取り囲んだ。
ふところにしまっておいた短刀を目の前でとつぜん抜いて見せたように、王子はおどろいた。
「アッタル、どういうつもりだ」
女官姿のアンさんが、抜き身の剣を第三王子の肩においた。
第五王子は危険を察知したネコかなにかみたいに、妹たちを押しのけてこっちへ走ってきた。
わ、来ないでよ。
クム・セナお姉さんはさっと道をあけ、足をひっかけ転ばせた。
わけもわかんないまま立ち上がろうとした背中を踏みつけると、兵が第五王子を取り押さえた。
「女ども。あらがう気か?」
第三王子は薄ら笑いをするヨユウがまだあるみたい。
アンさん、ちょっと痛い目見せてもいいんじゃないですか?
「男たちの留守に我が家と財を守るのは、厦の女人のつとめにございますわ」
ふん、と第三王子は鼻で笑った。
「そなたらの夫が先の戦で死んだこと、まだ恨みに思うておるのか? さぞかし、悔しかろう。腹立たしく、気もおさまらぬであろう。されど、安心せよ。よい男と娶せてやる。寂しさもすぐにうせようぞ」
アッタさん、にっこりと笑った。
笑顔がこわすぎる。
「それはそれは、ありがたきしあわせ」
「わたしはシンよりも賢く、ふさわしい王になる。わたしはシンよりもよい政治ができるのだから。シンよりもこの国を大きくしてみせる」
「そうでしょうとも」
アッタさん、カンヘさんに目配せをした。
カンヘさん、うなずいて第三王子の目の前に立つ。
王子は、実の妹の顔を見て目を細めた。
「カンヘや。あのお方は無事でおられるか」
充血した目をしたまま、カンヘさんは王子をみつめた。
「あの方は、兄上をお待ちです。恋しいお方をお待ちですよ」
「そうか」
あの方って、春蘭君ヨンチュさんのことですよね。
「お待たせしてしまった。さぞかし、お怒りだろう」
「ええ」
短剣を鞘から抜き放ち、カンヘさんは胸の前でかまえた。
そうして、きっと目標を見定めて、体当たりをした。
あっという間だった。
ちょっと?
「カンヘ、や」
うめき声がして、第三王子は床に倒れて、動かなくなった。
死んじゃったの?
うそ。こんなにあっさり、人って死んじゃうの。
クム・セナお姉さん、なんで黙ってたの。
こらしめられるだろうとは思ってたけど、実の妹のカンヘさんが、お兄さんを殺す必要なんてあったの?
「裏切り者は、ひとたびは許せ」
アッタさんは、ゆっくりと言った。
うたうような口調だ。
「されど、卑怯者は、許してはならぬ」
顔を上げたカンヘさんは、ぼうっとしていた。
「よくやりとげました、カンヘ」
ほめてる。
いやこれほめるとことちがうでしょ。
呆然としてるよ、カンヘさん。
クム・セナお姉さん、そばに行ってあげよう。ほら。
手に持った短剣をとりあげると、カンヘさんはへたりこみそうになった。お姉さん、カンヘさんをしっかりと支えた。
「掟です。身内の罪は身内がそそがなくては」
アンさんが、小さな声で言った。
もーたくさん。
またオキテかよ。
いくらオバカなお兄ちゃんだって、お兄ちゃんなのに。
きびしすぎるよ。
それに、なんか一途にヨンチュさん想ってたっぽい。
私の感性がこの時代に合わないのかな。
そうなんだろうな。なんかもやもやするもんな。
第五王子をふんじばって、お供ともども牢につないだところで、やけに明るい声がした。
「さてさて、御酒守が拝謁いたします」
吹き込んできた風とともにやってきたのが、竜の人だ。
いまごろ何しに来たんですか。
「養女の忘れ物を届けに参りました」
はあ。忘れ物なんかしたっけ?
「月光をはらみそこねた酒が、里の酒倉にわんさとありまして」
ああ、ありましたねえ。
うまく醸せなかったお酒。
あれって、のんでも大丈夫なんでしたよね?
「飲むと惚れやすく、陽気になりまする」
はいはい、大・迷・惑なお酒でしたね。
もしかして。
あの夜、五回クチビルを奪われた夜。
ワヌ・シンはその酒飲んでたんじゃない?
ま、今となっちゃどうでもいいか。
「門前、門中にいる皆ひとに振る舞っておる最中でございます」
はい事後報告~。
遠くから、すっとんきょうな歌声とか響いてきてるんですけど。
ぷぉーぷぉーって、誰か大事な角笛吹いちゃってますけど。
降参するか、進軍するか、特別なときしか吹いちゃいけないんじゃなかったっけ。
あーあ。なんだかなあ。
すべてがばからしくなっちゃう。
ババ引いたのは、第三王子とカンヘさんだけじゃないか。
なんでもっとはやく来てくれないの?
そしたら、カンヘさんがお兄ちゃんを殺さずにすんだかもしれないのに。でしょ?
カンヘさん、ふるえてる。両手が短刀持った形のまま、固まっちゃってる。クム・セナお姉さんは、ぎゅっとカンヘさんをだきしめた。
「終わりました。もう、終わったんです。目を閉じて。好きな風景を思い出してごらん」
すると、カンヘさんはぎゅっと目を閉じて、クム・セナお姉さんにしがみついた。
「野原と、白い雲と。青空」
「見えましたか? 目はあけずに、まぶたのうらに描けますか」
お姉さんは、じっと待った。
少しして、カンヘさんはちいさな声でこたえた。
「見えます。見えました」
クム・セナお姉さんは、ほっと息を吐いた。
「つらいときは、目を閉じればそこへ帰れる。覚えておいてください」
お姉さんも、そうするんですか。
つらいときは、どの風景へ帰るんですか?
ちょっと興味あります。
同じものをみてみたいな。
クム・セナお姉さんは、唇をかみしめた。




