こんな気持ちは、初めてです。
「降参せよと」
アッタさんがイラついた目で見てきますよ。
そりゃそうです。
怒りますよ、そんなこと言ったら。
「さいごまで聞け」
お姉さんはかすかに笑った。
姉妹のみなさん、ごくりと息をのむ。
クム・セナお姉さんのすごいところは、ほほえんでも威嚇になるところだよねえ。
「うん?」
いや、ほめてますって。
いちいち私のもぉすことに反応しないでください。
変な目で見られます。
「ああ、その。失礼。こう申すのには、わけがあるのです」
クム・セナお姉さんは、地図上の城の正門を指さした。
「ここをあえて開くのです。さながら、友軍を迎えるように」
「時が差し迫っているのですよ」
今まで黙っていたアンさんが、髪の毛逆立てそうなくらいな勢いで言った。クム・セナお姉さん、ほほえんでうなずく。
「だからこそだよ」
はい。その真意は。
「葬儀の支度をなさい。男らは剣を置き、女たちは喪服をまとうのです。ただ粛々と荼の軍を迎えましょう」
はい、ざわついてます。
クム・セナお姉さんはこぶしで卓をトントンたたいた。
「内応を逆手にとるのです」
よーするに。
ワヌ・シンを始末したよ。城は落ちたよ。
と油断させて、誘い込むってこと。
「敵方を油断させるためにも、カンヘ殿に助力をお願いしたい」
呼び寄せられたカンヘさん、泣きはらした顔だ。
胸が痛くなる。
クム・セナお姉さんは、十一人の姫サマたちを見回した。
みんな、居心地悪そう。
なーんか沈黙が、オモ。
「わたしには、兄弟姉妹というものがなく、それを寂しいとも思いませんでした」
ちいさくため息をはいたあと、お姉さんは言った。
「されど、ここへまいり、姉妹とはかくもやかましく、おせっかいで、楽しいものだと知った気がいたします」
アンさんは王宮の力関係とか詳しく教えてくれたっけ。
空気イス状態であちこち歩いたこと忘れないだろうなあ。
しんどさ的にも。
ヨンジェさんのいれてくれるお茶は、いっつもおいしい。
うん、ユンソンさんに一つしゃべったら、二十は返ってくるし。
きわどいスケスケの下着とかももらった。
いろんな昔話や、流行ってる劇の話をしてくれたり。
カンヘさんは、話してみたら、すごくいい子だし。
私には弟しかいないけど、女きょうだいもいいなあって思ったよ。
「ここは、何はともあれ、皆が力を合わせるときかと」
そうです。
お姉さんいいこと言った。
厦では、きょうだい同士、王位をめぐって争ったって言ってたよね。誰が王になっても同じかなって、シモジモの庶民としては思うけど、そうじゃないんだよね、やっぱさ。
王サマになる人が、こそこそ他国の軍の力を借りて、自分は安全なところに隠れたまんま、あわよくばなんとかしてやろう。げへ! なんてけちなこと言っちゃあいけません。
「カンヘ殿」
うつむいていたカンヘさんは、すっと顔を上げた。
おっと。いつもの無表情? かと思いきや、涙のこすれたあとが残った目元には、もう涙はなくて。
黒く光るつぶらな目で、じっと姉妹たちを見回して、声を上げた。
「あやまちを、なかったことにはできません。ゆるしをこうような見苦しい真似も、いたしません。あとでいかようなお咎めもうける覚悟です。ですが、今は」
カンヘさんは、じいっとクム・セナお姉さんをみつめた。
それから、黙り込んだ姉妹たちに言った。
「兄が無茶をしたら止める。それが妹のつとめです。ともに働かせてください」
アッタさん、大きくうなずいた。
「男きょうだいは一つ屋根の下におくと争い、女きょうだいは嫁にいっても同じおかずをつくる、といいます」
おかず。
おふくろの味?
「生まれた土地の縁を忘れないということだ」
クム・セナお姉さん、ものすっごい小さい声で、解説ありがとうございます。
「カンヘ、あなたはわれら姉妹のなかで唯一未婚の妹だけれども、きずなを疑ったことはありませんよ。人いち倍の、あなたの勇気も」
姉妹のきずなねえ。
それにしても、未婚の娘って。
クム・セナお姉さんが儷に連れて帰ろうとしてたのは、カンヘさんだったのかな。でもワヌ・シンは未婚の娘がいるけど健康じゃない、みたいなこと言ってた。
カンヘさん、健康そのものに見えるけど。
「あなたが儷へ嫁してもよいと言ったとき。みな、その勇気に感服したのです」
みんなうなずいてるけど。
「殿方に触れられただけで、じんましんが出て、呼吸が難しくなります」
アレルギー症状がでちゃうん、ですか。
男はぜったいだめなんですか?
儷の王様は文学青年っぽいはかなげなイケメンですよ。
「かようなむごい病があるとは」
クム・セナお姉さん、言葉うしなってる場合じゃありません。
アレルギーってのは、心理的に拒否しちゃうのがカラダにあらわれるものもあるって。聞いたこと、あります。
たぶんね、カンヘさんは漢が苦手なんじゃないかな。
汗くさい、なんか暑苦しいいかにもオトコですっていうの。
「なれば、わたしもあなたのおそばには寄れませんね」
いやっ! お姉さんは女性ですよ。れっきとした、女性です。
「鎧の金さびたにおい、血のにおいは身をすすいでもとれませぬ。自分はなぜ男子ではないのかと、行軍のさなかなど、むくつけき男どものなかにいると、女のわが身が面倒にさえ思われるのですから」
あーもう。
ほんと、儷の男たちはなにやってんですか。
お姉さんが戦場にいく必要なんてないくらい、根性みせなさい。
「そんなことは、あのう、けっして」
カンヘさん。
カンヘさん?
クム・セナお姉さんの服の袖、つかんでます。
そっぽを向きながら、え、なんですか。
声小さくて聞き取れません。
「で、ですから」
カンヘさん、カオ真っ赤です。
「クム・セナ様は殿方よりも、ずっとずっと頼りになります。はじめてお目にかかったときから、お慕いしておりました。こんな気持ちは、初めてです。もしお役に立てるのであれば、この身を捨ててもいいと、思えたのです」
はい?
ワヌ・シンのためじゃないの?
オシタイスルって、どういう意味だっけ。
そうそう、すきってことでした。
あのう、ライクじゃなくて、ラヴのほう?
気のせいじゃ、なく?




