ちーん。
止まっていた心臓が動き出した。
すうっと、呼吸がとつぜん再開する。
もう、ほっとした。なんてもんじゃない。
この。心配させて。この。
カンヘさんは、どっちも無事だってわかったら、子どもみたいにぽろぽろ泣いた。
春蘭君は、カンヘさんにとって、叔母さんにあたる人。
ワヌ・シンを殺そうとした伯父さんの、妹。似てないけど。
子どもの頃から、叔母さんにはすごくかわいがってもらってたんだって。叔母さんっていっても、まだハタチですってよ。お姉さんみたいな存在なんだろうな。
大人っぽいからわからなかったけど、カンヘさんは現代日本にいたら、メガネの似合う文学少女だったかも。十六歳だっていうから、まじJK。親近感わく。わいてきた。
今年齢きくの? ってカオしてたけど、私はすっきり。
こういう状況じゃなかったら、いろいろ話してみたかったんだけど。
なんの本読んでるの、とか。
それおもしろい? とか。
「叔母を助けてくださったのですか」
助けたっていうか、私は何もしてないよ。
お酒飲ませただけだから。
お礼なんて、いいんです、いいってば。
「厚かましくお願いできる立場でもありません。このたびのことは、わが一族の罪です。ですが、どうか」
「カンヘさん」
クム・セナお姉さんのまね。ドスのきいた声、でたかな?
カンヘさんはびくっと肩を揺らした。
「はい」
「話はあとです。まずは、敵を防がなきゃ。でしょ」
夜明けが、近い。
さあ、次だ。
考えても考えても、わかんないことは、もう考えない。
ただ、今は目の前にあることに集中しないと。
どうしたらいい?
何ができる?
お姉さんなら、どうするだろう。
「あ」
そのとき、思いついた。
このお酒、私まだ飲んでなかった。
左手にずっと酒壷にぎりしめてたんだった。
飲もう、飲もう。
クム・セナお姉さんも目覚めるかも。
なんて。そううまくいかないよねえ。
ごくんと一口飲み込むと、お腹の底がかあっと熱くなった。
干上がるみたいに乾きがおそってきて、私は残ったぶんをぜんぶ飲み干した。けっこうのど乾いてたんだ。
「セナ、様?」
カンヘさん、どうしたの。
のみっぷりにびっくりしましたか。
なかなかの味。
月夜の晩にはらませたお酒。上出来じゃないですか。
アタマもさえてくる感じ。
よく寝たあとみたい。
ため息をついたあと。
「カンヘ殿」
口が勝手に動いた。
「内応のおそれがあるので、伯父上は拘束させていただく。あなたも、春蘭君も、見張りをつけますが」
今、なんてった?
「よろしいですね」
確かに私がしゃべったけど。意味がよくわかんない。ナイオウ?
「見たところ、こちらは兵糧も水も十分。敵は包囲するより、強攻に出るであろう。悠長に開門を待たぬはず。なれば、すぐ片がつくやもしれぬ」
立ち止まらずに歩き続けてるけど、これ。
お姉さん?
目が覚めたんですか?
「うん」
すごく小さな声。
口の中でつぶやくような。
「苦労をかけたね」
わあ、泣きそう。
「泣くな。そなたが泣くと涙がこぼれる」
そうなの?
いままでどこにいたんですか。
スイッチが切り替わるみたいに、私はまた幽霊娘に戻っちゃったのかな。お姉さんの目で風景を見てる。手足の感覚も、はっきりしてる。
「そなたより、一歩だけ前に出たのだ。そうできると、今わかった」
というと?
「なんと説明したらよいか」
口ごもりますね。
「すべて、見ていた。なにもかも。だから、案じるな」
ええ?
うそでしょ。
「まことだ」
気にするなよ、みたいな。口調。
あきらかにこわばってますけど?
すべてって、全部とイコールでしたっけ。
これまでのこと、朝起きてから夜寝るまでのあれこれ?
泣いたり怒ったりわめいたりしてたことも?
ひい。
あれも、これも?
がーん。
がーーん。
がーーーん!!!
ちーん。




