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目ぇさませゴルァ。

 ワヌ・シンが寝かせられた部屋、女官さんを押しのけるようにして、戸を開けた。

 春蘭君、ワヌ・シンの奥さん。

 部屋の真ん中に質素なベッドがおいてある。

 枕元におおい被さるように、女の人がひざまずいてる。

「ヨンチュさん!」

 でっかい声が出た。

 だれがおじさんだとか、おばさんだとか。

 お兄さんだとか、妹だとか。

 どうでもいい。

 ほんっとーに、どうでもいい。

 ワヌ・シンをそっとしておいて。

 やめてよ。傷つけないで。

 そんなに悪い人じゃない。

 腹が立つこともあるけど。じゃまくさいけど。

 いなくなったら、スウッとするかもしれないけど。

 そもそも、あんまりワヌ・シンのことよく知らないけど。

「やめてください」

 顔を上げた人は、かすかにほほえんでいた。

 ほっそりとした手につままれていた小瓶。

 受け取ると、空っぽだった。

「あなたが、竜の人の養女ですか?」

 きれいに結い上げた髪が、ほつれている。

 頬にかかったほつれ毛をそのままに、その人はほほえんだ。

 服が着崩れている。身だしなみにかまうのも忘れてしまったみたいだ。

「クム・セナ。お噂は、よく耳にしておりました」

「何をしたんです」

 ワヌ・シンの髪を、春蘭君はゆっくりとなでる。何度も。

「お別れを申し上げておりました」

 間に合わなかったの?

 押しのけて、ワヌ・シンのほっぺたをたたいた。

「おい、コラ。王サマ」

 応答なし。

 ワヌ・シンにすがりつくように、春蘭君、ヨンチュさんはひざまづいた。呼吸が荒い。ひたいには、汗がにじんでる。

「ご安心を。王様を傷つけたりはいたしません」

 目をきつく閉じて、ヨンチュさんは言った。

「わたしが去るのです。もっとはやく、こうするべきでした」

 かすかに笑う。

「申し上げたいことがたくさんあったはずなのに。いまはもう、すべてがとるに足らぬことに思えます」

 冗談じゃないですよ。

 毒飲んじゃったの?

「オロカモノ!」

 ばかばか。もうわけわかんない。

 超こわい王宮。もうかんべんして。


 「マンガの続きが知りたい」


 それが私の未練だと思ってたけど。

 いざ手に入れてみると、ぜんぜん。

 開いてみる気にもなれない。

 肌身離さず持ってるけど、うれしい、って感じもしなかった。

 物語の中で、私もすごく一生懸命生きてるみたいな、そんな気がしてた。ずっとこの物語の中で息をしていたい。

 大好きな登場人物たちのことを想像していたいって。

 心のどこかで、わかってた。

 これは、お話だ。

 現実じゃないって。


「ははうえ」

 そのとき、ちいさな男の子が、ヨンチュさんに抱きついた。

 どっから入ってきたの?

 え、誰?

 三つくらい? ワヌ・シンにそっくり。

 ヨンチュさん、涙をこぼして男の子を抱きしめた。

「なぜ、ここにいるのです。とうに賽外そとに逃れたとばかり」

「お許しを」

 男の子を追ってきた女の人が、床にアタマをこすりつけた。

「ヨンチュ様」

 女官さんかな? 泣きながら、血の気のなくなったヨンチュさんの手をさすっている。男の子は、きょとんとした顔をしてる。

「お供いたします。どこまででも」

「そなたは、王子を守って行かねばならなかったのに」

 王子様。

 このちっこいワヌ・シンが。

 あれ。でも、不義の子とかなんとか言ってなかったけ。

 めっちゃワヌ・シンに似てるけど。

 何がなにやら、わかんない。

 でも、目の前で起きていることは、現実。

 毒を飲んで、死にかけてる女の人がいる。

 その人には、ちいさな男の子がいる。

「だめです!」

 手に持ってた酒壷のせんを歯で抜いた。

「そう簡単に死なないでください」

 明日なんてないよ、って。

 突然、なんの心の準備もしてないのに言われた私の身にもなってください。たしかに、のんきに生きてきたけど。こっちの世界の人たちみたいに、過酷な状況に苦しんだことなんてないけど。

 誰かを殺したいほど憎んだことも、殺せって命じられたことも。

 ないけど。

 叫びたい気持ちは胸のなかにある。  

「おかしなこと。なぜ、あなたが泣くことがありますか」

 ちいさな声だった。

「泣いて、悪いですか。怖くて、アタマにきてて、フザケンナヨって感じですよ」

「クム様。あなたなら、王様をお守りできますわ。お頼み、申し上げます」

 いやです。

 頼まれません。

 それは、あなたの役目じゃないんですか?

 王サマのかわりに、どうして自分が毒を飲んだの。

 本当の気持ちは、どこにあるんですか。

 おじさんの頼みだとか、一族のなんたらだとか、オキテだとか。

 うるさいってんですよ。


 事故にあうまで、向き合ってこなかった。

 みないようにしてた。


 未練があるとしたら、それじゃないかな。

 必死にならなかったこと。もがかなかったこと。

 なんて。そんなことを、今ここで思った。

 私のほんとの未練は、ちゃんと生きなかったことじゃないかな。


 幽霊娘って呼ばれて、いつの間にかクム・セナお姉さんの体に入っちゃってから、今日まで。

 すごくどきどきすること、いっぱいあった。

 楽しいこと、うれしいことだけじゃない。

 つらい。苦しい。そんな気持ちも。

 ときどきすごく困るけど。

 この気持ちは、本当の気持ちだ。


「ちょっと、すいません」

 乳母さんにどいてもらった。ちっちゃな男の子にばしばしたたかれたけど、無視。お母さんに悪いことなんて、しないから。

 ヨンチュさんを抱え上げて、私は例のお酒を飲ませた。

 口からこぼれて流れちゃう。

 思い切って、口移しで飲ませた。

 はい、ごっくん。

 OKですか?

「竜の人の爪のアカは、毒消しになります。様子を見ててください」

 女官さんの目をまっすぐに見て、ゆっくり説明。

 大丈夫ですね? はい、深呼吸。

 落ち着いてくださいね。


 つぎ。

 ワヌ・シン。

 胸に耳を押し当てても、心音はきこえない。

 呼吸もしてない。


 アタマを抱え上げて。

 こっちも、口移しでお酒を飲ませた。

 六回目。

 もう次はないはず。ないない。


 目ぇさませ。

 さませさませさませ。

 念じて、念じて。

 おっきな手をぎゅっと握る。

 お願いします。

 こんな王サマでも、必要なんです。

 たぶん。

 みんな待ってるんです。

 だから。


 目ぇさませゴルァ。

 

  


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