厦(か)のにょにん、パネエ。
報せは、急だった。
ワヌ・シンが負傷したって。
うそでしょ。
砦からのろしがあがり、いっぺんに王宮内は色めき立った。
運び込まれてきたワヌ・シンは意識がなかった。
どうしてこうなったの?
矢が飛んできた。
で、すとん、とワヌ・シンに命中したんだって。
私は頭の中パニクっちゃってる。
すごくこわかった。
馬から落ちたわけでもない。傷は負ってない。
なのに、どうして目覚めないの。
「ごらんください」
アッタさんが、私のまえに差し出したもの。
穴のあいた単行本だ。
きのうは持ってなかったくせに。
「これがなければ、シンは無事ではすまなかったでしょう」
ぼうっとして私は真ん中にあいた穴ばっかり見てた。
「シンは、いつもこれを眺めていましたよ」
弐拾参巻を、アッタさんはワヌ・シンの枕元においた。
「どうして」
息もしていない。心臓も止まってる。
「わかりません」
姉妹たちが、つぎつぎとやってきた。
なぜ目覚めないのか、死んでるんじゃないかって。
ゆすったり、手足をさすったり。
祈りたい気持ちだった。
なんとか起きてよ。
べつにワヌ・シンがいなくなっても、ちっとも困らないけど。
この国の人たちは、すごく困るんだよ。
意地悪で口が軽いけど、いい王サマなんでしょう。
王宮の人たちは、だれもワヌ・シンの悪口なんか言わない。
みんな、しかたないねえ、王サマは、って雰囲気。
「王様ときたら、無茶ばかり仰せになる」
「仕方ないだろうよ」
「おれたちがいないと王様はぺしゃんこになっちまうから」
ぺしゃんこ。
って、これ。好かれてるってことだよね?
ワヌ・シンの足下で、姉妹たちが泣いてる。
あの、まだ死んだわけじゃありません。
心臓も止まってるし、息もしてない。
でも、おかしくないですか。
体は、まだあったかい。
こんな状態になってから、もうずいぶん時間がたってるのに。
死んだなら、冷たくなるはずでしょ。
そう。これは、異例の事態です。
私は、竜の人の養女ですから、多少世間離れした状況も、けっこう冷静に受け止められるんです。
はい。季節がひとめぐりする間、御酒守の里でこきつかわれてきたからね。
そもそも、事故にあってもこうして平気でいるし。
何が起こるかわからないんですよ、ジンセイは。
なんかちょっと泣きそうなんだけど。
もう終わりだ、みたいに悲観する人たちに、そうじゃないよ、って言ってあげたい。悲しむよりさきに、することはたくさん、あるんじゃない?
「アッタさん」
ぼろぼろのマンガを手に取った。
表紙をなでてみる。
雑にめくられたんだな。シミもついてるし。ページなんて折ってある。
ワヌ・シン。おいコラ。
あとでしばいてやる。
あやまってもらう。
それで、天門通って新しいの買ってきてもらう。
「この人は、かならず目を覚まします」
でないと、この怒りのもっていきようがないってば。
アッタさんは、口をぽかんとあけた。
何か言いたいけど、言葉がでてこない、みたい。
あー、若ゾーがすみません。
何も役に立てそうにないのに、すいません。
でも。言うからね!
「今は、他にすることがあるんじゃないですか」
小耳に挟んだんだけど、荼の軍が峠を越えちゃったらしいじゃないですか。王様をうしなって、退却してきた兵たちで門前はごったがえし。都の人たちは城門の内側に入れずにいるらしい。
「アッタさん!」
ぼうっとしたアッタさんの肩を揺さぶる。
「厦の肝っ玉母ちゃんの出番です。このままだと占・領。されます。しゃきっとしゃきっと」
お願いです。頼みます。
「それとも、逃げますか?」
一案ではあるんだよね。
「態勢を立て直してぇ、そのぉ」
都をとりあえず明け渡して、あとで取り返せばいいじゃんよ。
ワヌ・シンを連れて逃げればいいんだよ。
命あってのモンだねとも言うし。
「そのようなこと、できませぬ」
アンさんが赤い目をしたまま、叫んだ。
「えっ、そ、そうですよね」
うわっ、すいません。
すっごい小さい声であやまった。
けど。
なんかみなさん、どうなさったんですか。
おもむろに立ち上がって。
今まで、泣いてたじゃないですか。
「そうよ、そうよ。セナ様のおっしゃる通りだわ」
何言いましたっけ。命あってのなんとかってやつ?
顔拭きながら、無口なカンヘさんが、ぽつんと言った。
「厦の女人は、いついかなるときも、財と子を守ってきた。こたびも同じことをするまで」
え。
「泣くのはあとにして、働かないとね!」
「そうそう。お化粧もくずれちゃうし。おなかもすくし」
はい?
「男たちは、あてにならないわ。すぐワアワア取り乱して」
今までみなさんも、めっちゃ取り乱してましたよね。
「シンは寝かせときましょ。あとで水でもかけりゃ、起きるわよ」
ちょっと、ちょっとぉ!
立ち直り、早すぎませんか。
あまりに鮮やかな急展開に、ついてけません。
厦のにょにん、パネエ。




