天に見いだされた子
あの子は。
知ってる。
血に汚れたハンカチ。
しみついた汚れは、どんなに洗っても落ちなかった。
クム・セナお姉さんの記憶を、私は共有してるのかも。
たとえば、パソコンの中のクム・セナってファイルを見てる感じがする。お姉さんがそのとき味わった感情がくっついてる、動画ファイル。
必要に応じて、自動的に再生される。
嵐みたいな感情に押しつぶされそう。
「ラダルは、わたしと同じ年、同じ日、同じ母の腹から生まれました」
アッタさんは、目を伏せた。
「双子は、二人そろって育つことはかないません。一つ腹に二つの命が宿るということ、それは国の乱れる不吉なしるしだと言い伝えられているからです」
そんなの迷信だと思います。
じゃあ、この国に生まれた双子はみんなどうしてるの。
「養子に出すか、もしくは」
なんで、黙っちゃうんですか。
もしかして、口では言えないようなこと。
アッタさんは唇をかみしめていたけど、小さな声で言い出した。
「王族に双子が生まれれば、男でも女でも、あとから生まれてきた子をなきものとする、それが掟でした」
なんですか、それ。
なきものとする。
つまり。殺しちゃうってこと!
「わたしは誕生を喜ばれましたが、ラダルは生まれながらにして、何もかも奪われることになったのです」
うそだ。そんなの、ひどい。
だって、双子で生まれてくるなんて、どうしようもないことじゃないですか。スキで双子に生まれてきたわけじゃないのに、理不尽ですよ。
「父上は、ラダルを殺すに忍びなく、されど掟を無視することもでず、苦しみました」
「無視しちゃえばいいじゃないですか、そんなの。王様でしょ」
「わたしたちにとって、掟は命よりも重いもの。一つの例外は、小さな傷です。たいしたことはないと放っておけば、命取りになりかねない。王たる者がそんなことをすれば、国をも滅ぼすことになりましょう」
そこらへんが、よっくわかんない。
オキテだかなんだか知りませんけど。
人あってのオキテでしょ。
「このような掟が生まれたのにも、理由があるのでしょう。父上は、泣く泣く手放すことにしました。けれども、ラダルは消えてしまったのです」
乳母さんが、ほんのちょっと目を離したスキだったそうだ。
だれも入り込めない奥宮で、乳母さんは部屋を出てもいなかった。
「天に見いだされたのだと、父は驚き、喜びました」
え、えええ。
誘拐されて、喜んだなんて。
ひっどい話だけど。仕方ない、のかな。
「あの子の枕元には、黄色い菊が置いてあったそうです。それから。ふかしたてのお饅頭が」
「饅頭ですか」
ちなみに、中身は。
「なにも入っていなかったそうですわ」
これ、明らかに天のしわざだね。
天っていうか、あの人。エロ天帝。
クム・セナお姉さんに具のはいってないお饅頭を投げつけたこと、私はしっかり覚えてますから。
なんなの、ほんと。
天、って聞くと、もううさんくさい感じしかしない。
それもみんな、エロ天帝さんのせいだと思う。
あの人、料理の腕前くらいしかいいとこないんじゃないかな。
「掟も、争いごとも。国同士のいさかいも小さな問題なのかもしれません。天のなさりようを見て、そう思うのです」
え、なんですか?
「わたしたちは、大きな流れの中にいるのです。天界も地上も、国同士も、戦ごとも。すべては結び合い、無関係ではありません」
強い風が吹いた。
菊の花びらが、飛んでく。
「あなたが会ったのは、きっと、ラダルに違いありません」
「えっと。神殿で会った子が、ほんとうに双子のラダルさんかは、わかりませんよ」
「わたしとそっくりでしたでしょう。明るい髪色は珍しいものです。はるか西方からやってきた曾祖母の血がなせる技ですから」
「無事かも、わかりません」
ハンカチのことを、私は話した。
黙ってはいられなかった。
お姉さんと会っていたから、正教派の人に目をつけられてしまったんじゃないでしょうか。
お姉さんは、そのことを、ずっとずっと後悔してたんです。
「強運の持ち主です、ラダルは。天すら動かしたのですから」
アッタさんはじっと私をみつめた。
「あなたと出会えたのも、なにかのご縁に違いありません」
そう、かなあ。
「そうですとも」
菊の花、中身の入っていないお饅頭。
意図がまったくわかりません。
エロ天帝さん。何を考えてるの。
ラダルさんを、神殿に放り込む必要があったんですか?
あの子、木から落っこちてきた女の子。
ほんとうに生きていたら、すごくうれしい、けど。
「ラダルは、あの子は、生きています。わたしには、わかるのです」
「はい」
私も、そう信じたい。
信じたいです。
あれ。なんだろ。いま、子どものはしゃぐ声が聞こえたような。
すると、アッタさんはきつく目を閉じた。
ため息まじりに、ささやいた。
「セナ様。そろそろ参りましょう。もう十分摘みましたから」




