秘苑(ひえん)
「お、おつかえ。ひえ。めっそうもない」
なんか、落ち着かない。
アンさん、特技・地味+すばしこさを生かして、王宮内の出来事を探ってもいるらしい。ミッション・インポッシブル。
「そんな姿もお似合いになる」
「そ、そうですか?」
また女官の格好。王宮では、女官服を着ると「透明人間」になれる。
目立たず、地味になるんです。
くるっと回ると、アンさんは吹き出した。
「おやめください。おねがいです。まじめな顔が難しくなります」
カメレオンのように、風景にとけ込んじゃう。
「外へお連れしたことがわかれば、兄に叱られます。ひっそりと参りましょう」
人は、あんまり他人のことって見てないもんなんだよね。お仕着せを着てたら、「ああ、どこそこの女官」って頭の中で処理して、忘れちゃう。
「セナ様はやはり、目立ちますね」
クム・セナお姉さんは背が高いもんね。
誰かとすれ違うときは、うつむいて、裳の中で足を屈めてくれって。これ、きつい。空気椅子のまま歩くって難しい。
「それにしても、なぜ秘苑に?」
すいませんね、王宮が忙しいときに。
でも、どうしても気になって、アンさんにお願いしたんだ。
「ワヌ・シン、えと、王サマがお気に入りの場所だと聞いたもので」
ワヌ・シンのおじいさんが「妖魔」サトのために作った離宮、秘苑。ここは、見ておかないといけない気がする。
「たしかに、兄上は子どもの頃からよく秘苑でお過ごしでした。なんでも、静かでよいとか」
「今は使われていないんですか?」
「もともと林でございましたので、私的に狩りなどで時折つかうくらいでしょうか。建物は、あわせて三十棟、三つの池とその間を結ぶ川があります」
門をくぐると、森の中にきたみたいだった。
ぽつ、ぽつと木の間に建物がみえる。
「後宮の見取り図に、秘苑って、ありましたっけ」
「亡くなった先王は、こちらを疎ましくお思いでした。一時は、取り壊そうとされたほど。ですが、兄上の嘆願で思いとどまり、公式の行事では使用しないとの条件で、残すことを許されました。その名のとおり、こちらは秘められた庭です。忘れ去られた離宮なのですわ」
先をゆくアンさんの肩に、木漏れ日が落ちている。
ゆるやかな上り坂をゆくと、ひらけた場所に出た。
池だ。
濁った水の中に、生き物の影はない。
四角い池の中央には島があって、そこにいけるように石橋がかかっている。
「秘苑の主の画をごらんになられますか」
サトおばあさん。
クム・セナお姉さんのおばあさんの絵があるの?
おばあさん、ふつうのおばあさんだったけど。
若いときは、さぞかし。
「うーん?」
石畳の廊下の突き当たり、ちいさな部屋にかけてあった絵。
これ、アッカンベー、してます。
想像してた美女とちがう、なあ。
それとも、この国では舌を出すのが美女の振る舞いなの?
「うーん」
アンさんも絶句。
「こちらに画があるとは聞いておりましたが、このようなものだとは」
そうだよね。
ヘンだよね!
「人並みはずれた魅力があったのでしょう。きっと。画では花の香りは写し取れませんもの」
そうですけど。
あやしい。
ん、待てよ。
絵の中で、サトさん右の手のひらにお饅頭持ってる。
「これは、ふつうですか?」
美女と饅頭、っていう画題?
「いいえ。ふつうは、花鳥や風月が添えられているものです」
ですよね。
舌を出す美女。っていうか。こうなると奇女だけど。
それに加えて饅頭ってないわ。
ワヌ・シンは秘苑で「オレマン!」を拾ったって言ってたけどねえ。
どうして、ワヌ・シンがみつけたんだろう。
「セナ様」
アンさんが、手招きした。
「この画はへんです」
はい。ヘンです。
そこは疑いなく、ヘンだって言い切っていいと思います。
「これをごらんになって」
これ。どれ?
ただの緑の背景ですよね。
「全体を眺めてください。なにやら浮き出て参ります」
え? 気づかなかった。
「文字のような」
目を細めて、じいっと見てみる。
ん、これ、ひらがなじゃないかな?
す、き ?




