後宮の客人
卓の上、広げられたのは、後宮の見取り図だ。
籠斎と、王様の寝殿。それから西宮の三つをあわせていわゆる後宮という。
西宮は広い。おっきな殿は王様の御殿。その周りに奥さんたちが住まう斎がたくさんある。
ワヌ・シンのお父さんが亡くなってから、西宮はだいぶ整理された。
奥さんたちは里に帰され、女官の数も激減。
さびれた静かな後宮で、一隅だけが騒がしい。
王サマの姉妹たちが秋茶殿に集まっているのだ。
戦の危機が迫っているから、一番安全な後宮に逃れてきたのかな、と思ったけど。そうじゃない。
「のろしがあがれば、峠を突破されたということ。門を開いて手はず通りに、民を城内に誘導せよ」
髪を一つに結い上げて、長衣に帯刀したアッタルさん。
伝達事項を確認してました。
倉を開いて穀物の袋を数えてたり。二百の軍兵のまえで平然と指示とばしたり。みんな真剣な様子だ。
昨日はノドが枯れるくらいにおしゃべりしてた人たちなのに。
「ささやかな歓迎の席だったのです」
アンさんは恥ずかしそうに言った。
「平時でしたら、盛大にセナ様をお迎えしたかったのですが。どうぞお許しください」
「ええっ。じゅうぶんですよ。うれしいです。あの」
なんか、じわっとうれしいな。
「ありがとう、アンさん」
「アンとお呼びください」
アンさん、照れてる? うつむいちゃったけど。
顔を上げたとき、もう、きりっとした表情に戻ってた。
「数で言えば、勝つことは難しいでしょう。されど、負けぬ戦はできまする。女子どもとはいえ、戦ごとなれば、隠れてもいられません」
厦の女の人は、首も据わらないときからお母さんの背に負ぶわれ、馬に乗るんだそう。三つになれば自由に乗りこなせる。スゴイ。十三になれば、狩りを覚えるんだって。
城下の人たちを、戦闘に備えて門の内に避難させる。
男たちが外を守るあいだ、女たちは武器を持って、財産と子どもを守る。
「もともと厦は騎馬の民です。草原をさすらい、大地とともに生きてきました。王の娘たちといえど、馬にも乗るし、弓も使うのです」
女官姿のアンさん、十七歳。
ワヌ・シンの妹の中で一番すばしこくて、地味。
これは、アンさんが自分で言ってることだからね。
お姫様が地味っていうのもなんだけど、いい意味で、すごくふつうの子、という感じがする。
「姫と言うほどのものでは。わたしの母は、もともと女官です。剣をもって王様をお守りしておりました」
へええ。スゴイ。
「姉妹のなかで、もっとも腕が立つと自負しておりますわ」
戦士であることは、誇りでもあるんだね。
「なればこそ、セナ様のことが」
な、なんですか。
「ありていにもうしまして、好ましいのです。セナ様のような方がおそばにおられれば、儷王もさぞかし心強く、頼りにお思いになることでしょう。敵同士なれど、いまはセナ様は後宮の客人。姉上と思って、おつかえいたします」




