芽生えるとしたら、殺意です
あれから、何をしゃべったのか覚えてない。
どうなったのかな。
へんなこと言わなかった?
思ったこと全部吐き出したなら、すっきりできるかな、って思ったけど。思い出せないなら、しょうがない。
ハナさんが、なーんていうんだろ。
おもいつめたような目で、こっちを見てた。
ワヌ・シンはあれ、たぶん聞いてなかったな、酔っぱらいだと思って。シカトしてたんじゃないだろーか。
つまんなそうな顔してたから。
卓につっぷして、寝ちゃった気がする。
うーん。
寒気がして起きたら。
この人たち。
まだ飲んでたよ!
とっちらかった器に食べ残し。
足下に壷がわれたの、落ちてます。
でもなんか二人、様子がおかしくないですか?
ぼっろぼろ。
崖からいっぺん突き落とされたみたいに着衣が乱れてますよ。
つっても色っぽさはいささかもなく。
「ふん、その程度か。ハナや」
ワヌ・シン。右の目元にアザがついてますけど、さっきはこんなのなかったよね?
杯にお酒を注いで、飲む。んだけど、半分はこぼれてます。
もったいない。
ていうか、ちょっと。明日出陣とか言ってませんでしたっけ。
もう明日が今日になりそうな時間ですよ。
空がうっすら明るいもんね。
ハナさんは切れた口元をなめながら、赤い目でワヌ・シンをぎろっとにらんだ。
「気安く呼ぶな。なにが王だ、この若造」
もはや敬語とかも使うの放棄しちゃいましたね!
ハナさんもけっこう飲めるクチですね。
でも、あきらかに飲み過ぎ。
若造って言われてよっぽどアタマにきたのか、ワヌ・シンはハナさんの胸ぐらをつかんだ。ハナさんの手から、杯が落ちる。
でも。つかんだ方も、つかまれた方も、動きが遅い。
これ、どっちも限界です。
なに。私が寝てる間に、この人たち飲みながらケンカでもしてたの?
「ちょっと!」
すっとんきょうな声が出た。
「なにしてんですか」
お二人、私に気づいてくれました。
あーはい。
ケンカですよね。
「起きたのか、セナ」
王サマ、あざのくっきり浮き出た顔でほほえまないでください。
「いや、これは」
ハナさんは決まり悪そう。
「こやつが、隊長にけしからぬ振る舞いをしようとしたので」
「なにがけしからぬだ。ここはおれの後宮だ。セナはおれの后だ」
「あつかましい。隊長がいつ是と仰ったか」
「かならず言わせてみせるから、黙って見てろよ」
「一生かかっても、ムリでしょう」
ああ言えばこう言う。
この人たち、けっこう気が合うのかも。
マンガでもよくある。
「戦って友情が芽生える、的な?」
「芽生えるとしたら、殺意です」
ハナさんこわいです。
「冗談がわからぬ男など、捨て置け。セナ、寝床にいくぞ」
后って、酔っぱらいのお守りもしないといけないの?
めんどくさい。
女官さんたちは、もう下がってる。
この部屋のすぐとなり、私のネドコだからね。
ほっといたら確実にここで寝るだろうな、ワヌ・シン。
窓には戸がないから、夜風すうすうなんですよ。
まだまだ夜は冷えるから、油断大敵。
これでも、一国の王様だし。
未来の小姑さんたちには、よろしくって頼まれちゃったし。
放っておくわけにはいかない。
「王様。ちょっと、寝るならあっちで寝てください」
「うむ。案内せよ」
うむじゃない。えらそうに。
寄りかかってきたのに肩を貸すと、反対側からハナさんがワヌ・シンの腕をひっぱる。
「いけません。こやつは放っておきなさい」
「そういうわけにはいかないでしょ」
お姉さんの腕力なら、いけるかも。
右肩でワヌ・シンをささえて、左腕でハナさんの胸ぐらをつかむ。
ゲップしたのだれ。酔っぱらいども。
もうほんっとお酒くさい。
「歩いて。もうちょっとでネドコですから」
ようやくベッドに酔っぱらいを投入して、ミッション終了。
上掛けもかけないとね。
いつも広いベッドが、男二人寝転がってると、狭く見える。
ハナさんは、起きてるときと同じ、眉間にしわが寄ってる。
そーっと前髪をかき分けてみると。
やや。
弓なりの眉毛は、茶色っぽい。
伏せたまつげの色も、茶色っぽい。
やさしい顔つきだ。
ひたいの生え際に、傷がある。四角い傷。なんだろ?
隠してたのは、この傷のせいかな。
すうっ、すう。
浅い呼吸をしてる。力の入った肩をぽんぽんなでると、ほうっと深く息を吐いて、そのあとはすっかり寝息が穏やかになった。




