後宮(ハーレム)スゴ。
「それで、シンはむりに口づけを?」
「シンがそんな、甘ったるいことを! セナ様やるわね」
「信じられない。シンはどうもさめた子で心配していたのだけど」
「ね。ちゃんと情熱もあったのだわ」
「それにしてもね。あの子が女人のもとをたずねて、ただ話をして戻ってきたことがあった?」
いーえ!
きれいにハモるなあ。
ここにいる人たち、みんなワヌ・シンのお姉さんだとか、妹さんなんだって。
信じられない。
女官の格好をして迎えに来てくれたアンさん。
それから、お茶をついでくれたヨンジェさん。
口を開くとおしゃべりがとまらないのが、ユンソンさん。
無口な本好きで、時々きっつい一言で姉妹を黙らせるのがカンヘさん。
ほかにもほかにも、全部で十二人。
そうそうたる美女ぞろい。
長女のラッタルさんは、クム・セナお姉さんと同い年。
二十九歳。
ところで、ワヌ・シンはいくつなのかって。
ふっと気になったので聞いてみると。
えっ、あの人、二十三歳なんですか。
クム・セナお姉さん六つも年上っ。
「シンには、あなたくらい落ち着いた人がいいと思う」
「そうね。春蘭殿の方にはお気の毒だけど、シンはあなたをお后に決めたんだと思うよ」
「事情はみんなよくわかっておりますもの」
はあ。
はあ?
「あの、奥さん。やっぱりいるんですよね」
「シンの唯一の妃のことです。春蘭殿を賜ってるから、春蘭君とも呼びます」
「春蘭君、ですか」
「不義の子を産んだのですよ」
ラッタさん、お茶をつぎながらさらっと言った。
「シンの御子だと言い張ってらっしゃるけれども。シンは遠征で留守でしたので、みえみえの嘘だとみな承知です」
ひええええ。
やっぱりあったじゃないですか。
後宮っぽいドロドロの人間関係。
嵐、っていうのは、お后を誰にするかでもめるとか、そういうことですか?
「いいえ。春蘭君は、もう宮を出ます。シンがあなたを後宮に招いた。これはすなわち、彼女の敗北です」
はい、ぼく。
「おとなしく宮を去れば、無視してきた子どもに名を与えようと、シンは言いました。名を与えられるということは、生きることを許されるということ。春蘭君は、涙ながらにそのお話を受けたと聞いております」
うわあああ。
そんなカケヒキがあったんですか?
ワヌ・シン。ぜんぜん、ひとっこともそんなの言わなかったよね!
「嵐は、これから参ります」
なんか、聞く前からため息でそう。
なんだか、落ち着かない。茶碗の中にうつった顔をみつめる。
クム・セナお姉さん。
王様の近衛隊長は、こういうとき、動じずに顔を上げて話をきけるんだろうな。そして、自分のするべきことも、きっとすぐにわかるんだろうな。
「姉妹が十二人いるように、シンには兄弟が十四人おります」
はああああ。
後宮スゴ。
「父が存命の頃から、兄弟たちは事あるごとに対立しておりました。長兄は早くに亡くなりましたが、その結果、諍いに火がついて、血で血を洗うようなむごい争いが起こったのです」
権力の味より、お饅頭の味を知りたい。
「父は子どもたちの争いに心を痛め、後継に、末の息子であるシンを選びました。シンはいっさい政治に口出しをせず、ただ一将軍として戦地に赴き、民にも大変人気がありましたから」
それで問題解決、というわけには。
いきませんよね。
「それを快く思わぬ兄たちは、シンを後継と認めず、軽んじました」
さようですか。
「噂では、春蘭君の子の父親は、三兄。第三王子らしいともいいます」
奥さんをお兄さんに寝取られちゃうとか。
うっわー。
ワヌ・シンも苦労、してんだね。
「父が戦場で亡くなり、シンが王位につきました。それが、一年あまり前のこと」
まだ新米の王様なんだ。
「三兄と五兄は、それぞれ父王の弔いと称し、勝手に軍隊を動かし人馬を消耗させました。本来なら、こたびの儷の侵攻。余裕を持ってくい止めることができたはずですのに」
クム・セナお姉さんは儷の人だから、なんともコメントしづらいな。
「いまこのとき、攻め込まれたら、ひとたまりもなかったでしょう。シンは泣き言もグチも申しませんが、だいぶ、せっぱ詰まっておりました」
ラッタさん、私をじいっとみつめてきた。
なにかを探ろうとしているみたいだった。
目をそらしたらいけないような気がして、私はみつめかえした。
「我が国と儷は、伉儷国とも呼ばれておりました。国交が絶えて数十年。この危機の時に、儷の王は弔問の使者を送ってくださった。これがどういうことか、しみじみと考えております」
しみじみと。はい。
「わたしたちはみな夫ある身ですが、一人だけ、未婚の妹がおります。その子をなんとか、儷王のもとへ輿入れさせるよう、わたくしたちは手を尽くしたいと思っておりますの」
「ほんとう、ですか?」
王様にお后様となる姫をお連れする。
それがお姉さんの使命だった。
もしお迎えできれば、儷の王様は厦の後ろ盾をえて、大妃さんに対抗できる。
「ですから、どうか、セナ様。シンを一人にしないでやってくださいまし」
そう、きたか。
でも、どうしよう。
困った。
うーん。でも。どうもこうも、ないんだよね。
クム・セナお姉さんなら、どうする?
王様をなんとしてでもお助けしたいはずだ。
差し出された手を、おそるおそる握ると。
「まあ、戦士みたいな手ね」
とアッタさんはほほえんだ。
なんでかな。
その笑顔を見たときに、黄色い花がいーっぱい咲く野原と、青い空を思い出したんです。




